黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(5)
融合国の中心に、ひときわ巨大な大門がそびえ立っている。
その周囲には、整然とした石畳と美しい街並みが広がる神民街がある。
神民街をぐるりと囲むのは、四階建ての建物に匹敵する高さの城壁。
その外側には、雑多で活気あふれる一般街が広がっており、両者は厳然と区切られている。
神民街に入るためには、城壁に設けられた八つの入り口を通らねばならない。
それぞれの門の前には、広場――ちょうどプール一つ分ほどの広さ――があり、広場の先には、城壁と同じ高さを誇る重厚な門が対峙していた。
いま目の前にあるのは、そのうちのひとつ、第八の騎士の門である。
だが、この門の背後には何もない。街へ通じる道もなければ建物もなく、ただ門だけがぽつんと、その場に鎮座していた。
門のすぐ脇には、石レンガ造りの二階建て宿舎がいくつも並ぶ。
ここには守備兵たちが常駐しており、門の監視はもちろん、街の治安維持も担っている。
そのため、周囲が一般街とはいえ、この宿舎の周辺は比較的に治安が良いとされていた。
――だが、今日ばかりは様子が違う。
宿舎からは怒号が飛び交い、甲冑の鳴る音が響く。
魔物出現の報が街のはずれから届き、守備兵たちが槍と盾を手に慌ただしく飛び出していくのだ。
話を少し戻そう。先ほどの宿場町……。
腰を抜かしてへたり込むベッツの目の前で、ざわりと茂みが揺れた。
そこから伸びてきたのは、白く滑らかな細い足。
まるで男をベッドへと誘うセクシー女優のように、そのつま先が道の端にちょこん、と置かれる。
……色っぽッ!
ベッツの目が釘付けになる。だが、よく見ると違和感があった。
――つま先が、八つ?
ということは、四人の美女!?
まるでチャーリーズ・エンジェルじゃないか!
……って、あれ三人組や!
いや、所長のチャーリーがいたか。
でもチャーリーは……声だけやんけ!
確かに――足先は細くて、美しかった。
だが、目線を少しずつ上へと移していくと、様子が変わってくる。
すらりと伸びた脚のあちこちに、ごつごつとした体毛が……。
それも、大根のひげのように、まばらで不規則に生えているではないか。
……まぁ、世の中には体毛の濃い女の子だっている。うん。いるには、いるよね。
しかも、その脚はスカートもパンツもはいていなかった。
下着どころか、何も――一糸まとわぬスッポンポンだ。
もう、アソコの穴も丸見え!
ぬらっと光る白い股間が、何のてらいもなくむき出しになっている。
恥じらいの「は」の字もない。隠す素振りどころか、これ見よがしに突き出している。
そして、その下腹から足のつけ根にかけてのラインは、妙にリアルで、妙に艶かしくて――妙に……生々しい。
もしかして、露出狂ですか!
「おいおい……マジかよ……」
誰かの喉が、つい本音を漏らした。
まず目に入ったのは――その胸だった。
ありえない。
こんな場所に、こんな状況で、なぜそんなに主張しているのか。
左右にぶるんと弾けたそれは、まるで熟れすぎた果実。いや、果実なんてもんじゃない。
もはや水風船。二発の巨砲。
まるで、どこかの神殿に祀られた豊穣の偶像。
崇められるために、わざと大げさに形づくられた神聖と猥褻の境界線だった。
ちょっと揺れるだけで物理法則を否定するかのような重量感と存在感。
人間なら背骨が折れていてもおかしくないサイズ感だった。
だが……本当に目を見張るべきは、その腹だった!
胸なんて比べ物にならない。
いや、むしろ胸を踏み台にして、より上を目指したかのような膨らみ方!
もはや「でかい」では済まされない。
足の細さを疑いたくなるほどの超重量級。
そのサイズ、ざっと見積もって大人の豚……四頭分!
……もう完全に、デブの領域を突破しとるがな……。
そんなとんでもないピンクのドームの下から、先ほど見えた八本の足が、すべてぬるりと伸びていた。
――ん?
胸部から八本の足?
そんでもって、異様に肥大化した腹部?
こ、これは……もしかして……蜘蛛?
そう、蜘蛛なのである。
だからその腹部の先には蜘蛛の糸が出てくるアソコの穴もちゃんと見えていた。
どこからどう見てもやっぱり蜘蛛なのだ。
だが、そのピンク色の蜘蛛じみた胸部から、一本の首がぬるりと上へと伸びていた。
まるで鳥肌がそのまま形になったような、ブツブツとした気味の悪い肌。
やがてその表面から、ふわりと白い羽が生え始める。
そして……ついに、その先端が姿を現した。
大人の頭すら丸ごと呑みこめそうな巨大なくちばし。
卵ほどもあるギラリと光る緑の眼。
そして、妙にビビッドな赤いトサカが、チョコンと頭の上に……。
……って、ニワトリじゃん!
というか、これ……蜘蛛なの? ニワトリなの? 一体どっちなのよ?
そう、この世にも奇妙な生き物こそ「鶏蜘蛛」、制圧指標30の中型魔物なのである!
(制圧指標ってのは魔物の危険度を数値化したもの。数値が高いほど、大量の戦力を要する。三十を超えれば中隊でも下手をすりゃ壊滅するレベル。ちなみに、タカト達が食べた電気ネズミは制圧指標3、奴隷兵一人で十分対応できるレベルだ)
魔物にとって、人間はただの“エサ”にすぎない。
とりわけ、生気の宿る脳と心臓は極上のごちそうだ。
いま、道の上には、うろたえ、震え、逃げ遅れた人間たちがひしめいている。
その姿を見下ろす鶏蜘蛛の瞳が、妖しく光った。
――ゴクリ。
その喉が、はっきりと生唾を飲み込む音を立てた。
まるで目の前の獲物を、料理にする順番でも思い浮かべているかのように。
飢えに飢えた鶏蜘蛛の鋭いくちばしが、飽きもせず街の人々へ襲いかかる。
瞬く間に肉をえぐり、骨を砕くその凶暴さに、悲鳴は次第に絶叫へと変わっていった。
さらに鶏蜘蛛の口から吐き出された粘り気のある痰のような液体が、逃げ惑う人々にベトリとまとわりつく。
触れた瞬間、衣服はただれ、肌は泡立ち、皮膚が焼けるように溶けていく。
まるで酸に全身を浸されたかのような惨状に、道はたちまち血と肉の泥沼と化していた。
もはや、そこは地獄。
助けを求める声と断末魔の叫びが入り混じり、空気そのものが絶望を帯びていた。
街のあちこちには、鶏蜘蛛に噛まれ、息も絶え絶えに倒れ伏す人々の姿が散乱している。
震える手を伸ばし、助けを求める者も、すでに誰の目にも映ってはいなかった……。
ようやく宿舎から駆けつけた守備兵たちが、槍を構え、鶏蜘蛛を取り囲んだ。
だが、目の前の魔物は想像以上に巨大で、しかもそのくちばしは岩をも砕きそうな鋭さを持っていた。
一歩踏み込めば突き刺される……そんな恐怖が、兵士たちの足をすくませる。
槍を突き出す。だが届かない。
にらまれる。慌てて下がる。
また別の兵が気合を入れて前へ出るが、すぐに仲間に引き戻される。
三歩進んで、二歩下がる……
その動きは、まるで大の大人たちが命がけで“かごめかごめ”をしているかのようだった。
おそらく誰もが内心で思っていたに違いない。
「本当は近づきたくなんかないだヨ!」
だが、その場にいる以上、引くことはできなかった。
しかし、守備兵たちが駆けつけたとたん、住人たちはまるでスイッチを切り替えたかのように落ち着きを取り戻し始めた。
逃げ惑っていた人々は、いつの間にか建物の陰から顔を出し、ある者は広場に出て腰を下ろし、ある者は子どもを抱いてその成り行きを見守っている。
――まあ、魔物一匹だし。
――兵隊が来たんなら、もう安心だろう。
誰の心にもそんな油断が芽生えていた。
もはやこの騒動は、火の粉が飛んでこない限り、ちょっとした娯楽。対岸の火事ならぬ、対岸の花火である。
そんな空気を察したのか、風俗宿からも色とりどりの化粧をした女たちが我先に飛び出してきた。
お気に入りの守備兵を見つけては団扇を片手に声援を送る。
「モテコイ! モテコイ! フニャ朕野郎!」
「魔物倒して、ボーナス持ってコイッ!」
魔物と守備隊の間で命のやり取りが繰り広げられているその背後で、街はすっかり夏祭りのような浮かれた空気に包まれていた。




