タカトの心(3)
「よーっ! 熱いね、タカトくーん!」
「超弱いくせにイキんなって!」
「くっさ! オタク臭ハンパねぇ!」
少年たちが、あからさまな嘲笑でタカトを挑発する。
「なんか、ウ〇コみたいなニオイするよ? あっ、ウ〇コだったぁ~! キャハハハッ!」
「ねぇねぇ、その服、洗ってんの? ってか、洗えんの? ぷーん♡」
少女たちは鼻をつまみながら、わざとらしく後ずさりしてみせる。
ヒソヒソと笑い合い、指先でタカトをなぞるようにバカにしてくる。
――だが、そんなもの、タカトには聞こえていない。
いや、聞こえていても気にしないのだ。
こんな光景は、毎度のことだったから。
「ベッツ、放せって言ってんだよ!」
タカトは、むしろ静かに、だが明確な意思を込めて叫んだ。
「ビン子に手を出すなって言ってんだよ!」
その真っ直ぐな目を、ベッツが見下ろす。
「オイオイ、何熱くなってんの? おまえごときが」
言うが早いか、ベッツはビン子の手を乱暴に放し、今度はタカトの胸倉をつかみ上げる。
「弱いくせに生意気言ってんじゃねぇぞ、オラッ!」
そのまま突き飛ばされたタカトは、大きくよろける。
……が、倒れない。
地面すれすれで踏みとどまり、顔を上げる。
いつもなら、とっくにしりもちをついて、子犬みたいに怯えた目を向けてくるのに……今日のタカトは違った。
――なんだよ……つまんねぇな。
そんな不満げな顔をしながら、ベッツが一歩近づく。
そして、腹へ突き上げるようなパンチを放った。
「ぐはっ――!」
タカトの体がくの字に折れる。
だが、そこで終わらない。
フラついた足の先が一歩前に出て、ぎりぎりのところで倒れず踏みとどまった。
――コイツ……マジで倒れねぇのか?
見下ろしていたベッツが、ふと違和感を覚える。
視線を下ろすと、いつものように怯えているはずのタカトが、じっとこちらを睨み返していた。
その目は、まっすぐで、どこか静かに燃えていた。
――……なんだよ、コイツ。
その時だった。
「こらぁっ! そこのガキんちょども! 何度言わせんの、店の前で騒ぐんじゃないっての!」
怒鳴り声と一緒に、コンビニの自動ドアが開く。
現れたのは、タカトたちがよく通う店の店長。
長身スレンダー、美人。ドスの効いた声とは裏腹に、気風のいい姉御肌で、面倒見もいい。
タカトはふと、その左手に視線をやる。薬指には、細い銀の指輪が今も光っていた。
旦那さんはもうこの世にいない。けれど彼女は、それをずっと外さない。
「……全員、まとめて出入り禁止にすんぞ、コラァ」
低く一言つぶやいた瞬間、ベッツが跳ねた。
「ひぃっ! 今日はこのぐらいにしておいてやるよ!」
そう叫ぶと、きびすを返して全力ダッシュ。
他の連中も「やべー!」と笑いながら、それに続いて走り出す。
女店長は腕を組んで、遠ざかっていく背中を見送りながら、ため息をついた。
「……ほんと、元気だけはいいわね。風邪ひくなよ、バカども」
まだ足元がおぼつかないタカトに、ビン子が慌てて駆け寄った。
「タカト、大丈夫!?」
「見りゃわかるだろ、痛ぇに決まってんだろうが!」
「えっ、でも今日は地べたに転がってないし……」
「フン、今日はコレがあったからな!」
「コレって……何?」
ビン子の視線の先には、タカトが握りしめていた奇妙な物体。
一見すると、バニーガールのフィギュア。だが、そのポーズが妙だった。
片足を上げてお尻をプリッと突き出し、右手にはお盆――いや、回転する銀色のコマ!?
――なんでバニー!? てか、なんでトレイがジャイロ!?
「聞いて驚け! コレは『スカート覗きマッスル君』だ!
どんな無理な体勢からも、コケることなくスカートの中を覗くことができる姿勢制御のすぐれもの!」
「また、アホなもん作ってからに……」
ビン子は顔を手で覆った。
どう見ても“覗かれる側”にしか見えないそのバニーのポーズ。
けど、これがいつものタカトだ。
くだらないことばっかして、ほんとバカで……でも、やっぱりそうじゃなきゃダメなんだ。
――心配して損した。まったく、バカ。
だが、マッスル君を握るタカトの表情は、どこか硬かった。
「……本来、俺の道具は、ケンカに使うためのものじゃない。
俺の道具は、夢を届けるためのものなんだ。みんなを笑顔にするために……」
――それが、母さんの最後の願いだったから。
「……ごめん。私のせいで……」
いつの間にか、ビン子は両手で顔を覆っていた。
涙が、指の隙間からぽろぽろとこぼれていく。
――またタカトが傷ついた。私のせいで。
……やっぱり私、貧乏神なんだ。
私がそばにいるせいで、タカトは――
「なんでビン子のせいになるんだよ!」
タカトが声を張った。
口元に、いつものいたずらっぽい笑みが戻っていた。
「それにさ、俺、最近ずっと芋ばっか食ってたんだよ。
さっき、あいつらの横ですかしっ屁ぶっかましてやった。ざまぁみろってな!」
Vサインを突き出し、大笑いするタカト。
「バカ……!」
涙ぐんだビン子の目が、思わず笑っていた。
――心配して損した。ほんと、もう……バカなんだから。




