金貨をどう使うかは俺の自由だ!(8)
土がむき出す薄暗い路地を、その横に並ぶ小汚い木造の二階窓から色白の女たちが思い思いに見下ろしていた。
そんな女たちが、時折、下を通る男達に艶のある声で呼び込みをかけている。
しかし、その声に全く聞く耳を持たない男たちは、まるで何事もなかったかのように通り過ぎていくだけだった。
そんな男たちを見た女たちは、今度は階上の窓から身を乗り出して着崩れた衣服を直すこともなく罵声を降らせるのだ。
もう、その言葉は放送禁止用語どころかここに書くこともはばかれるような罵声の数々である。
そんな喧騒が響きわたる薄暗い路地の中をタカト達の荷馬車が進んでいた。
ヨークはボロボロの薄汚れた一軒の宿の前で馬を止めた。
宿の入口は解放されてはいたものの長く下に垂れるのれんのようなもので中の様子は伺うことはできなかった。
しかし、その入口から漏れる強い石鹸の香りは、タカトたちにここが普通の宿ではないことを気づかせるには充分であった。
そう、ここは連れ込み宿「ホテルニューヨーク」!
ちなみに銭湯ではないお風呂屋さんも兼ねている。
「おっと、俺はここで上がるからな。あとは自分たちで戻れるよな」
馬から降りたヨークは、馬の手綱を引きながらタカトたちに手を振った。
一体、そんなヨークの様子をどこから見ていたというのであろうか。
石鹸の香りがする宿の入り口からヨークを出向かえようと一人の男がかかるのれんをさっと上げて飛び出してきたのだ。
その揺れるのれんの隙間からはトーチを掲げる一体の女神像らしきものが、その足元に並べられたろうそくの炎によって妖しく揺らめいているのが一瞬だけ見てとれた。
入口から出てきた男は手慣れた様子でヨークから手綱を受け取ると、すぐさま宿の裏へと馬を引きながら消えていく。
そんな男と入れ替わるように、今度は一人の女がのれんを激しくかき分けて慌てた様子で飛び出してきたのだ。
「いらっしゃい! アンタ!」
そう、この女は半魔奴隷のメルアである。
そう言い終わる間もなく、メルアはヨークを強く抱きしめて熱烈に出迎えたのであった。
ヨークの厚い胸板の中で獣人らしく耳のとがったメルアが、ネコ目のきれいな瞳で見上げていた。
「今朝は本当に助かったよ! ありがとうね!」
「あぁ……」
なぜか力ない返事をしたヨークがメルアの肩に手を回すと、メルアのおでこに自分の額を優しく重ねた。
「アンタ……何か……何かいやな事でもあったのかい?」
「なんでもない……」
「……本当かい?」
「あぁ……少しだけこのままでいさせてくれ……」
「……ウン……いいよ……」
目を閉じたヨークの額から自然とその体温がメルアの額に伝わってくる。
商売がら肌の触れ合いには慣れているはずのメルアの頬が急に赤くなっていた。
「……大丈夫だよ……アタイだけは……あんたの味方だから……」
メルアはそんなヨークの背に手をまわしギュッと強く抱きしめた。
しばらく後、ヨークはふーっと大きく一息ついた。
そして、メルアの額から顔を離したその表情は、先ほどまでとはうって変わって明るくなっていた。
そんなヨークがメルアに忠告する。
「お前……第一のジャックには気を付けろよ……モンガの野郎が今朝のことで逆恨みして、ジャックに言いつけていたからな……」
それを聞くメルアはくすくすと笑う。
「アンタwww 何言ってんだいwww こんな小汚いところに神民兵さまが来るわけないだろwww」
「あのな……俺だって……一応、神民兵だぞ……」
「アンタは……特別だよ……」
そういうメルアは再びヨークの胸に顔をうずめた。
――そう……アンタだけは特別……
ワオォォォォォン!
そんな時である、連れ込み宿「ホテルニューヨーク」の奥から犬のような大きな鳴き声が響いてきたのだ。
「なんだあれ?」
当然にヨークはメルアに不思議そうに尋ねた。
顔を上げたメルアは宿の入り口に向き直すと何かを思い出したかのように唇に指をあてていた。
「そういや、スグルの旦那が、お風呂に入りに来てたんだったけ」
「スグルって……あのクロト様の神民のか?」
「それは言えないね! こう見えてもアタイら商売のことは口が堅いんだよ! 客は客! たとえ相手が魔物であってもお客の情報は一言もしゃべらないよ!」
「って、さっきお前……スグルの名前を漏らしてただろwww」
「いけない! アンタ、これは二人だけの秘密だからね!」
「しかし、あいつ、確か神民学校の先生だろ! こんなところに来ていていいんのかよwww」
「アンタも神民兵だろ! 人のことは言えないじゃないかwww」
ワオォォォォォォン!
「しかし、スグルの奴、めっちゃ興奮してるな! あれでも人間の声かよ? まるで本当の犬かオオカミだなwww」




