いつもの朝のはずだった(6)
これに驚いたのは、なんと権蔵の方だった。
いつものタカトなら――
「ごめん! ごめん! ネギラーメン! とんこつラーメン食べたいよぉ~♪」
――とか、しょうもないノリでごまかしてくるのが常だ。
当然、今日もそのコースだと思っていた。
が。
ところがどっこい、今回は違った。まさかの真面目な問いかけである。
「どうしたんじゃ……急にしおらしくなりおって。まさか風邪でも引いたか?」
思わずタカトの額に手を当てようとする権蔵。完全に“体調不良説”を第一に心配していた。
だが、そんな茶番をナイフ一本で切り捨てたのが、冷静なビン子だった。
「バカは風邪ひきません」
その一言で、タカト、椅子の上に仁王立ち。
怒り心頭のドヤ顔を炸裂させる。
「うるせぇ! こちとら、この国一の融合加工職人になる男よ!? 天才をバカ呼ばわりすんなァ!」
勢いにまかせてテーブルに片足ドン!
右腕を突き出してガッツポーズ!
そんなタカトのガッツポーズのいただきでは、フォークに刺された芋がなんだか申し訳なさそうに湯気を立てているような気がした。
ビン子はそんなタカトを完全にスルー。
視線すら向けず、ただ静かに芋を一口。
「……ごめん。バカじゃなかった。ただのアホだった。アホな道具ばっか作ってる、哀れなアホだった」
地味にえぐる毒舌。
が、そのとき――!
「このドアホが!! 机の上に足を乗せるなァァ!」
権蔵、怒りのフォーク投擲!
その手に握られた朝食用フォークが、シュッと空気を切り――
ドスンッ! と、タカトの足先ギリギリに突き立った!
フォークはまるでラテン音楽の楽器・キハーダのように、小気味よい音を奏でる。
ビヨヨォォォォン!!
タカトの顔、青ざめMAX! 恐怖顔。
「ヒィィィィィィィ!!」
あと数ミリで足の指を貫通していたかもしれないのだ。
彼は、ウツボに睨まれたタコのようにプルプル震えながら、そそくさと足を引っ込めるのであった。
だが、このまま引き下がるようでは、自称・天才様のプライドが許さない。
なんか、自分だけが完全にボロ負けした気がするのだ。気のせいだけど。
そんなわけで、タカトは唐突に八つ当たりの矛先を芋へと向けた。
「じいちゃん、また今日も芋かよ! 肉出せよ、肉! 俺だってなぁ、”発育途中”なんだぞッ!」
が、権蔵はため息混じりにテーブル上の鍋を、フォークでコンコンと軽く叩くだけだった。
「贅沢ぬかすな。ほれ、昨日ビン子が作ったカレーが残っとるじゃろが。それを芋にぶっかけて食え!」
その鍋に視線を向けたタカト、一瞬だけ顔色が変わる。
「……昨日ってビン子が食事当番だったよな……ってことは、あのカレーって……」
ごくり、と喉が鳴る。
視線の先には“例の”カレー鍋。
「まさか……『電気ネズミのピカピカ中辛カレー』じゃないだろうな……?」
「ちゃんと肉も入っとるぞ?」
そう言って、権蔵はニヤリと笑った。
その口元が、やたらと悪魔的である。
「肉って……あれ、ネズミじゃん! しかも、魔物の電気ネズミだし……こんなの食ったらボケモンのZ技を研究している任〇堂に怒鳴られるわい!」
そのタカトの叫びに、ビン子のこめかみがピクッと跳ねた。
そして、ガバッと鍋の蓋を開けるなり、
「悪かったわね! 食材を買うお金がないんだから、仕方ないでしょーが!」
と怒鳴り返し、そのまま「文句言わずに食べなさい!」と言わんばかりに、タカトの芋めがけて――
ドバドバドバッ!
ビン子特製の“ピカピカ中辛カレー”が、勢いよく芋の上にぶっかけられた!
だが――まだ、鍋にはあの忌まわしきカレーが残っていた。
ビン子はすかさず、次なる標的として権蔵の皿にカレーをよそおうとオタマを構える。
だがその瞬間――!
権蔵の方が一枚上手だった。
反射的に皿の芋をひょいっと口に放り込み、パン!と手を合わせた。
「ごちそうさま」
完全なる防御行動である。
「ちっ……!」
ビン子は舌打ちしながらも、なおオタマを構えたまま。
その先から、“ピカピカ中辛カレー”がじわりと垂れ落ち、湯気とともに悔しさをにじませていた。
そんな不貞腐れるビン子をなだめるように、権蔵はせっせとゴマをすり始めた。
「まぁまぁ、森の素材だけでこれだけ作れるんじゃからのう。ビン子は名コックじゃて!」
その一言に、タカトが芋にかかったカレーを器用にフォークでよけながらツッコミを入れる。
「爺ちゃん、それ“名”コックじゃなくて、“迷”コック、いや“迷惑”コックだから!」
「なんですってぇえ!!」
怒号と同時に、ビン子の手が動いた。
オタマに残ったカレーが、まるで必殺技のようにタカトの口へと一直線に突っ込まれる!
ズドン!
その勢いに、タカトの頭がグラついた。
「もがっ!?」
口の中が灼熱の電気ネズミ。
スパイスと恐怖のダブルパンチで、味覚が全力で逃げ出している!
タカトの口が、モグモグ……モグモグ……と必死に動く。
これは食事じゃない、生存のための行動だ。
なぜなら、目の前には――
オタマを構えたまま、ビリビリと殺気を放つビン子が立っているのだから。
この状況で「不味い」なんて言おうものなら、次に口に入るのはオタマじゃすまない。
鍋だ。間違いなく鍋ごとだ。
モグ……モグ……もぐ……(命が惜しい)
カレーを食らうタカトの口が、途端にタコの口のようにすぼまった。
「ス……ス……スっパぁぁぁあッ!!」
そう、口の中に何とも言えない“謎の酸味”が電撃的に広がったのだ!
「キーーン!」
かと思うと、「”ピカピカ”し”チュウ”?」などと土佐弁による電飾ディスコで踊り狂うような放電刺激が鼻の奥へと突き抜ける。
タカトは鼻をつまみながら後頭部をペチペチと必死に叩く。
でもって、追い打ちのようにやってきた“魔王級”の激辛がタカトに天を仰がせるのだ。
大きく見開かれた目と口から10万ボルトばりの絶叫!
「グぎがぁぁぁ! の・昇るトぉぉぉぉぉぉお!」
ビシッ!
「なんで博多弁やねん!」
すかさずビン子のハリセンが、タカトの後頭部にツッコみをいれていた。
結局、食っても食わなくてもしばかれる……それがタカト君の哀しき運命なのであった。
それを横目に見ていた権蔵は、干した花びらが浮かぶ湯を静かにすする。
――もう、ケンカは終わったようじゃの……
どこか達観したようなその表情には、長年の経験と忍耐がにじんでいる。
そして、部屋の中には今日も変わらず、ほんのりと花の香りが広がっていた。
穏やかな香りに包まれながら、道具屋の朝は、いつものようにゆっくりと始まっていく。




