SS デート・スコア
2022年6月5日:
ニコニコ動画に投稿したVSSのテキストバージョンです。動画の台本をそのままテキストにしたものになります。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm40549772
動画版を見に来てくださった方々ありがとうございました。
入浴を終えた沙耶香はベッドに腰掛けて髪の毛を乾かしていた。白のTシャツとショートパンツ。シンプルなパジャマ姿の彼女は壁に掛けた今日のデートの服を見た。バス停での演技を思い出して頬に熱が灯った。
視界に模様が浮かんだのはその時だった。彼女は空中の狐に焦点を合わせた。
『何とかつながったね。やっぱり聴覚が限界かな』
「……現状でも呆れるほど卓越したBMIに相当しますけれど」
(なるほど、これが聴覚野に直接という感覚ですか)
耳を指で押さえても音声に影響がないことを確認しながら沙耶香は答えた。
『リンクの説明は以上で終わりだ。今後はこれで連絡するから使いこなしてほしい』
「シンジケートが動くまでは何もやることがないわけですね」
沙耶香は肩から力を抜いた。ホッとすると同時に、どこか残念に感じる自分に戸惑う。
『ルールマスターとしては慎重にいかないとね。何しろ我らがプレイヤーは狡猾なほど冷静で計画的かと思うと、突然のように無謀な行動に打って出るからね』
「そうですね。一番危険な目に合うのは白野さんですから」
手がシーツを掴んだ。沙耶香を助けるという彼の昨夜の行動は、非合理的で無謀なものであった。
彼女はルルのその評価に同意している。だが、どうしても感情を刺激された。
『ところで今日のデートについてサヤカの評価はどうだった?』
「突然話が変わりましたね。関係ありますか?」
『サヤカはNPCとしてヤスユキと行動を共にする可能性があるからね。シナリオを考えるボクとしてはNGは把握しておきたいんだ。今日のデートはなかなかひどかっただろ』
「……そうでしょうか」
沙耶香の唇が尖った。
『まず最初の選択だけど。ボクの知識によるとだね。こういう時の店のランクは相手の女性に対する評価に比例するらしい』
「確かにそういう話は聞いたことがあります」
『うん。その基準で考えるとだよ。サヤカは安く見積もられたことになるんだ。不満は?』
「別にありません。サンドイッチは普通においしかったですし。それにお話は楽しかったです」
『ちなみにちょろいと言われたことは?』
「一度たりともないです。むしろ反対の評価を受けていたはずです」
『本当かな? 君はどうもズレているみたいだからね』
(たぶんあなたも)
という言葉を心の中で飲み込む。少女の境遇を考えたのだ。それに自分が統計的中心から何シグマかずれていることは認識している。恋愛に興味がないわけではない。例えばあのシンジケートの幹部、葛城早馬がその見た目や地位から多くの女性に好かれるだろうことは進化心理学の知識で理解はできる。彼女にとって感覚的に受け付けないだけだ。個体差の問題であろう。
「その基準なら二つ目のイベントは合格では?」
『そういえば店の前で嬉しそうにポーズを取っていたね』
「そんなとこまで見てたんですか」
『モール内の監視カメラだよ。君たちを守るために必要なことだからね』
ため息を堪えた。確かに問題はない。あれはあくまでシナリオ、つまりお芝居だ。カメラが回っていることは必然ともいえる。あのプレゼントの代金もこの少女から出ているはずだ。
なるほど、確かに自分は少しチョロイのかもしれない。
『で、あのイレギュラー、サヤカの友人の登場になるわけだ。リアルを舞台にするとどうしてもこういうことが起こるよね。そこが面白いところではあるんだけど』
「彼は見事に対処しました。問題なかったのでは?」
彼が古城舞奈を納得させたとき自分はおそらく自慢げな表情をしていた。それこそ友人に恋人を披露する普通の子のように。それを見られていないか少し気になった。そんな彼女に気が付く様子もなく、ルルは次の評価に移る。
『じゃあ最後のバス停でのシーン。君の迫真の演技だけど』
「あれは……。あなたが無理な点数を要求したからです」
『ふーむ。しかしヤスユキは君のせっかくの演技をスルーしたわけだ』
「それに関しては彼が紳士だったと評価すべきでしょう」
『日和ったんじゃなくてかい?』
「違いますっ!」
安全が掛っていたとはいえ、演技でキスに及ぶ事に抵抗がなかったわけではない。相手が恩人である彼であったから受け入れられると思ったのだ。無論彼にも同じような抵抗があったかもしれず、もしその抵抗が彼女より強かったとしたら悔しいかもしれないけど……。
それでも「君の唇はそんなに安くない」といった彼の最後の言葉は真摯なものだったと思っている。
「とにかく私は別に今日のことに、彼の振る舞いに不満はありません。話はこれでいいでしょうか」
『そうだね。これ以上はリソースが持たない。ああ、最後に今日の明細を送っておこう。今後の参考にしてほしい』
目の前に表示された数字の羅列。経費清算のようなそれから思わず目を反らした。だが彼女の優秀な頭脳はその一瞬で内容を掴んでいた。
「ちょっと待ってください。デートの費用はすべてあなたから出ていたという話では? あのアクセサリー代金が彼への報酬込みなら、それは実質彼のお金だったということではないですか」
『確かにそうだね。この金額が十倍でもボクにとっては誤差だ。経費として支給してもよかったよ。
でも彼が言ったんだ。昨夜君が壊したコンパクトの補填だってね』
呼び止めた沙耶香。ルルは何でもないことのように付け加えてから消えた。
彼女はヘッドボードからケースを取り出した。鏡に向かって髪の毛を掻き上げる。ピンクゴールドの輝きが耳からこぼれた。楕円形のガラスの中の女は自分とは思えない色めいた表情をしていた。冷たい金属が体温にあぶられたように熱を帯びた。
イヤーカフを外す。掌のピンクの輝きをもう一度だけじっと見た後で、沙耶香はそのプレゼントを大切にケースにしまった。
2022年6月5日:
前回後書の通り本作の今後の予定は未定とさせていただきます。
何か決まりましたらここに追記したいと思います。
2022/07/17:
『深層世界のルールブック』の今後の予定について。
セッション2完了から一月半の間に二つのことを進めていました。
一つ目は、セッション1を徹底的に読みやすくブラッシュアップすることです。
これに関しては七割がた完了しており、本日よりカクヨムにてブラッシュアップ版の投稿を開始しています。
*ブラッシュアップ版ですので内容は基本同じです。また、いずれこちらにもブラッシュアップ版を反映する予定です。
二つ目は、ブラッシュアップ版の0話を読み上げ動画として作成することです。
こちらも、本日ニコニコ動画にて公開しました。
URL:https://www.nicovideo.jp/watch/sm40776819
小説としての読みやすさと、小説サイト以外でのプロモーションで、少しでも間口を広げるための試みです。
カクヨムやニコ動にも創作の基盤を広げたいという気持ちもあります。
作者的にはやった意味はあったと思いたいところですが、基本的に技術面でのことになりますので、この一月半で得られたことを、小説の面白さに繋げられるのかはこれから模索していくということになります。
というわけで、肝心の続きのことですが、セッション3については申し訳ありませんがいまだ未定となっています。
カクヨムでブラッシュアップ版セッション1を投稿しながら、セッション2そして3についてどうするか考えたいと思っています。
さんざんお待たせした結果、このような報告で申し訳ありません。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




