15話 2 on 2 (2/2)
Xome一階フロア。多くの実験ロボが並ぶ中、俺と舞奈のRules of Deeplayerパーティーと、マシナリーとスパイダーのモデルパーティー。異種格闘戦ならぬ、異種異能戦が繰り広げられていた。
そんな中、俺は周辺視野で状況を捕えながら、脳内で環世界を再構築する。
状況は不利だ。舞奈は強力な戦闘力を持つ傭兵に圧倒され。何とか攻撃を避けることしかできない。素の身体能力に剣道とVRアーツで培った戦闘センスは期待以上。そして彼女のそういったプレイヤースキルによって振るわれるニューロトリオンの剣は明らかに敵の脅威になるレベルの威力を発揮している。
しかし彼女はレベル1だ。スキルが一度に一つしか使えない。歴戦の兵士に対応を読まれ始めているのはいかんともしがたい。
一方、俺は三階にいるもう一人のモデル、スパイダーのドローン軍団に壁際に追い詰められている。地上、壁、空中から的確に攻撃が来る。一体一体は強くない。最大戦力のボスドローンを通じて多数のドローンが連動して動き、俺を舞奈から分断して壁の方へと追いやっている。戦場に姿を見せてもいないのに、戦場を支配して着実に俺を追い詰めていく。密偵よりも密偵らしい戦い方は見事だ。
俺のHPはちまちまと削られ続け、残りは一桁だ。舞奈はほとんどダメージらしいダメージは受けていないが、彼女のHPでは一撃喰らったら負けなので関係ない。
どう考えても敗北へのルートしか見えない。もはや唯一の切り札を使うしかない状況だ。
現状は整理した。だが、読み切ったという感覚がない。何かが引っかかる。頭の中に構築された現在の世界に何か見逃しがある。未来を作り出すための切り札は一枚だけ。違和感の正体を見極めなければ。
……………………俺達が相対的に有利すぎる?
やっと導き出した答えは救いのないものだった。スパイダーとマシナリーの能力。それを足せば、すでに俺達を倒せていなければおかしい。
スパイダーは一体一体は強くはないが、連携した群れ行動をとる多数のドローンを制御し。マシナリーは強力な決定力を持つ一個の戦力だ。対照的なこの二つを組み合わせれば今よりもはるかに多彩な戦術を取れる。その中には俺達が対応できない物がいくらでも考えられる。
例えば、スパイダーがドローン数体で俺を牽制、残りで舞奈を囲めばいい。マシナリーの攻撃は容易に彼女をしとめるだろう。その後は言うまでもない。
だが、敵の行動範囲はまるで地域を分担したようにフロアの内と外に分かれている。最初は俺達の脱出を防ぐためかと思ったが、どうもそうではない。2 on 2の方が有利なのに、1 on 1をわざわざ二つ作る理由があるということだ。
つまり、こいつらは連携に問題を抱えている。俺と舞奈は分断されているように見えるが。それはあちらのパーティーが出来ないから、そう考えた方が納得できる。これは現状がまだましという慰めにもならないことを意味するだけではない、敵の抱える隙だ。
では、連携できない理由とは? まず考えられることは、財団と軍団のモデルにDPの混線が起こる。つまり技術的な問題で距離を置かざるを得ない。おそらくない。
潜在的に敵対している財団と軍団のモデルは互いに相手を信頼していない。政治的な問題はあり得る話だが、わざわざ軍団が派遣している説明がつかない。少なくともマシナリーの方は完全にプロの態度に見える。
ならばほかに考えられることは? 技術でも政治でもないのならばあとは個人的問題だ。
事前にルルから伝えられた情報に、これまでの戦闘で得られたデータを加えて、傭兵ブラウディオ・ノゲイラを脳内ロールプレイする。奴が舞奈に向けて黒鉄の右腕を突き出したのを見て、第三の可能性が浮かび上がる。ブラウディオはなぜ義手なのか。
ルルの情報によれば、それは従軍中に負傷により片腕を失ったからだ。そして、奴の部隊を壊滅させたのはドローンだったという。優秀な下士官として知られていた奴が情報漏洩の為に除隊されたのは多くの戦友を失った後だ。
つまり、マシナリーはドローンが嫌いなため。連携したくてもできない、あえて分担を分けている。
しかし、これは純粋に戦闘として考えたらデメリットが大きすぎる。好き嫌いで最悪命がかかる戦場で不利を背負う、あり得るか? 俺は自分たちの方が明らかに弱いと認識しているが、向こうにとってはRoDは未知の敵だぞ。
相手はプロフェッショナルだ。俺とは越えてきた死線の数が違う。余りに非現実的な仮定だ。そう考えて次の可能性を検討しようとした。だが、俺の中で構築した敵が苦し気に首を振った。
元プロの軍人だから、死線をくぐってきたから戦いでは合理性を追求する? それは生身の人間の本質を外した考え方だ。人間はロボットではない。如何に経験を積んでも、いや経験を積むからこそ生まれる不合理がある。
記憶とは感情と結びつくことによって強く脳に刻まれるのだ。リアルの戦場で刻まれた記憶は日常とは比較にならないほど強い。
恐怖という生物にとって根源的な感情により、強く脳に刻まれた記憶。それはありとあらゆる些細な関連刺激によって再生される。戦場から生きて帰ったにもかかわらず、やっと取り戻した平穏な日常の中で兵士をさいなみ、自殺にすら追い込む。深刻なPTSD。そう言うものがあることは、かつて元兵士のキャラクターを作ったときに、調べた。
それでも酷く成功率の低い賭けだな。だが、他に勝利する未来は想像できない。密偵らしく心理戦といこう。俺は頭上を飛ぶ飛行ドローンに注目する。
円を描いてこちらに迫る四つのプロペラ。その進路を誘導する。そして、急降下体勢に入った時、飛び上がって空中で受け流す。ドローンは進路を大きくそれ、あらぬ方向に飛んでいく。いかにホバリング能力があるとはいえ、加速度を持った空中の機体は旋回するしかない。
その結果、小さな空軍は友軍の領空を侵犯する。舞奈を薙ぎ払おうとした黒鉄の義腕が突如として天に向かって跳ね上がった。俺の方にもどろうと大きく旋回するドローンが一撃で粉砕される。
ドローン部隊が乱れた。まさかの味方の誤射に、三階のスパイダーも混乱している。天井の向こうと一階の巨体の間を繰り返しやり取りが交わされるのが、ソナーで見える。ほんの一時的のことだろうが、敵パーティーの連携がゼロからマイナスになった。
(沙耶香。準備は?)
『合成は最終ステップで止めています』
(ルル《マスター》、空調経路は確保できているか)
『必要なバルブはすべて支配済みだよ』
俺は最初にハッキングした実験ロボの上に飛び乗った。そして天井に向けて伸びるダクトを外し、換気口にその入り口を向ける。
下では沙耶香の操作するロボットアームが掴んでいた瓶をひっくり返す。ビーカーの中で磁石の撹拌機が回転する。そして、ブースに設定された陰圧装置が最大出力で中の気体を吸い上げる。
沙耶香が実験ロボで複数の薬品を使って合成したのは亜酸化窒素《N2O》。二つの窒素原子と一つの酸素原子からなる単純な無色透明の気体分子だ。その別名は『笑気ガス』。医療用にも使われる麻酔薬。吸引すると速やかに酩酊状態になる。
ダクトを通ったガスは本来なら屋上へと向かい排出される。だが、ルルによりバルブが閉められたことでダクト内に籠る。充満したガスは俺が最初に地下に降りる時に開けた穴から三階の一室に流れ込む。
これが切り札だ。
効果はすぐに出た。今まさに陣形を立て直そうとしていたドローン部隊は突然わけのわからない行動を始める。次々に動きを止めたり、電磁自爆をしたり、出鱈目なコースを周回し始める。文字通り蜘蛛の子を散らしたようなありさまだ。
ボスドローンに至っては、最初に出てきた巣穴に引き返していく始末。遠隔操作兵器ならではの、コントロールが失われた際の自動退避プログラムの発動らしい。
俺の包囲は完全に解けた。しかも、オートモードに切り替わった個体は、三人をすべて侵入者とみなした。警戒色になったドローンに迫られたマシナリーが明らかに動揺した。
感覚と運動能力を強化、そしてインセクト・フィンガーをスタックする。ドローンがいなくなった外周をなめるように走る。大男が冷静さを取り戻すまでが勝負だ。
スキルを切り替えて壁に張り付き、強化した足でジャンプする。三角飛びの要領で相手の後ろから頭部を狙う。スキルを切り、全てのニューロトリオンを拳に集める。俺の拳が相手の脳の中にある赤い光に向けて突き出された時、
舞奈に向いていたはずの腕が通常の関節ではありえない方向に曲がる。電磁球体関節により下から突き上げられた鉄の抜き手にバリア・パッシブが破壊される。予定通り拳に集めたニューロトリオンで全力のバリア・アクティブを展開する。
衝撃に跳ね飛ばされた体が壁に叩きつけられ、肺の空気の全てを吐き出させられる。まるであの時のマンションの再現だ。
だがあの時と違って今の俺達はパーティーだ。舞奈が間合いにマシナリーを捕えている。がら空きになった傭兵の胴体に光を帯びたブレードが叩き込まれる。「ごふっ」といううめきはこいつの口から聞く初めての声だ。
それでも大男は崩れかけた体を踏ん張り、同時に腰から引き抜いたナイフが舞奈に向かう。だが、白銀の一閃は左手首を打ち据える剣に止められた。そしてその反動で跳ね上がる切っ先は低くなった頭に向かう。振り下ろすというより、斜めにぶつけるように見える高速の一撃が眉間を捉えた。
胴、小手、面。剣道なら三本取った形だ。
男の頭部でDPCが砕けた波動が俺のソナーを揺らす。軍団兵は腕の重さに引かれるように、ごろんと横向きに床に倒れた。腕を抱く形で体を丸める姿勢は厳つい筋肉の巨体に全く似合わず、完全に意識を失っている。
「上手く行ったな。でもあいつが俺の攻撃を脅威に感じなかったら危なかったぞ」
「だから体の動きでわかるんだって。あと、そういう説教みたいなのはせめて立ち上がってから言って欲しいわ」
壁に背中を預けたままの俺に手を差しのべる舞奈。そんなことを言われても捕らわれのお姫様を救出に来た勇者という柄じゃないんでね。そもそも今回の作戦は、彼女に”自力”で逃げ出してもらうことを前提としていたのだから。ぶっつけ本番で戦闘をやらかすバトルジャンキーなんてキャラは予想外だったけどな。
俺は苦笑を浮かべて年下の女の子の手を握る。
「あ、あれ?」
「お、おい」
俺を引き上げるはずの腕が逆にこちらに向かって倒れてきた。ついさっき筋肉ダルマを打ち倒したとは思えない、柔らかい身体が密着する。
「ごめん。なんか体力の限界かも。あと、頭がガンガンする」
手術着一枚だけの女子高生は俺の上で小さく呻いた。未成年が二日酔いみたいな台詞を吐くんじゃない。はずみで胸元から少し控えめなお椀が見えるだろう。
『…………急いでください。周囲が異常に気が付いています』
冷静な、つまり温度の低い沙耶香の警告が届いた。俺は慌てて舞奈を抱き起して、二人で裏口に向かう。ルルの操作で開いたシャッターを通り外に出た。
Xomeの表には警察、消防の車が集まっていた。皮肉にも、俺の目にはそれが日常にもどってきた錯覚を与える。だが一台だけ、異様な雰囲気を纏った車両がある。ジープだ。それも、公道を唯一人の手で走ることが許可されている証である緑色のホログラムナンバー持ち。
俺は舞奈に合図をした。彼女は俺から離れて、ジープへ向かった。手術着の少女が車に近づくと、ドアが開いて四十代くらいの精悍そうな男性が舞奈を抱きとめる。
どうやらルルは交渉ロールに成功したらしい。俺は親子が乗り込んだ車が走り去ったのを確認して、場を離れた。




