15話 2 on 2 (1/2)
Xomeでスパイダーとマシナリー、二体のモデルに囲まれた俺は完全に追い込まれていた。敵の作戦はシンプルだ。ドローンが俺の行動範囲を制限して、マシナリーの方に押し出し、そこに巨体が突っ込んでくる。
バリアがどんどん削られる。ドローンの攻撃の方はある程度ダメージを覚悟するしかない。こちらを逃がさないためか遠巻きなのが唯一の救いだ。何しろ、マシナリーの一撃は掠っただけで持っていく。
辛うじて義手の攻撃を躱した。削り取られたHPの数値が減る。半分を切った。必死で距離を取る。頭上から羽音がしたと思ったら、飛行ドローンが落ちてくる。一瞬の躊躇。方向転換の遅れ。脇腹近くの壁に黒鉄の拳がめり込んだ。
強化視覚が相手の左手が腰に回るのを捕えた。右手を壁につき、吸着を使って落下を遅らせる。空間に白銀の光が走った。無理やり三つのスキルを強制発動。【バリア・アクティブ】が砕け、パッシブも消滅する。
「っ!!」
敵の攻撃とバリアの反発で何とか距離を取った。だが、地面に着いた足が熱い。左足のふくらはぎに熱い線が走った。男の手に軍用のサバイバルナイフがある。これは参った、プロの軍人が持つ刃物なんて、一般人には兵器と変わらない。
傷は深くないが動きが鈍る。三つのスキルを無理やり同時に使ったショックで頭がくらくらする。一時的なニューロトリオンの枯渇だ。今来られたら終わりだ。
そこまで一瞬で判断してから、違和感に気が付く。首尾よく俺に一撃与えたマシナリーが動かない。今追撃されたら決まっていたよな?
疑問は背後で生じた「チン」という戦場には不似合いな音が教えてくれる。エレベーターから手術着の女の子が出てきた。彼女の両眼にはニューロトリオンの光。手には竹刀くらいの棒。待ち望んだ瞬間だ。これで作戦の八割、いや九割は達成。
後は彼女が逃げるまで俺がこいつらを引き寄せておけばいい。いわゆる殿だ。足を考えると正直キツイが、それでも勝利条件が発生した以上やるしかない。俺は新しい事態に警戒するマシナリーに拳を向けて牽制しながら、出口に向けてじりじり下がる。
背後で金属音がした。周囲を警戒していたドローンの一体が、舞奈に襲い掛かったのだ。彼女は手慣れた手つきで光る棒をふるい。ドローンが沈黙する。
期待通り、護身用の武器は機能した。そう思って自分の仕事にもどろうとした時、なぜか背後から素足の足音が近づいてきた。
一目散に逃げるはずの舞奈がこちらに来る。マシナリーが腕を前にして警戒態勢を取り、一台を破壊されたドローン部隊が陣形を再編する。そして、俺は予想外の展開に唖然とする。四つの目と無数のカメラが集中する中、彼女は俺の横に並んだ。
「作戦と違うが」
「友達の“大事な人”を見捨てるわけにはいかないでしょ」
見事な姿勢で光の竹刀を構えて見せる舞奈。下着をつけていない胸元がちらっと見えた。見えてはいけない部分まで見えそうになって慌てて視線をそらした。そりゃ、手術着に下着は付けないか。
沙耶香は説得に成功したが、俺との関係を正確に説明するには至らなかったようだ。だが、だからと言ってこの状況で死地に来るか。君の手の武器は確かにルルが現在用意できた材料のほとんどをつぎ込んだ代物だが、護身用、ドローンを打ち払うためのものだったんだが。
その間に、陣形を再編したドローンが俺達の退路を断った。まさかのパーティー戦だ。一応二対二だが向こうはレベル4相当二人で、こっちはレベル3と1だが。
◇ ◇
目が覚めたらここにいた。窓一つない部屋。彼女の父親の職場についていったときに見た、国防隊のコンテナ型の移動手術室に似ていることに気が付く。違うのは地面の固さ、タイヤの上にあるとは思えない。
何となくだけど、地面の下だと感じた。最新のものであろう冷たい機器に囲まれて、通信が全く繋がらない。自分が捕まった時のことを思い出す。あの大男は明らかに素人じゃなかった。
顔を膝に埋める。ここには私一人だ。高峰さんはどうしただろう。そしてあのストーカーは?
そういえばあの時、あいつはまるで私たちを守るようにあの大男の前に立った。最低のDV野郎のはずじゃなかったの? 分からない、何がどうなってるの。助けてパパ。
ドアが開いた。私は。入ってきたのは小型のドローンだった。ドローンは私に小さなケースを差し出した。
「これテックグラス?」
恐る恐る手に取った。ケースを開くと一枚の紙が入っていた。少し丸身を帯びた文字で書かれたメモが入っていた。これを付けるように指示している。当然躊躇する。だが、その文字に見覚えがあるのに気が付いた。
「これ以上悪くはならないよね」
私は自分を鼓舞するように言って、ケースから透明な二つのグラスを取り出した。
◇ ◇
「戦えるのか?」
「多分あんたよりは」
「遊びじゃないんだぞ」
「ゲームだって聞いたけど」
「そうじゃ……そうだけどな。だけど――」
「じゃ、大きいのは私がもらうから」
「キャラメイクしただけの初心者だろ」そう言おうとした。彼女は止める間もなく前に飛び出した。向かうは彼女とは大人と子供以上の大きさに差がある大男だ。
新手に警戒しているのか、モデルは動かずに義手を構えた。二の腕の部分の形状が縦に三分割して盾のようになる。全身の力を込めて地面を蹴った彼女は、おそらくオリンピック記録を超えるであろう距離と高さでマシナリーに迫る。
空中で体の光が消え手の刀身に集まる。そのまま真っすぐにニューロトリオンを纏った金属棒が振り下ろされる。
紫色の光が赤い光と激突した。なんとあの巨体が数歩下がった。彼女はバク転して着地した。レベル1だよな。スキルは同時に一つしか使えないよな。つまり、感覚強化なしで身体強化を制御した。加えて武器へのニューロトリオンの注入と身体強化の切り替えをシームレスに繋げた、だと。
ちなみに、武器技能そのものは彼女の自前だ。VRアーツの試合をいくつか見てルルが作ったのだ。なんでも俺のプレイで集まったニューロトリオンの性質を利用して、DP用の素材をアレンジしたものだという。
複数ノズルによる同時噴出の3Dプリンター製で、計算には莫大なコグニトームリソースが必要だそうな。財団のDP用装備の製造工場をハッキングして作ったのだから、盗人猛々しいとでもいおうか。
ちなみに素材使用量は俺のグローブの十倍を超える。俺の武器がしょぼいのはそのせいだ。
それを差し引いても流石は戦闘職とでもいうのか? さっきから驚きの休まる暇もない。おかげで彼女が地面に降りた時に手術着の後ろがめくれてお尻が丸出しになったのに動揺し損ねた。
「相手が何をしてくるのかわからないのに。正面から行くな」
「相手が攻めるつもりか、守るつもりかなんて体の微妙な姿勢でわかるでしょ。今のは守りだった」
それでもRoDの先輩として一言いう。戦士っぽいロールプレイが即座に返ってきた。
「わかった。二つ認める。一つ目、君は頭がいかれている。二つ目、今はそれが頼もしい」
「つまり?」
「強い方は譲る」
「男らしくない。でも了解」
残念ながら密偵に武人の誇りはない。彼女の方が強いなら適切な分担を受け入れるだけだ。舞奈がマシナリーにアームを向ける。俺は背後に回ろうとしたドローンの部隊に対する。
視界の横で舞奈が敵の剛腕を躱すのが見えた。前に集中することに決める。正面には二台の地上ドローン。右を避け、左の背後に回る。DPが繋がっている部位を認識、ニューロトリオンを込めたグローブで殴る。赤い光があふれる。ドローンは高圧電流を全身に纏った後で、煙を上げて沈黙した。
もう一台は? 大回りしてこちらに来る。なんでそんな経路を取った。自動制御の弊害? 赤い光のラインが繋がってるってことはマニュアルだよな。遠隔操作のタイムラグか。とにかく、玩具だけが相手なら俺の戦闘力でも戦える。
…………
攻勢は少しの間だけだった。今や二対二の戦いは膠着していた。いや、それは希望的観測というものだ。
視界の向こうから金属やプラスティックの破片が飛び散る。酸っぽい煙の発生する中、舞奈が全力で引くのが見えた。手術着の脇や胸元が汗で重たくなっている。実験ロボのブースにぶつかりそうになり、慌ててたたらを踏んでいる。
さっきまでの背中に目があるような軽やかな動きではない。一方、彼女の前に迫る巨体はそのパワーを全く衰えさせることなく、動きの精度を上げていく。
舞奈の動きにもニューロトリオン・アームにも慣れてきている。彼女の攻撃と攻撃の隙間に絶妙に一撃を合わせていることから、一度に一つのスキルしか発動できないことがバレたのだろう。彼女自身の身体能力が無ければとっくに落とされている。
俺も加勢に行く余裕はない。次々と現れるドローンの対処に追われる。今は前後を囲まれている。その間にもボスドローンが移動するのが見える。三階にいるスパイダーは、もう巣が壊れることに吹っ切れたらしい。三つ目の眼球が赤い光をはらむ。目標は俺だ。HPを削られながら強引に二体のドローンを突破する。
レーザーの進路に回り込み、発射と同時にバリアで受ける。跳ね返ったレーザーが天井の配管に穴が開き。煙が噴き出す。不味いな、あんまりそこら辺を壊すわけにはいかない。って、俺の方が施設を心配してどうする。
状況は完全に不利だ。俺達は分断され1対1を二つ作られ、そして両方共が劣勢。このままでは紛れがないまま敗北する。これはもう切り札を切るべきか。一台の実験ロボの動きを見る。
(プロトコル進行95パーセント)という沙耶香からの表示。あと少し。だが、この状況で切り札を切る余裕を相手が与えてくれるか?
いや、そのチャンスを作るのが俺の仕事だ。密偵はパーティーの目、それは戦闘中でも変わらない。強敵相手に前線を維持するのが前衛なら、全体を見るのが俺の仕事だ。
ここまでの現実を統合し、勝てる未来を創造する。それが今やるべき俺の役割だ。




