14話 2 vs 1
俺の両手両足は、音もなく屋上に降り立った。右隣の五階建て商業ビルからの移動だ。飛行ドローン二体に捕まってだが、感覚的には滑空、いや斜め下に飛び降りた気分だ。
安全重量を越えた荷物を運ばされたドローンがモーターから煙を上げながらふらふらと左側の緑地に向かう。ローターからバチバチ火花を飛ばしながら公園の木に落ちていくドローンに冷や汗が出た。
改めてXomeの屋上を見渡す。テックグラスに映した立体模型と変わらない。位置を把握しているセンサーの他に何もなし。ここの防衛責任者である八須長司、今回の作戦呼称では蜘蛛、にとって屋上はあくまで巣外なのかもしれない。
とはいえ屋上の扉はもちろん厳重に封鎖されている。やはり内部はガチガチに守りを固められている。DPのラインが繋がったドローンが待機済みだ。事前のルルの調査でもいくつものカメラやセンサーが三階の管理室にDPで直結しており、ハッキング可能なデバイスは前回侵入時の五分の一以下だということだ。
警戒されている施設のデバイスをそれだけハッキング出来るルルのSIGNTはあり得ないほどの力とも言える。本人曰く「いわば本部からハッキングされているようなものだからね」とのことだが。
いうまでもないことだが、俺達の目標は地下にいる古城舞奈の救出だ。ならばなぜ、わざわざ一番遠い屋上から潜入するのかと言えば、ここに最短経路があるからだ。
入り口を回り込み、目的の設備を探す。屋上に突き出た何本ものダクトだ。その中の一つに向かう。四本の内建物の背後から二番目の前に着く。移動用だったドローンを始末し終えたルルが、情報を送ってくる。このダクトだけ明らかに温度が違う。
この異常な拡張現実《AR》にもだいぶ慣れたものだ。そんなことを思いながら、メンテナンス用カバーを工具で開く。他のダクトが集管構造であるのに対して、こいつは中ががらんどうだ。暗い穴の中に身を投じた。
事前のシミュレーション通り、円筒の内部に両手、両足をついて降りる。巨大工場でもあるまいし、普通こんな人間が通れるようなダクトはない。あったとしても有機溶媒やらの危険な気体が充満する中を人間は通れない。
だが、この一本は特別だ。これは例の戦闘用ドローン用だからだ。敵1《スパイダー》の主力武器の格納庫兼移動経路。当然の重要施設である地下の遠隔手術室にもつながっている。当のドローンも地下に張り付いている。
三階と二階間で、一つ細工をする。後は地下まで一直線だ。
ダクトから地下通路に顔を出し、左右を覗う。前回は三階にいた監視用ドローンの多くが通路や壁をうろついている。視界の地図がアップデートされる。右に行けば舞奈の居る手術室だ。左に行けばエレベーター。
俺はどちらにもいかずに、ダクト真上で巡回するドローンの動きを見守る。マップ上に点が増えていく。その中でDPが繋がっているドローンとオートで巡回している物を分類する。
オート制御の一体が孤立したタイミングを見計らってダクトから出る。
目の前に現れた侵入者を認識、警告音を発そうとしたドローンに目を合わせる。まるで小さな子供に視線を合わせるような行為だが、子供相手にこんなことやれば通報どころじゃないな。
赤く点滅していたドローンの瞳がグリーンになる。当然ながらルルのハッキングだ。動きを止めたドローンの背中に小さな金属ケースとリレーのバトンくらいの筒をセットした。
その時、通路全体がその様相を変えた。
周囲に虹色の円盤が出現した。同時に『ディープフォトン・フィールドが展開された。三階のモデル1に気づかれたね』というルルの声がする。
(まあ保った方だな。それじゃ後は沙耶香に任せた。俺は予定通り上に抜ける)
地図で敵2、今回の呼称では傭兵、軍団から派遣されたブラウディオの動きを確認する。舞奈の部屋の前に陣取ったのを確認。まっすぐに地下出口に向かった。残されたドローンは俺とは反対側にゆっくりと巡回を再開した。
事前にルルが読み取ったコードをエレベータに入力する。一階のフロアに着く。並ぶ実験ロボの型番を読み取り、一台にハッキングプログラムを注入した。それと同時にエレベーターが開いた。出てきたのはあの筋肉《モデル2》だ。俺は実験ロボを放置して奥へと逃げる。
マシナリーは予想通り追ってきた。
あいつは前回俺の【スキル:バリア】を打ち抜いた。バリアが無かったら死んでもおかしくない力だったはずだ。逆に言えばあいつの攻撃のいくばくかは防いだ。
向こうにとってはDPCを持ってないのにDP能力を防いだ正体不明。それが再び潜入してきた。放置できるわけがない。戦闘ドローンが地下を警戒し、こいつが俺への対処に上がってきた。そういう役割分担だろう。
傭兵は俺を認めると右手を持ち上げた。服が裂け黒光りする義手が姿を現す。最新軍事用の飛行ドローンに採用されるグラム単位で値段が付く軽量強化合金の義手だ。電磁関節で自由自在に動く。本来は人間が扱えるような重量じゃない。中に走る赤いライン、DP伝達が機構を大幅に単純化、奴の意思に従って磁力がコントロールされるのだ。つまり、頑丈で故障個所が少なく、(性能比では)軽い。
赤いラインが走る黒光りの金属の武器。それだけ見ればロボットだ。ルルによると軍団の技術方針は人間の体を機械に置き換える。つまりサイボーグだったか。
そういう意味で言えばあの物々しい筋肉野郎も試作兵器。まあ、それに同情する余裕はないんだが。
何しろこちらの得物は右手のグローブだけだ。指ぬきグローブである。中二病ウイルス保持者みたいな装備だ。ルルが用意してくれた待望のニューロトリオン・ウエポンなわけだが。はっきり言えば材料が足りなかった。
【1:感覚調律】【1:運動神経強化】【1:バリア:アクティブ】:【0:バリア:パッシブ】
頼りのスキルを発動する。三つのレベル1スキルの起動だ。レベルアップしたことで俺の【バリア】は大幅に強化された。【HP】が20から30にアップだ。D10で最高値を出した気分だ。
レベル3になったことで新しいスキルはもちろん、異なるスキルの組み合わせも選択肢が広がった。一度に三つ使用するのは脳の処理能力的に無理があるが、三つのスキルの内の一つを待機して、随時切り替えて使える。
さてこれでどこまで通じるか。
赤い光が見えた瞬間横に飛びのいた。巨体がばねのようにこちらに飛んできた。たったの二歩で間合いを詰められる。
強化された視覚と筋肉で何とか躱す。だが、目の前に突き出された回転する拳が瞬間的に前に飛び出す。辛うじて【バリア・アクティブ】を併用して金属塊を反らすが一撃で消滅。
反動で飛びのき、壁に手をついて吸着する。その摩擦を利用してさらに下がる。指ぬきグローブはこのためだ。
モデルはこちらを測るように止まったまま。攻撃をかわされた動揺はない。流石プロフェッショナル。彼の背後に七色の光の軌跡が消えていく。セーフハウス、安全じゃなかった、ではDPFが展開されていなかったがここでは遠隔に効果を与える技が来る。
つまり、向こうにとってもそれなりの攻撃だったはず。それが飛び道具じゃなくてあくまで肉体、武器の部分は明らかに機械っぽいが、か。人体実験兼用なのはこちらの優位な点だ。ただし……。
【HP 45/50】。掠ったかどうかでバリアパッシブまで食い込みやがった。レベル3の俺でも一撃喰らったら前回と同じになる。
こちらにとってもう一つの優位はあいつを倒す必要はないこと。ルールが存在しない現実の戦いにおいて『勝ち切る』のはとんでもなく難易度を上げる。逆に言えば、勝たなくてもいいという勝利条件を設定できれば、選択肢は劇的に広がる。
俺がここでやることはただ。こいつにやられないようにすることだけ。俺は強化した感覚と肉体で、実験ロボのブースを飛び越え。空中でスキルを切り替えて、壁に一瞬張り付く。俺がさっきまでいた場所のロボットのアームが破壊された。
距離を取ってスキルを切り替える。相手は明らかに俺の動きに、DPを使用していないのに、変則的な、に警戒心を上げている。このまま、目的達成まで逃げ回る。もっとも、それがいつまでなのか、いや目的が達成されるのかすら保証はないが。
一階フロアに何度も破砕音が響いた。
いくつもの自動実験ロボがその箱ごと破壊される。その数が十を数えた時、マシナリーが耳に手を当てた。ダクトから大型ドローンが出てきた。地下に脅威はなしと判断して上がって来たか。自分の巣が壊されることに業を煮やしたかな。
背後から迫る大型ドローン。その周囲にはまるで部下のように小型の地上と飛行ドローンが従う。作戦がやりやすくなったとは言えるがこれで晴れて二対一。きつすぎる。沙耶香、ルル急いでくれないと持たないぞ。
俺は動かないエレベーターの表示を見てそう祈った。
2022年5月21日:
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