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【旧版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?  作者: のらふくろう
セッション2 『三毛猫を探せ』

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12話 三毛猫保護 (2/2)

「三毛猫の模様が示すようにX染色体の不活性化は細胞毎にランダムです。これは皮膚だけでなく神経の細胞でも同様です。また、エピジェネティックな変化はジェネティックな変化、つまり遺伝子配列と違って組織により変わります。血液のデータでは脳のhNSDの発現量を特定できません」


 つまり、古城舞奈がお目当てのサンプルであるかどうか財団もまだ確信を持っていない。可能性が最も高い、程度ということか。


「『運動部員』だけを狙った理由があるはずです。実は配列①の周辺、Xp21.3領域のメチル化のパターンに影響を与える因子が半年前に論文で発表されています。それがBDNFと呼ばれる遺伝子です。これは神経細胞に働く栄養因子をコードしていて、高強度の運動によって分泌されることが分かっています」

「BDNF。確か神経細胞の肥料と言われているタンパク質だね。記憶力や判断力に影響を及ぼすことが知られている」


 専門用語フレーバーテキストが増えた。SEAM(エリート)の多くがジム通いを欠かさないという話は聞いたことがある。「仕事をしているから運動できないんじゃない。運動しないと仕事ができないんだ」だったか。


「古城さんのhNSDのメチル化パターンはかなり不自然なものです。高強度の運動により維持されている可能性があります。これは別のBDNFに関連した遺伝子のメチル化度合いですが、数日運動を休んだだけでメチル化が亢進していることが示されます」


 論文の物らしいグラフが表示される。日常的に激しい運動をしているアスリートでBDNFとやらと、ある遺伝子のメチル化度合いが相関している。ケガで休んだ期間に、メチル化が一気に進んでいることが分かる。正確には、運動でメチル化を防いでいたのが防げなくなった感じだ。


「実際に効果があるかどうかは私がリモート実験でチェックできます。もちろん、ルルさんにハッキングを防いでもらう必要はありますが」


 つまり、古城舞奈が病院に行く前に捕まえて数日間監禁……もとい安静にしてもらった後で病院に送り出せばいい。それが彼女の作戦シナリオ案ということだ。少なくとも俺とルルが考えていたよりもはるかに難易度が低い、実現可能な範囲と言える。


「だけど古城舞奈は既に病院に予約を入れている。明日の放課後だ」

「はい。問題はその数日の時間をどうやって確保するかです」


 俺達が彼女をさらえば当然騒ぎになるだろう。説得しようにも古城舞奈に説明できないことが多すぎる。彼女の意思で予約をキャンセルしてもらう必要がある。しかも、それから数日俺達の監視の下で安静に過ごしてもらわなければならない。


 中々困難な条件だ。だが、俺は考える。彼女のキャラクターとそして俺達との関係をうまく使えば不可能ではないのではないか。


「一つ案がある。古城舞奈が自分の予定を放り出してしまうようなシナリオを作ればいい」


 俺は二人に思いついた『アイデア』を説明した。要するに俺が悪者になればいい。


 ◇  ◇


 沙耶香が俺に酷いことをされたという“描写”を古城舞奈に伝え、舞奈は心配のあまり予定をすっ飛ばして沙耶香の避難所セーフハウスに駆け付けた。


「ああもう。一見恋愛に疎い子ほど一度はまったらってこういうことか。完全に依存じゃない」

「私は別に依存したりは……」

「みんなそういうの。こっちはあんた達の相談で自分の恋愛する暇もないっていうのに……。じゃなくてね、とにかくこういう時はまず距離を置くの。そうしたら冷静に考えられるようになるから。いまの高峰さんはあの男に暴力で支配されているようなものなのよ」

「彼はそんなことしない」

「無理やり襲われたんでしょ」

「……あっ、うん。そうでした」

「ほら、今みたいに不自然に否定しようとしてるでしょ。それなのよ。分かってるわ。よほど辛かったのよね。あの男、何も知らない高峰さんを強引に、それもけだものの姿勢でなんて」

「私そこまでは言って――」

「今はつらいかもしれないけど、ちゃんと向き合って。とにかく高峰さんが冷静に考えられるようになるまで私がちゃんと側にいるから」


 隣から心温まる友情物語が聞こえてくる。古城舞奈の中の俺の信用ステータスは順調に悪化中だ。欲を言えば沙耶香にはもう少し正気度低い感じのロールをお願いしたいが、とにかく何とかなっている。


 俺はルルと自分の役割をする事にしよう。


 病院のキャンセルは古城舞奈の自主的な意思で行われた。幸い土日を挟んでいることもあって数日後に再予約は十分あり得る範囲だ。だが、先日のXomeの探索の件もある。財団側が異常に気が付く可能性は十分ある。


「今のところXomeのモデルに動きはない」


 ルルが表示するマップにはXomeに存在する八須長司の情報がある。ここ数日、依然として何の変化もない行動パターンを守っている。


「潜入した時も外までは追ってこなかったし、やっぱり防衛専門なのか。でも財団には他にもモデルはいるよな」

「周囲にそれらしいDeeplayer通信はない。財団に関してはインビジブル・アイズから情報はそれなりに引き出せる。財団には管理者たる巫女がいないからね。いや、当の巫女ボクが組織の中枢で見てる。とはいえ前回のように国外から直接とかの場合はその限りじゃない。君にカバーしてもらわないといけない」

「了解している。今【ソナー】で周囲を警戒中だ。異常はない」


 俺は部屋の中で角度を変えながら答えた。レーダーにでもなった気分だ。ルルが広範囲を俺が近距離をカバーする。部屋がDeeplayerの死角であることも含めればそれなりの守りだろう。ただ、近くにソナーを乱すノイズがある。


「何か問題が?」

「いや、明らかに光の強さが違うと思ってな」


 ソナーがとらえる舞奈の脳の赤い靄、明らかに沙耶香とは違う強さだ。ただ、DPCの一点に集中した光とは区別は出来る。とにかくあと二日舞奈を保護する。カードは準備してある。後は適切に切っていくだけだ。


 …………


「何度言われても同じです。高峰さんには会わせないから」


 二日目の昼、舞奈が沙耶香に気分転換の為に外の空気を吸おうといった。一枚目のカードを切った。


「話にならないな。これは俺と沙耶香の問題なんだ。沙耶香に代わってくれ。お前が止めてるんだろ」

「だから駄目だと言っているでしょ」

「くそっ。絶対に居場所を突き止める。ある程度見当はついてるんだからな。ここら辺だろ」

「っ!! あんまりしつこいと高峰さんが何と言おうと私が警察に通報するわよ」


 沙耶香に通話を繋ぎ、沙耶香が青くなりながら俺と話をする。それに気が付いた舞奈が通話を切らせて、俺に掛けてくる。通話を切った後、舞奈が改めて沙耶香に警察に相談するように説得を始める。俺が近くをうろついていることにしたし、これで外出という案はなくなるだろう。


 信用ロールを失敗すればするほど効果的なカードだ。悪役ロールで問題が解決するなら安いもの。敵の施設に潜入してモデルに追いかけられるよりは何倍もましだ。


 まあ、やりすぎて警察に通報されたら元も子もないが。そこはロールプレイで調整しないとな。これもHUMINTの一環だ。


 …………


「沙耶香。データはどうなってる?」


 三日目、日曜日の早朝、俺は沙耶香に結果を聞く。金曜日の夜と土曜日の夜、沙耶香が古城舞奈の血液を例のシリンダーで採取、ルルのドローンでリモートラボに送り分析した。


「hNSDのメチル化ですが、一日目は財団のデータとほとんど変わらなかったです。しかし、二日目でメチル化頻度が徐々に高まっています。この調子なら明日にはかなり進むはずです」

「古城舞奈の『スコア』は下がってるってことだな」

「はい。論文通りBDNF、つまり運動に極めて感受性が高いです」


 よし、希望は見えた。まだカードはある。あと一日凌げばすべてがうまくいく。そう考えていた時、背後から舞奈の声がした。どうやら舞奈がコンビニに行こうとしているらしい。念のためだ、次のカードを切ろう。一番強力なやつだ。


 俺は部屋を出た。外周廊下を反対側から沙耶香の部屋に向かう。角を曲がるとちょうど玄関から顔を出した舞奈が見えた。


 なるべく不自然じゃない程度にしつこくだ。古城舞奈に撃退される演技ロールプレイを組み立てる。俺の姿を認めた舞奈の顔が怒りにゆがんだ。手が耳に延びる。問答無用で通報は困る。ルルに通信妨害を要請する。


 なぜか【リンク】にあるはずがないノイズが走った。


「……えな……。……。おかしい。すでにコグニトームの妨害が発生している」

「どういうことだ?」


 予想外のルルの言葉に思わず聞き返した。背後から今まで感じたことのない強さの赤い光が【ソナー】に検知されたのはその時だった。


 エレベーターが開く音がする。ドアをくぐるように出てきたのは黒いサングラスをかけた大男。短く刈り上げた赤い髪の毛、服の上からでも分かる筋肉質の体。身長は俺よりも頭一つは高く、体重は1.5倍はあるだろう。サングラス越しにも分かる鋭い視線が古城舞奈を見たのが分かった。


 フロアのライトが消えた。暗闇の中、男の頭部のDPCメインコアと右手のDPCサブコアが連動した。間違いなくモデルだ、ルルの監視をどうやって潜り抜けた。


 DPCの光を頼りに辛うじて敵の進路に立ちふさがった。瞬間、毛が逆立った。熊の前に立ったかのような感覚だ。DPCなんて関係ない、絶対にこの人間と対峙してはいけない。脳の奥から本能がそう告げる。いや、告げた。


 だが、俺の体は勝てない相手の正面にすでにいる。瞬間的に体が硬直した。こういうところがロールプレイの限界だ。辛うじてバリアを発動。だが、HPの数値が脳裏に浮かぶより早く、目の前に渦巻く赤い光と圧倒的な質量が迫っていた。


 両手をクロスさせたのはタダの反射だった。パッシブとアクティブの二重のバリア。その二つが薄いガラスのように一瞬で砕ける。衝撃が襲う。フロアの壁に叩きつけられた。前と後ろから二度殴られたようなものだ。


 男が俺の前に立つ。巨人の一つ目のような赤い光が見下ろす。衝撃で呼吸機能を失った肺は悲鳴すら上げられない。廊下の天井の明かりが回復し火災警報が鳴った。スプリンクラーが作動し、水が雨のように降り注ぐ。男は俺に向かって振り上げた黒鉄の拳を止め、背後の二人を振り返った。


 点滅するライトが照らす光景。沙耶香をかばって大男の前に立った古城舞奈。男の左手が舞奈のみぞおちに向かうのがスローモーションで見えた。倒れ込んだ舞奈はそのまま男に抱え上げられる。


 エレベーターの閉じる音。駆け寄ってくる沙耶香の姿がぼやける。あいつ、一度もしゃべらなかったな。強キャラロールはこうでなければ。そんなあほなことを考えた後、俺の意識は閉じた。

2022年5月11日:

次の投稿は少し間が空いて、一週間後の5月18日(水)になります。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 軍団なのか教団なのか、ルルに気づかれないのは同類がサポートしてるからかな。
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