表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【旧版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?  作者: のらふくろう
セッション2 『三毛猫を探せ』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/55

11話 潜入Ⅱ ゲノムの表裏 (1/2)

(何かおかしくないか?)


 俺を強烈な違和感が襲った。


 いつものやつだ。大量の複雑な情報を迅速に処理する。あるいは自分の確固たる目的に関係ない情報は無視する。そんな現代に求められる頭脳がない僕は、話を聞いてからしばらくしてやっと理解が追い付く。


 論理や構造の欠失に気が付くのだ。挙句にもう終わった話に異を唱え、周囲からわけのわからないという顔をされる。当たり前だ、実行こそが大事なスピーディーな時代に人より遅く、人より大きな未来が見えたとて……。


 頭を振る。僕のことなどどうでもいい。問題は今俺が感じた違和感だ。遺伝子のスイッチ云々は一応分かった。今展開されたここのデータの分析そのものに欠陥は見当たらない。だが情報の順番がおかしい。それに上のモデルの動き。それに加えて事前に分析した設備の情報を合わせると……。


 すべてが一つにまとまったストーリーにならない。


『何がおかしいんだい?』

(三階のこの部屋だけど。何があるかわかるか?)

『ん? どうしてこの部屋?』

(情報の順番がおかしい。配列①はVoltの存在が前提だ。つまり、②と③の情報があってその後にプロジェクトに追加された)

『そうですね。実際この三つの遺伝子の中心がhNSDです』

『そうだね。もともと②と③の領域がモデル資質スコアに関係することが分かっていたのが、①のhNSDによってまとまったんだろう』

(だよな。だが、選別スコアに①が役に立っていない)


 俺は今考えたことを説明する。今の展開なら配列①を調べる必要がない。②と③だけを調べればスコアは出る。実際①は個人差が無かったと沙耶香は言った。標準的な配列なのだ。もう一つはこの機械だ。記録では確か二台あるのではなかったか。最後がモデルの動きだ。明らかに三階を守っている。


『なるほど確かにおかしいね。サヤカの意見は?』

『生物学的にも妥当な判断です。①の配列が全く貢献してません』

『了解、その部屋を調べよう。……施設内の電気の使用量から推測できる………………』


 ルルが立体模型上の電気メーターを表示した。メーターのグラフが時間ごとに整理される。


(どうだ?)

『三階のこの部屋には、ここと|同じ機械が存在する可能性が高い』


 つまり、もう一台のシーケンサーがあって、モデルはそれを守っているってことだ。配列データはもう一つある。そして、おそらくそちらが本命だ。


 ◇  ◇


 Xome三階の中央、八須長司の仕事場は一面にモニターとコンソールが並ぶ。ビルの監視室というよりも戦闘艦の中央指令室のようだ。だがこれらの電子機器は補助にすぎない。この建物には文字通り、彼の神経が行き届いている。


 彼にとってカメラは複数の目であり、建物を移動する人間は肌を這いまわる虫の様に感じる。多種多様なセンサー情報がDPディープフォトンを通じて義眼のDPCサブコアから脳のDPCメインコアに入力され、リアルタイムに感覚を刺激する。


 例えるならDPという糸で編まれた蜘蛛の巣だ。糸を通じて己が領域を認識している八本足の虫にとって、巣は家と言うよりも体の延長線上なのだから。


 彼自身が巣の中心、三階を出ることはない。なぜなら彼の役目は敵対するモデルの潜入があれば、データーを安全な場所に移送、そしてサンプルを破棄することだ。

 蜘蛛の飼い主にとって大事なのはデータであり、敵にとっても同様である。それを彼はよく心得ている。ただ、知らないのは複数の情報をDPCを通じて統合する彼の脳自体もデータであることだが……。


 そんな彼の感覚を先ほどからくすぐる違和感がある。彼はDPを通じて、己の手足たる子蜘蛛ドローンの配置を外壁周囲に動かした。


 ◇  ◇


 二階から三階へは複数の経路がある。エレベーター、階段、そして外の非常階段だ。俺が選択したのは第四の道である外壁だ。エレベーターは論外。非常階段は敵にとって本命の監視対象だ。階段には赤外線センサーと圧力センサーが配置されている。


 【痛覚を遮断】して肩を外し、ドローン通過用らしい狭い窓を抜ける。天井近くのドローンと目が合った時は肝が冷えたが、ルルにより俺を認識できないようにハッキング済みだ。


 外壁に張り付き、距離的には最短で三階に上った。まるで虫にでもなった気分だ。


 三階の同じ規格の窓からフロアに入る。空気が違う。センサー類に不可視の光のラインが繋がっている。巡回するドローンも床と壁そして天井を立体的に動く。特に床のは二階より一回り大きい。ルルの情報でカタログ情報よりも重い重量が検知される。その重量が何か想像したくない。


 立体の蜘蛛の網の間を飛び回るハエの気分で【ソナー】を見る。


 俺の目的地にいたモデルが監視室に移動し始めるのを確認してから部屋に向かう。相手と反対の弧を慎重に進む。鉛の足で金属の床を踏むような作業だ。自分が何者ロールかを思い出して耐える。


 モデルが監視室にもどったのと同時に、俺は目的の部屋の前に着いた。部屋の中には満天の星空を映したモニター付きの台形の機械。二階と同じ装置、高速DNA配列決定器だ。やはりあった。


 チップを接触させる。一瞬で『データ受領』というルルの声。同時にドアの向こうをモーター音が通過する。


『データ数54。二階と同じだ。IDから被験者も同じだね。ただし配列データは二つだけ。同じ長さ。最後はスコアだろうね。内容が分からないと解析できないけど二階とスコアが違いそうだ』

『配列の分析を引き継ぎます』


 ルルが一瞬でデータ構造を把握する。沙耶香が続く。二階で馴れたおかげか流れるような作業だ。このデータの形からして十中八九当たりだな。モデルの巡回まで時間は限られている。データが確かだと解ったらそのまま脱出すると決める。


『このデータは……』

(どうした?)


 ヒトゲノムデータベースとの照会を一瞬で終えた沙耶香。彼女から戸惑いの感情が伝わってくる。


『人間のゲノム上にないDNA配列です』

(人間じゃない?)


 思わず聞き返した。もちろんこれほどの施設だ、一つだけのプロジェクトに使われているとは限らないが。ならばなぜ人数とIDが一致する?


『違うのは主にシトシン《C》です。特にCGと続く場合の配列がチミン《T》に変化している。そう考えたら……。分かりました。おそらく三毛猫です』


 三毛猫? 被験者の飼い猫のDNAってことか? そんなものを何故あつめる。そう思ったが沙耶香は何も言わず猛烈に解析を進める。


『やっぱり。ここにある配列は①のメチル化配列です』

(メチル化シーケンス? 三毛猫のDNAは特殊なのか?)

『えっ? あっ、すいません。三毛猫というのは例えです。ここにあるのは人間のゲノムDNAの配列データです。それもXp21.3つまり①の領域の一部で間違いありません』

『んっ? だったらデータベース上で配列が一致するはずだよね。同じID同士を比べても違うけど』


 ルルが二階とここの同一IDの配列を並べる。


『見てください。違う部分はCがTに変化していますよね。これは同じDNAサンプルを亜硫酸水素塩バイサルファイトで処理した結果起こった塩基の変化です』


 つまり同じサンプルだけど実験方法が違う? わざわざ配列を不正確にするような実験の意味が分からない。沙耶香に尋ねようとすると、脳内に六角形の化学式が二つ流れ込んできた。


『理由はこの二つ。『Cシトシン』と『Cm《メチル化シトシン》を区別するためです』


 ほとんど同じ化学式だが、片方にはMeという記号がくっ付いている。ついていない方がシトシン、DNAの四種類の塩基の内の一つCだ。ついている方はメチル化シトシン、聞いたことがない。


『このCとCmはどちらもDNA配列としてはCと読まれます。つまり通常のDNAシークエンスでは区別できないのです。ですが、ここにバイサルファイトを加えると以下の反応が起こります』


Cシトシン  +BAバイサルファイト → U

Cm  +BA  →  C


 ただのCはバイサルファイトによりU、つまりウラシルという塩基に変化する。一方、Cmつまりメチル化されたシトシンはCのまま。要するにCmはメチル基が付いていることで、バイサルファイトから保護される。兜を装備していたから弓矢を弾くような物か。


『次にこの配列をPCRで増幅します。相補的塩基の結合により、CはGとUはAと結合します。そして次の増幅によりGはCと、AはTと結合します。つまり、メチル化されていないCは最終的にAに変化、メチル化されていたCはCのままということになります。


C  +BA → U、U=A → T

Cm +BA → C、C=G → C


『実は私にも違和感がありました。読むべき配列の場所が分かっているのなら血液の採取なんて手間は必要ありません。毛髪一本回収できれば可能です。ですが実験がもっと複雑、バイサルファイト法を用いるためにサンプルの量が必要と考えれば納得できます』


 つまり、より手間のかかる実験をするために比較的多くのDNAが必要だったと。なるほど、理屈は分かった。でもゲノムの一部の塩基がメチル化されたらどうなるっていうんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ