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【旧版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?  作者: のらふくろう
セッション2 『三毛猫を探せ』

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8話 採決

「採取された血液サンプルがどこに送られているのかを推測する。襲撃に使われた車両とその近くのドローン輸送の関係。そして、ターゲットがDNAの配列であることから計算すれば…………」


 地図上の百を超える点から輸送路の痕跡が現れる。次に、地図上の複数の建物がマークされる。その二つが合わさり、複数の経路を経てサンプルの多くが一点に集まっていく。そこには道路に対して凸型の建物があった。


「Xome?」

Xomeエックス オーム社の生体情報分析センターだ。主要業務は医療機関からの検査サンプルの分析。研究機関からの実験委託もある。所有する分析機器のデータを出そう」


 無機質な建物から矢印が出て、そこに学会の企業ブースで見たような機器が並ぶ。


「設備のほとんどがいわゆる実験ロボですね。規格化された検査キットを使う標準的なものです。他には感染症検査の為のリアルタイムPCR装置。ここまでは業務内容から自然です。でも、最新の高速ハイスループットDNAシーケンサーを複数所持しています」


 沙耶香が指摘する。製品IDの一つが光り、白く四角い機器が表示される。


「大量のDNA配列を一気に読み取る機械か。業務内容にゲノム解析はないね。いや、医療ではなく研究機関からの委託は受けている。こちら絡みとも考えられるけど」

「依頼数を考えると台数が不自然です。この機械は一台あたりが一度に膨大なサンプルを同時解読するんです。つまり、よほどの大量のDNA解析を行わない限りオーバースペックです」

「採取したサンプルのゲノム配列をここで解読していると考えると自然だね。指定された染色体位置のDNA配列があれば決まりだけど……。シーケンサーはオフラインだ。残念ながら中身は見えない」


 ルルと沙耶香の共同作業でどんどん分析が進む。専門知識と隠されたデータとなると僕に出る幕はないか。いや、待てよ……。


「ここが財団にとって大規模プロジェクトの拠点だとすると。それを守るための【モデル】がいるんじゃないのか。シンジケート同士は争ってるんだよな」

「なるほど。やってみよう」


 Xome社の社員の顔写真がホログラムスクリーンを乱舞する。その中の一枚がピックアップされた。八須長司やす・ちょうじ。痩せ型の体を白衣に包んでいる三十九歳の男だ。血走っていて神経質そうな目の持ち主。長い髪の毛が片目を隠している特徴的な容姿だ。


「幼少期に火事で両眼を失明している。十年前に義眼を移植インプラントした。最先端のカスタムモデルで十億を超える値段だ。Xome社員としての年収は三千万程度だ。しかも、手術の際に標準以上の時間がかかっている。DPCの埋め込みが同時に行われたとすれば説明がつく」


 やっぱりそれらしいのがいたか。勤続年数から考えてアルバイトとは違うだろうな。その後、ルルは施設内のコンピュータについて配置などを調べる。だがコンピュータの中には通常の検査データしかなく、コグニトームを通じて普通に医療機関や研究機関に送られている。


「外からではこれが限界だね」


 テーブルの上に情報が浮かぶ。Xomeの場所と建物。モデルらしき人物の姿と経歴。施設の立体図。ハッキングのターゲットになりそうなコンピュータの位置。あきれるばかりの手際だ。あっと言う間に敵は丸裸だ。いや、セッション1開始前に沙耶香がいたと考えれば、こんなものかもしれないけど。


 ただ、肝心のDNA配列データに関しては欠片一つ掴めていない。まあ、そこまで安楽椅子アームチェア上で終わったら密偵オレの出番が……。ってない方がいいんだ。


「これ以上はXome社施設に入ってデータを直接見るしかない。したがってボクとしてはこの件のシナリオ化を提案したい」

「反対だ。敵拠点への潜入だぞ。誰でも参加できる学会で情報収集するのとは比べ物にならない。モデルだって前回がアルバイトなら今度は正社員だよな」


 僕は意見を変えない。TRPGシナリオだったらここまで順調に探索が進めば一も二もなく賛成しただろう。だがこれはゲームではない。情報があるという理由で手を出していては命がいくつあっても足りない。ダイスを振り続ければいつか必ず致命傷ファンブルが出る。


「それに古城舞奈が最終的な財団のターゲットになる可能性が少ないのは変わらないだろ。いや、僕たちが手を出すことで藪蛇になる可能性まである。確認するけど、一人でも反対なら中止だよな」

「もちろんルールは守るよ。ただ、全員の視点からシナリオを検討することになっている。サブマスターの意見も聞いておこう」


 僕は右に座る沙耶香を見た。彼女は俺とルルを一度ずつ見た。表情は暗い。友人が関わっているのだから当然だ。だが、彼女は合理的な判断ができる。行動と傍観、どちらが友人にとって危険性が高いかは理解するはずだ。


 万が一彼女が感情に流されても、僕が意見を変えなければいい。


「一つだけ気になることがあります。古城さんが最終的な候補になる可能性は想定よりも高いと考えられないでしょうか」


 沙耶香はその綺麗な瞳に、データを映して考えた後、意外なことを言った。


「根拠は?」

「古城さんの話でいくつか気になったことがあります。一つ目は、どうして彼女だけ記憶があるんでしょうか。二つ目は、彼女が犯人の頭部に見たという光るタトゥーです」

「あっ!!」

「なるほどね」


 考えてみればその意味するところは明らかだ。古城舞奈はDPを用いた薬剤に耐性があった。セッション1で僕が毒により即座にスタンしなかったのと同じ。古城舞奈の脳が生み出すニューロトリオンが常人よりも強いことを意味する。財団の目的がモデル候補の選別なら、当然それも想定した強度のはずだから、彼女の資質は予想外に高い。


 あの時僕を介護したのは沙耶香だから気が付いたのだろう。だけど、人間そのものにかかわる情報分析は僕の担当だ。


「その仮説を採用するなら、古城舞奈が最終的な候補として狙われる可能性が高いのはもちろん、それ以上の問題が生じる。彼女がヤスユキと似た資質を持つとしたら、彼女のデータからヤスユキや、RoDのシステムが目を付けられる可能性がある」


 それは最悪と言っていい。財団は正体不明の密偵オレによってモデルを倒されている。関係する情報というものは近くにあれば、まるでポケットの中の紐のように絡まる。そして、僕たちの唯一の優位はRoDという異能ゲームシステムをシンジケートが認識してないことにある。


「インビジブル・アイズから百人の誰が重視されているのか調べられないのか? 古城舞奈がターゲットから外れるなら、何もしない方がいいのは間違いないんだ」


 心の中のリスクとリターンの天秤が望まぬ方向に傾くことを拒むように聞いた。敵の基地に潜入なんてそれこそ無謀すぎる。僕が捕まればそれこそ終わりなのだ。


「さっき言った通り、施設内から直接アクセスする必要がある。具体的にはボクが用意するコードをXomeのデータサーバーに入れるというアクションだ」


 結局は潜入の必要がある。


「採決の途中だったね。サヤカはシナリオ開始に賛成ということでいいかな」

「はい。ただ、Xome社は実験サンプルの解析業務もしています。白野さんではなく私が向かうのはどうでしょうか。そういう場合の振舞いは分かりますから」


 沙耶香の説明では、最近の研究は多くの解析を外部に委託するらしい。中にはVRラボとして自分は別の場所にいても遠隔操作でロボット越しに実験もできる。考えてみれば人間の手術ですら遠隔で行われるのは珍しくない。


「確かにサヤカのIDだけならコグニトーム上の偽造は出来なくはないけど」

「それは賛成できない。いや、絶対にダメだ。施設にはモデルがいるんだぞ。大体、高峰さんは目立ちすぎる」


 IDの偽造が出来ても僕みたいに顔まで変えられるわけではない。大体、この手のエリートの世界は狭いと相場が決まっている。「美しすぎる科学者」を知ってる人間がいたらそれだけで終わりだ。


「確かにサヤカのIDは偽装できてもスキルは使えない。モデルの目を掻い潜るのは難しいだろう。でも、それならどうするんだい」

「………………シナリオの目的を絞る。施設に潜入してルルがアクセスするためのコードをコンピュータに入れるところまで。古城舞奈が最終ターゲットから外れるようなら深入りはしない」


 僕は言った。リスクを最小化する密偵としての流儀を変えるつもりはない。ただ、今回の場合はその最小リスクがこれだというだけだ。


「その為にも決行までにXomeの事前調査なんかを徹底する。モデルとの戦闘は御免だからな」


 リターンとしてはTrINTチームの試運転だ。そう思えば、取るべきリスクに見合ったリターンと言えなくもない。不本意だが、少なくとも一回目と違って準備はできる。そう念を押した僕に、ルルが笑った。


「前回もそう言っていたけど、結局君が戦闘を選んだけどね。では今の案でもう一度採決だ」


 金髪の少女が言葉と同時に手を上げた。沙耶香もためらいがちに手を上げる。提案者は僕だ。これで全会一致。


「セッション開始までに、サヤカは染色体上の三カ所についてできるだけ調べる。ボクはモデルとXomeの情報を集める。ヤスユキはキャラクターを練り直して。終わったら正式なハンドアウトを作成し、セッション開始だ」


 ホログラムに僕のキャラクターシートが浮かぶ。カバーで決められた黒崎亨、フリージャーナリストの名前が消える。カバーは消えても経験値はそのままというシステムだ。本体は僕だしな。シナリオに合わせてスキルの組み換えが出来るのはありがたいというべきだろう。


 そう納得させて新しい名前を頭の中で考える。


 墨芳徹すみよし とおる。科学検査機器の保守要員。新しいセッションの為の新しい俺だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても質の高いワクワク感を感じます…!
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