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【旧版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?  作者: のらふくろう
セッション2 『三毛猫を探せ』

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6話 新シナリオ

 ビクトリア朝の劇場を見下ろす会議室ミーティングルーム。中央にある正方形のテーブルは、工業製品としての規格とアンティークの気品が両立したような見事なものだ。


 劇場に繋がる大窓を背後に、支配人よろしく座るルル(RM)の正面に僕は椅子を着けた。


「この部屋自体はコグニトーム上にあるデジタルツインです。ただ、私達がそこにいることは認識されない、そういうことのようです」


 右に座る沙耶香が説明してくれた。ひじ掛けを撫でる。しっとりとした天鵞絨ビロードの質感が脳に伝わる。沙耶香の声にもマイクを通したような微かな違和感もない。


「仮想空間のさらに裏側ってわけか。まるで秘密基地だ」

「秘密基地だよ」


 ルルがあっさり肯定した。なるほど、男たるもの秘密基地に憧れる。密偵ロールプレイにぴったりの雰囲気となればなおさらだ。だが現実に秘密基地が必要な状況というのは大抵、いや確実にろくでもない。大学一年生ともなれば、その程度の分別は育つ。


「…………新しい脚本シナリオが出来たってことか?」


 警戒心を表に出して聞いた。この芝居っけたっぷりの会議室ミーティングルームで行われることと言えば、次の舞台セッションの打ち合わせだ。


「検討中と言ったところだね。沙耶香の関係者から貴重な情報が得られたんだ。ほら君たちのデートに割り込んだ古城舞奈《NPC》だ。ここの機能を体験がてら話を聞いてほしい」

「古城さんの話では、二日前の放課後にいつもよりも少し遅い時間にロードワークに出た時、怪しい車に連れ込まれたそうです」


 次のセッションはまだ早いというのが僕の考えだ。NPCに設定を生やすのはよいキャンペーンの条件だが、現実でやらなくていいんだよ。


 …………


 周りに人がいない。彼女がそう気が付いたのは走り始めて二十分ほどたった時だった。最初彼女は別に気にしなかった。例の事件に関しては彼女自身半信半疑だったというのもある。いつもよりも少し遅いとはいえ、まだ夕日も落ち切っていない時間だ。


 それにここからがいいところなのだ。温まった筋肉が連動し若い雌鹿のようなしなやかな肢体をぐんぐんと前に運ぶ。勉強に疲れた頭がほどけていくような感覚が彼女は好きだった。


(下校時間には間に合うしね。シャワーは急がないといけないかな)


 そんなことを考えた時、背後に一台のバンが現れたのに気が付いた。いやおうなしに事件のことが思い浮かぶ。若い女の身としては本能的に恐怖を感じる。心なしかペースが上がる。


 なぜか後ろから近づいてくる車から、おかしな気配を感じた気がした。ちらっと頭上に目を向けると、折よくパトロールドローンが二つ飛んでいるのが見えた。首を振り、スマートウオッチに連動したテックグラスの表示で心拍とペースを確認して、いつも通りの角に向かう。


 その瞬間、首筋に冷たい何かが伝った。近づいてきたバンが周囲から死角になるタイミングで彼女の横に重なった。何かがおかしい、そう思った時には足がもつれていた。スライド式のドアが真横で開き。貧血のようなめまいが襲った。気が付くと、バンの中にあおむけに倒れ込んでいた。


 彼女に覆いかぶさってきたのは、金属製のシリンダーのような物を手にした男だった。男の額に光るタトゥーを見た途端テックグラスにノイズが走った。そして彼女の意識は闇に沈んだ。


 …………


「古城さんが次に気が付いたら、道路わきの樹木に背中を預ける形で座っていたそうです」


 沙耶香は説明を終えた。同時に正方形のテーブルに立体映像ホログラムが浮かぶ。


「彼女の通報で駆け付けた警察の調査情報だ。周囲には確かにバンの走行記録はあったが、無人車両の通常の経路だった。記録ではすれ違っただけ。彼女の所持していたトレーニング用の腕輪のデータでは数分間“歩道”に止まっていた。それは通報時間や彼女の記憶とも一致する」


 三次元の地図上にランニングの経路が示される。五分の行動の空白がはっきりと見えている。警察情報が筒抜けであることを無視して尋ねる。


「そこまでおかしいのか。GPSって確か誤差があるよな」

「確かに通常の機器なら1メートル程度の差はある。でも、彼女のウエアラブル端末はトレーニング用だ。短距離走選手なども使う関係上、位置情報《GPS》の時間的空間的精度が高いんだ。歩道から車道へのずれを確認できる程度にはね」


 改めて地図上の軌跡を見る。装着者の運動能力を示すように一定の速度で道路横の歩道をまっすぐ進んでいる。問題の数分間に道路側へのズレはない。一方、その後に土手側に歪んだ経路はハッキリ見える。つまり、道路側へ倒れ込んだという彼女の記憶と一致しないのだ。


「……貧血でも起こして意識が飛んだ。それで身近で起こった事件と混同した可能性は?」

「人間の記憶はそういう風に無理やりつなぎ合わせることは確かにあります。ですが、古城さんが言うには確かに意識はもうろうとしていたけど、間違いないと。それに、彼女が見たという金属製の筒に見覚えがあるんです」


 沙耶香の言葉にスクリーンに円筒形の器具が映る。医療用グレードを示すID。その用途は……。


「カートリッジ式採血器?」

「光センサーで血管を認識し、ボタン一つで真空カートリッジに少量の血液を採取するタイプです。人間ではなくマウスのような小動物に使われるのですが、針が細くて痛みを感じさせません」

「実は同様の貧血事件は桜嶺以外でも起こってるんだ。今回と同じパターンで行動痕跡の改変が生じたと思われる地点だよ。ちなみに全員が15歳から18歳の女性だ」


 ルルが手を上げる。地図が関東地方全域に開かれた。百以上の点が存在している。点が集中している場所の一つに従妹が今年入学した高校があることに気が付く。これが全部今の話と同様だとしたら、百人以上が血液を抜かれたことになる。


「逆になんで大騒ぎになってないんだよ……」

「古城舞奈のケースは例外中の例外なんだ。ほとんどの被害者はまったく記憶を持っていない。実際彼女の話でもこれまで怪しい車を目撃したというのは当人じゃないだろ。そして決定的なのはこれだ」



****************************************


ターゲットID:MS-g-4209

カテゴリ:研究資料323578に基づいた新たなモデル選別の為、指定個体の生体サンプル採取。

レイティング:コモン

サンプル送信コード:DL-2b34a68e


補足:報酬は採取サンプル数に基づき支払われる。指定個体のIDはプロジェクト完了まで随時参加するモデルに送信される。サンプルは指定のドローン、あるいは無人車両で回収後、拠点に集積、分析する。



****************************************


 表示されたのは前回のセッションの最初に渡されたハンドアウトと同じ形式の情報だった。


「この二つの情報を合わせるとどうなると思う?」

「…………財団による新しいモデル候補の選別が行われていて、すでに百人以上がサンプルを採取された。そして、その中の一人に古城舞奈、僕たちの関係者がいる」


 ここまで来ると認めざるを得ない。行動痕跡の改竄、無人車両の偽装、それにターゲットの意識を一瞬で奪う特別な薬剤。全てがこの事件はシンジケート『財団』絡みだと言っている。


「ボクとしてはこの件を【シナリオ化】したいと思っている」

「僕は反対だ」


 僕たちにはまだ準備が足りない。この秘密基地サプリメントは舞台としては見事だし、機能としても高度だろう。だが中身である運用は確立していないというのが僕の意見だ。


 何より今回の件は危険度が高い。僕達の関係者が関わっているということは最優先である存在の秘匿を危うくする。

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