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【旧版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?  作者: のらふくろう
セッション2 『三毛猫を探せ』

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4話 日常復帰

「コグニトームの法的根拠となるのが『エサギラ条約』です。この国際条約の加盟国が選任した評議員を代表とするコグニトーム評議会が運営の最高機関であり、日本では担当大臣が……」


 セッション1から二日後の正午前、僕は何とか動き始めた体と頭を講義室に置いていた。平凡な大学生としてあるべき姿、日常を取り戻したのだ。あいにく講義内容は先日の非日常を思い起こさせるものだけど。



 無人バスが北関東のこの街に着いたのが二日前の夜だった。バス停に降り住処マンションに帰ろうとした時、猛烈な筋肉痛が始まった。足を引きずるように部屋にもどった僕は、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。


 目を覚ましたら夕方。ベッド横に放り出していたリュックサックからカロリーフレンズの残りを引きずり出し水で流し込むと、そのまま再び眠った。


 そして今朝の八時、テックグラスに講義のリコメンドにより起こされる。残量ほぼゼロのテックグラスを朝日で補充しつつ、寝すぎで重い頭を自転車に乗せること十分、時間ギリギリで講義室に入った。講義の名前がコグニトーム関連法だと認識したのはそのタイミングだ。


「条約によりタワーは大使館に匹敵する保護を受けます。設置国の行政機関も許可のない立ち入りが禁止されています。さらにタワー自体、タワー間の通信、そしてタワー内部のデータへの攻撃は加盟国全体に対する攻撃とみなされます。エサギラ条約加盟国は国連加盟国の九割を超えることから、事実上人類の敵とみなされると言えます」


 東京湾にそびえたつタワーを背景に説明が続く。タワーはすべて創造経済の割合が大きな先進国にあり、コグニトームを攻撃することは創造経済からはじき出されることを意味する。つまり、経済的に破綻が確定するのだ。


 だから世界は安泰で安全。つい先日まで認識していた世界設定(現実)だ。


「このように国際、国内法で二重に保護されるタワーですが、だからこそ設立時にもっとも問題になったのはその中に記録される情報でした。特に議論になったのは個人の生体データです。ですが、暗号化されたデータを契約に基づき復号化するという自動契約スマートコントラクトはこれまで十数年の間、システムとしての漏洩は一切起こさず。迅速かつ効率的であることが証明されました。現在では極めて高い信頼を得ています。特に医療関係の効率化は大きく、破綻寸前だった健康保険システムの再生と、健康寿命の大幅な増加が達成されたのです。コグニトームの個人データに病名を書き込めば、本人が病気になるとまで言われています」


 笑えない冗談に講義室が湧くのが少し煩わしい。どれだけ厳密な法制度を作っても、素晴らしい技術で保護しても、裏側からアクセスできる時点でアウトだ。存在しないことになっている異能モデルを罰する法律はない。


 いや、むしろコグニトーム自体がシンジケートの掌にあるのだ。この二日間自分からコグニトームにアクセスしなかったのは寝ていただけでなく、無意識に自分の存在を隠したかったのかもしれない。


 頭が働いていなかったな。今思えば完全な悪手だ。最善はこれまでと同じ行動パターンを維持することだった。そういう意味では、いつも通りの講義を聞いているのは意味があることか。


 気休めにもならない。そもそも僕がセッション1に参加した理由は情報収集、ルルの言葉の裏取りだ。そういう意味では確かに目的は達成された。何しろ勢い余って戦闘シーンまで体験してしまったからな。


 『シンジケート』と『モデル』、そして『ニューロトリオン』と『ディープフォトン』という異能の実在、ルールブックの設定に嘘は見つからなかった。初心者の僕が曲がりなりにも探索と戦闘をこなせたということは、僕に異能ニューロトリオンの資質があるというのも事実なのだろう。


 だが、相手は世界を支配しているといってもいい存在、それこそ邪神クトゥルフ級だ。しかも、この邪神はGMの制御を受けない。ゲームマスターと邪神クトゥルフのどちらが強いかというのは一大の神学論争だが。


 TRPGにおいて敵が圧倒的なのは当たり前、その中でどうやって未来を創造するかがプレイヤーの腕の見せ所だ。だが、現実となれば話は別。平凡な大学生にとって現実を舞台にした超高難易度TRPGの参加者プレイヤーである事実はひたすら気が重い。


 今思えばなんであんな無謀なロールプレイをしたんだ僕は。密偵キャラは三枚目役、ヒロイックは似合わないんだよ。アフターシナリオのデートも今考えれば赤面物だ。


 まあ、有る意味プレイヤーの意思を尊重するというルルの約束も確認は出来たとも言えるか。今僕が地下の秘密研究室で改造人間モデルへの手術中でないことから、シンジケートを出し抜いてシナリオ運営を成功裏させたのだ。当の本人が病床でいわば捕らわれの身である状態で……。


 いや、騙されるな。あんな超高難易度のシナリオにしれっと放り込んだんだぞ。


 とにかく間違いない事実は、今の僕はキャラクターじゃないということだ。直接手出しされない限りは何もしないことが最善。仮に今も邪神復活の儀式が進行中で、その生贄モルモットリストに載る可能性が高くても出来ることなどないのだから仕方がない。


 平凡な大学生が平凡に日常を謳歌して何が悪い。


「確認される限りの最後の大規模なコグニトームへのテロ行為は、八年前のインドのタワーによるものであり、その結果コグニトームと各国の軍事情報機関との連携が強化されました。現在でもコグニトームに対するテロを企むさまざまな思想背景の集団が存在していますが、その多くが計画段階で阻止されています」


 首を振ったはずみで講義が目に入った。中央のホログラムに治安部隊に襲撃されたテロ組織の秘密基地が映っている。壁に着いた弾痕と床の茶褐色の染みが生々しい。以前なら旧時代的な狂信者が掃討されたことに安心したかもしれないが、今の僕にはそんな素直に世界は映らない。


 もちろん、そこにいた人間達は十中八九、旧時代の狂信者だろう。だがこの基地がルルの病室、沙耶香のアパートになったら?


 考えてみれば黒崎亨という存在が消えている以上、一番安全なのが僕だと言えなくもない。それは凡人である僕こそが一番自由に動けることを意味する。確かに、今の僕は黒崎亨キャラクターではない。


(だけどプレイヤーではある……)


 TRPGはプレイヤーとマスターで作り上げるもの。マスターが次のシナリオを練るなら、プレイヤーはロールプレイの為に必要な準備をする。キャラクターは冒険セッションと冒険の間も生きているからであり、自分プレイヤーの目で客観的に自分キャラクターを見ることが出来るからだ。


 それこそが最高のゲームを作り出すために必要なこと。それが僕の信条だ。


 ……仮に今をセッション1と2の間だとしたら、僕は何をしていた?


 次に起こることを予想し準備する。例えばロールプレイに必要な資料などを集め、読み込むなどだ。ゲームを効率よくクリアするためでも、マスターを出し抜くためでもない。ただ、その舞台において最高の自分である(ロールプレイ)ために。


 今僕がやっているのは確かにゲームではなくシビアな現実だ。ならばこそ、この時間を無駄に費やすことは許されない。このゲームが情報戦であり、シナリオ開始前の準備こそが次の未来セッションを決めると考えればなおさらだ。


 ルル、沙耶香、僕はシンジケートと戦う情報戦パーティーだ。チームを最大限有効に機能させるためにはどうすればいいか考えることには意味があるはずだ。それが次のシナリオとロールプレイの精度を上げ、僕たちの生存率を上げる。


 重要なのは各人の役割分担ロールだ。そのヒントを僕はあのデートでつかんだ。


「コグニトームにより世界の情報基盤は劇的に変化し、以前の世界とは全く違う公開された情報による発展こそが……」


 シンジケートの存在、世界は実は以前と変わっていないのだ。秘密の通信と情報の独占は存在し、諜報戦が繰り広げられる世界は健在だ。その中で戦うためには、以前の世界からヒントを得る必要がある。


 とにかくやるだけやってみよう。僕は凡人だが、ロールプレイの準備に手を抜いたことなんて一度もない。そしてここは総合教養大学、図書館にはその手の古臭い資料が沢山あるのだ。

2022年4月5日:

セッション1後の幕間的な話が続きましたが、次話『秘密基地』からセッション2が本格的に始まります。


次の投稿は4月8日です。

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