17話 戦闘パート(2/3)
空中を舞う七色のリング。その一部がまるで串にささったように一直線上に並んだ。不可視の照準が地面を走り、俺の眉間で停止した。【スキル】をオンにして、さりげなく右手で髪を整える。
金色のピアスの男が自然な動作で懐に手を入れた。男の頭部と左手の大小の光点にラインがつながる。引き抜いた手にある小さな光球の光跡が射線と一致した瞬間、プシュという低い空気音とともに、赤く光る何か発射された。
【バリア/アクティブ】
左手人差し指で円を描く。小型円形盾のような青い光が空中に現れ、飛んできた弾丸と衝突、赤光がはじけた。
「何の音?」
高峰沙耶香が怪訝そうに左右を見る。陽炎のような赤い光の散乱、落下する黒い弾丸の残骸。冷や汗が流れる。今のは「ここに撃ちますよ」と教えてくれたから何とかなったが、銃を抜く前から狙いを定めてるなんて反則だ。
さらに言えば、初めての【戦闘ロール】成功の代償に、俺が一般人ではないという情報が失われたことになる。
「おいおいこりゃどういうことだ。競合なんて聞いてねえぞ」
樹木から背を離した男が俺達の進路に立ちはだかった。手には黒檀の拳銃がある。一見モデルガンにしか見えないが、サイバー兵士が持つ銃が本物よりも高性能なのは先ほど見た通り。
「誰? 黒崎さんのお知り合いですか?」
「はっ、尻軽がナンパに引っかかりやがってと思ったが。どうやら同業者みたいだな。おい女。どうせならこっちに来た方がいい思いできるぜ」
場違いな彼女の言葉に男は笑い、俺に銃を向けた。相手のカードが半分表になったな。
「何を言っているのですか。ふざけているのなら……どういうこと、コグニトームが切れてる。どうして警告もなしにいきなり……」
高峰沙耶香の瞳にテックグラスの赤い信号がともる。だが信号は点滅してすぐに消えた。俺は彼女をかばうように前に出る。
「『教団』か『軍団』か。さっきのけったいなアルゴリズムはなんだ? それになんでDPCの反応がねえ。どんな隠蔽してやがる?」
「どちらも不正解だ。そうだな俺は元同業者ってところだ。今はこうやってお前らの邪魔をするのを生きがいにしている。正義の心に目覚めたんでね」
「嘘ならもっとましなのを付けよ。逃げたモデルが生きていけるわけねえだろ」
真実が一ミリも含まれていない台詞は言下に否定される。だが、モデルの表情には混乱も見て取れる。あいつにとって俺が得体のしれない存在であることは最も強力な情報だ。
だが問題は、彼女にとっても俺が得体のしれない存在になったことだ。
「どういうことなんですか黒崎さん。私に言ったルルーシアさんのことは?」
「そのルルからのメッセージが届いているはずだ。最低限の事情はそこにある」
「メッセージ? ……えっいつの間に、それに、どうして私のメモのことが……」
ルルに送ってもらったメッセージは、彼女が狙われた理由と現状の説明をごく短く書いてある。「君は知ってはならないことを知ってしまった」という導入程度の内容だ。
「ルルはこの先で君を待っている。そこまで連れて行くのが俺の役目。それに関しては嘘じゃない」
「こ、この状況でそんなことを言われても。大体、ブレインニュートリノがすでに実用化されて、それがコグニトームを裏からなんて、そんなことあるはずが……。そもそも、こんなことになるなんて貴方は何も……」
「言ったら信じたか。だから問題だ。さっきまであれだけいた人間の中で俺達だけが弁天堂に向かう確率は? そしてその弁天堂に俺達を待ち構えるあの男一人以外誰もいない確率は? そこで丁度外部との通信を完全に切ることが出来る技術があるとしたら? そして――」
タンッ、タンッという音と共に二発の弾丸が来る。一発目はさっき同様【バリア/アクティブ】で防いだ。だが、二発目は盾の横を通ると俺の真横で弾けた。空中に球形の放電が出現。常温プラズマが俺の突き出した腕に向かって広がる。
「こういった超技術の存在と、それを使ってまで君を狙う理由は?」
【バリア/パッシブ:18/20】
バリア越しでも、敵の攻撃に身を晒すのはとんでもない恐怖だ。それでも続ける。へたり込んで首を小さく振る高峰沙耶香の青ざめた表情に向かって焦げた現実を見せる。
世界の深層を文章の説明だけで信じられるわけがない。彼女にとっては俺もあいつも同様に信用できないのは当然だ。俺達の状況で成功する未来へのルートは元々極端に低い。ならば、どこに賭けるのか。
彼女の聡明《INT》を信じて現在の状況を示し、知能ロール成功してくれることに賭ける。これがこの状況下で俺に考えうる彼女への『説得』だ。
「そんな…………でも確かに。ううん。あり得ない。……他には、説明がつかない……」
「君がここで決めることは一つだけ。俺を信じるか、信じないかだ」
僅かだが理性の輝きを取り戻した瞳に話しかける。『説得』と言いながら選択肢を奪ったうえで二択を強いる。我ながらひどい話だと思う。
だから最後は『言いくるめ』でも『説得』でもない、黒崎亨の意志を伝える。
「君が自分の才能を誇示したい、高い地位や報酬を得たい、そういうことならあるいはあちら側は現在よりずっと恵まれるかもしれない」
背後から来た弾丸が二つ、バリアにぶつかり、空中から地面まで白い雷光が広がる。まともに喰らったせいでHPが4も持っていかれた。それでも俺は高峰沙耶香をまっすぐ見て告げる。
「だけど、もしも君の才能が君の意志で決めた道に進むための物なら。その道を守れるのは今は俺だけだ」
俺の知る限り彼女は研究においては俺と同じ、ロールプレイ派だ。たった数時間で何が分かるかって。完璧な情報が存在したら密偵はいらない。限界まで考えたら後は自分の信じた方向にダイスを振ることしかできない。
「………………わかりました。黒崎さんを信じます」
彼女は震える足で立ち上がり、俺の後ろに移動した。これで最低限の準備が整った。開戦前に複数の手札とリソースを三分の一近く消費したことになるけど、想定したシナリオの範囲だ。
石畳の上を多種多様なエフェクトがさく裂する。弾丸の効果は発現するまではわからない。ある弾は電撃に、ある弾は樹木を揺らすほどの衝撃に、そしてある弾は炎に化けやがった。
「どうした。攻撃しないと勝てねえぞ」
「文化財を傷つけるんじゃない」
プラスティックの弾丸が急加速して木を削る光景を見ながら俺は叫ぶ。どれだけカッコつけても一歩も進めない現状に変わりはない。
正確無比な狙いと共に指先の動き一つで繰り出される敵の攻撃。正面に来るのはアクティブで落とすが、連発されると防御が追い付かない。プラズマ化した空気にジャケットは焦げ、衝撃波でシャツのボタンがいくつかとんでいる。
防戦一方、前線の押し上げは一メートルも進んでいない。最初の目標である前方の遮蔽にも届かない。膠着、いや実際には押されている。
【バリア/パッシブ:8/20】
【ニューロトリオン:10/20】
何もできないままここまでステータスが悪化。それが敵の戦闘巧者っぷりを示す。向こうにとって最大のリスクはRoDキャラという全くの未知と対峙していることだ。それでも無手の俺が近接戦闘タイプだと判断しているのだろう。
遠距離から攻撃している限り、向こうにリスクはない。こちらが消耗するまで攻撃を続ければリスクなく勝利できる。油断の欠片もない戦術的判断は前職のたまものだろうか。
ルルが集めたモデルの情報。あの金色ピアスは元e-ゲーマーだ。拳銃捌きが得意で中近距離での安定した戦いに定評があった。近接してきた敵にゼロ距離で弾丸を打ち込むプレイスタイルで人気を博したらしい。だが、上位リーグに入ると邪道は通じなくなり成績は低迷、結局は引退に追い込まれた。
言ってしまえば戦争ごっこの元二流プロなわけだが、同じインドア派でもTRPGプレイヤーとは素養が違う。何しろ最古のTRPGはボートゲームからの派生だ。
俺が落とされていない理由は一つだけ。【感覚強化】だ。
アニメーションが連続した滑らかな動きに見えるように、人間の視覚認識は実際には細切れの粗いものだ。網膜に映った映像が数次の視覚処理を経て意識に上がるまで約0.2秒のギャップがある。
つまり、人間は常に0.2秒前の“過去”を現在として見ている。相手が銃を向けた時、実際には引き金が引かれている。ただし、相手が狙いを定めているのも0.2秒前の俺だ。
もちろん、野球選手が正確にボールを捕えられるように、人間は未来を予測することでギャップを補正している。脳には自前の物理シミュレーターが組み込まれているのだ。そもそもこの距離ではエアガンの弾速でも見てからは躱せない。
だから、俺が見ているのは相手の動き、正確にはマスターとスレイブのDPCの動きだ。
【ニュートロリオンソナー/アクティブ】と【センスチューニング】による視覚処理の強化。レベル1スキルの併用だ。あいつにとっては俺が未来を見ているように見えるだろうが、正確には俺が見ているのは向こうより新しい”過去”にすぎない。
だが、その程度では限界がある。段々と射撃の精度が上がってきたのがその証拠だ。HPの減少が加速度的になってきた。一方、こっちは中間目標である遮蔽にすらたどり着けない。
敵の頭部が今までにないパターンで光った。弾丸は俺の前で地面に向かって急降下した。野球で言えばフォークの軌道だ。展開した盾の下で弾がはじける。飛んできた砂に一瞬視界を奪われる。
網膜に映る赤い光だけを頼りに右に飛ぶ。左の脇腹を熱がかすめる。
【バリア/パッシブ:6/20】
残りは三分の一以下。バリアを張りなおす余裕はない。ソナーと視覚強化が切れたら次の瞬間ハチの巣だ。だが、相手のリソースにも限界はある。DPFは貴重なDPを大量に消費する。時間をかければかけるだけ『報酬査定』に響く。
俺があいつならそろそろ戦局を替えるカードを切ってくる。防戦一方の俺に対する警戒が、侮りと報酬への誘惑と交差する瞬間が来る。
「便利な盾だが、強度は見当がついた。これで吹き飛ばしてやる」
モデルはカートリッジを抜くとポケットから新しいカートリッジを取り出した。マスターコアが激しく明滅するのが見える。
敵の変化にこちらの変化を合わせる。俺は体を前傾にして前方の遮蔽に向かってダッシュすると同時にスキルを切り替える。
【運動神経周波数向上】
2022年2月16日:
次の投稿は金曜日です。




