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【旧版】深層世界のルールブック ~現実でTRPGは無理げーでは?  作者: のらふくろう
セッション1 『可視光外の秘密』

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16/55

12話 ターゲット研究(前半)

セッション1 指令書(ハンドアウト)


****************************************

ターゲットID:DPC-G-34214

カテゴリ:DPCの生体適合に関わる遺伝子配列

レイティング:コモン

研究キーワード:『394―496―632』

場所:第52回日本バイオモニタリング学会2日目ポスターセッション


補足:該当研究とディープフォトンの関係を認識した人物が出た場合、情報秘匿および獲得のため拉致を推奨する。止むをえない場合は殺害も許可する。その場合の処理についてはDeeplayerを通じて連絡する。


****************************************


以下が『インヴィンシブル・アイ』に登録されたモデルへの案件提示です。

あなたの使命は以下の二つです。


1,ターゲットである『遺伝子配列』の特定および該当研究とニューロトリオンの関連を調査する。

2,指令を受諾して派遣された『モデル』を特定する。

以上の二つの情報をRMわたしに送信することでシナリオ達成となります。


注意:シンジケートは『Deeplayer』を通じ学会周辺のコグニトームを監視しています。不用意なネットの使用は感知されるリスクを伴います。なお上記のデータは現時点の情報であり、モデルはこれ以降に追加される情報を活用することが考えられます。

 階段を降りると、ホールの奥に並ぶ液晶ボードの列へと向かう。黒一色だった電子の壁にはカラフルな写真や動画、そしてグラフや数式が表示されている。ボードの前には赤い花のホログラムを参加証に浮かべた発表者が立っていて、参加者に向かって説明をしている。


 ポスター発表の区画に入ると【撮影禁止】とテックグラスに表示された。位置情報とコグニトームの連携、いわゆるデジタルツインだ。そこに隠された三人目《Deeplayer》がいる。


 モデルはいなくなったとはいえ不用意な検索や行動、何より積極的なスキル使用は控えなければいけないだろう。


 一番大事なのはなるべく“生物学”の範囲内で行動すること。つまり文字通り付け焼き刃の『知識バイオイメージング』ロールが試される。しかも、ポスター発表は午後三時までの二時間、つまり残り七十分で仕事を終えなければならない。


 ここに並ぶ研究から【ターゲット】つまりニューロトリオンに関連する遺伝子を見つけ出すのだ。幸いなのはここまでの二段階の絞り込みで候補は三つだけであること。


045:『三次元培養環境でのガン免疫療法の研究』

118:『膵臓のベータ細胞の再生医療における分化段階の多角的評価』

155:『VoltというGeVIsを用いた神経活動のinvivoモニタリング』


 三題とも『GrowGrass』というGFPが使われていて。045と118は『Rasp』、155が『ColRose』というRFPが使われている。本命かと思った『RubyRed』は一つも残らなかった。理由は分からないが、対象が二組になったのは調べやすくなったと言えるだろう。


 しかし、タイトルを見ても全くピンと来ない。特に最後《155》なんか最悪だ。俺の知識で悩むのは時間の無駄だ。総当たりできる数なのだから見た方が早い。俺はボードの一列目に向かった。


 045番『三次元培養環境でのガン免疫療法の研究』。


 発表者の前に五人の聴衆がいて、熱心に説明を聞いている。周囲と比べると明らかに盛況だ。注目されているのだろうか。少し離れ概要を見る。


 『GrowGrass』を導入した緑色のガン細胞と『Rasp』を導入した免疫細胞を、3Dプリンターで作った疑似的な生体環境の中で立体培養。免疫細胞とガン細胞の相互作用とそれに薬剤が与える影響を観察するための系の構築。


 十年くらい前から癌治療の主役になった免疫療法の研究なのだろう。一番目立つのは赤と緑の細胞が写った何枚もの写真。そして、同じく赤と緑に塗り分けられたグラフだ。


 なるほど、『緑色に光る(GrowGrass)ガン細胞』を『赤色に光る(Rasp)免疫細胞』が攻撃してるわけだ。緑色のサンゴ礁を食べる赤いウニの水槽を見ているようなイメージだ。となると横の“緑色”の棒グラフはガン細胞の増減だな。


 喫茶店に入る前の状況で見たら意味不明だっただろう。『文脈バイオイメージング』の基本がわかるだけで、やってることが大まかに分かるようになった。


 内心頷いていると。聴衆の一人が「PD-1を抑制したらどうなるの」と質問した。発表者は「オプシーボを投与した場合、免疫の効果がアップします」と言って新しいデータを出してきた。俺以外がみんな頷いているところを見ると、彼らにとっては当たり前の知識なのだろう。やっぱりちょっとでも踏み込まれると途端に意味不明になるな。


 とはいえ、俺の目的はこの研究を理解するというよりも、この研究がターゲットかどうかの判定だ。聞いている限り『GrowGrass』と『Rasp』は単に異なる細胞をマークするために使われているようだ。組み込まれている二つの蛍光タンパクの遺伝子を見ても、蛍光タンパク遺伝子単体を細胞に入れているようだ。


 考えていると、説明が終わったのか聴衆が散っていた。発表者が一人後ろに残っている俺を見た。内心の緊張を隠し、質問を組み立てる。


「ええっと、ちょっと技術上の質問したい。がん細胞をマークするのに『GrowGrass』、免疫細胞をマークするのに『Rasp』を使っているようだが」

「はい。そうですが?」

「敢てこの二つの蛍光タンパクの組み合わせでなければいけない理由があるなら教えて欲しい」

「いえ特には、しいて言えば実験の都合ですね。ここでは二色ですが、こっちの実験でYFPを使って樹状細胞の影響も見ているので、励起光の切り替えなく映像が得られます」


 なんでそんなことを聞くのかという顔で答えが返ってきた。彼の指の先には黄色く光る細胞と赤い細胞の写真があった。なるほど、レーザーはその波長を中心に山形に分布するから厳密に一致しなくてもいいのか。


 俺は礼を言って発表から離れた。045番は可能性が低いと判断する。二つの蛍光タンパクが使われているのは間違いないが、それに関連する遺伝子が目につかない。二つの蛍光タンパクは別々の細胞に組み込まれている。


 もちろん遺伝子の関連のパターンなんて俺に把握できるはずはなし、遺伝子らしき名前はポスターのあちこちに散らばっている。完全に否定できないのは苦しいところだ。


 ただ、予行演習としては上々の滑り出しだ。間違いなくピントのズレた質問をしているが、最低限言葉が通じている。


118:『膵臓のベータ細胞の再生医療における分化段階の多角的評価』


 045番と同じで『GrowGrass』と『Rasp』が使われている研究だ。二人の人間が聞いていた。タイトル通り再生医療の研究だ。マウスの体内にiPS細胞を入れて、特定の種類の組織になったのかを『GrowGrass』と『Rasp』の蛍光で調べる。導入した細胞はすべてGrowGrassを発現しているので、もともと体の中にあった細胞か、注入したiPS細胞かを区別できる。さらにその緑の細胞の中で目的のベータ細胞になった場合は『Rasp』によって赤く光る。


 要するに移植した緑色に光る細胞の中で、同時に赤く光ることで黄色になる細胞が成功というわけだ。企業ブースで見た細胞周期と原理は一緒だ。あっちが細胞周期のどのタイミングにあるかを色分けしていたのに対して、こっちは細胞の種類の変化の流れを見ている感じだろうか。


 念のため、蛍光タンパクの選択の理由を聞いたが、やはり実験の都合らしい。さっきと違って二つの蛍光タンパクは同じ細胞に入っているが、両者に関連する遺伝子は見られない。可能性が高いとは言えないな。


 となると消去法で最後の155番が本命か。まあ、この調子なら実際に聞けば何とかなるだろう。それでだめならもう一周するしかない。


 三列目、順番に見ているふりをしながら本命に近づく。知ってはいたけどいろんな色の蛍光タンパクが使われているな。青から赤までまるで虹だ。遺伝子らしき図を見ると、やはりいろいろな遺伝子にくっつけて発信機レポーターとして使われている。


 ポスター前で発表者と参加者が世間話をしている。どうやら片方が海外から帰ってきて、旧交を温めているようだ。狭い世界だしエリート同士人脈が物を言うこともあるんだろう。後ろの図は……なんかちょっと変わっているな……っと、これが152番ということはそろそろ本命だ。


 研究費獲得という生臭い話を続ける二人の後ろを通って、155番に近づく。


 目的のボードの前には、二十台半ばくらいの女性が一人立っていた。黒髪のショートボブの丸メガネの女性だ。ゆったりとしたサマーセーターとスカートを着ている。眼鏡型のテックグラスは珍しい。ボードの表示から名前は太田幸子。愛知の大学に所属しているとわかる。


 聴衆はいない。さっきの二つと違って紛れるのが難しい。距離を確保したまま、さりげなくボードを見る。


 写真、動画、図やグラフ。他の発表と特に違うところはない。世界レベルの秘密組織が狙う大発見には見えない。まあ、そういう大発見であっても俺は気が付けない。ついさっきまで「なんで光るクラゲがノーベル賞?」と思っていたのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

155:『VOLTというGeVIsを用いた神経活動のinvivoモニタリング』


 位置記憶などの高次脳機能は最低でも数千のニューロンが関わる複雑な現象です。その解析には従来の神経モニタリングツールでは限界があります。そこで我々は『Volt』を開発しました。

 Voltは従来のGeVIsと比較して高感度かつミリ秒レベルの活動電位をモニタリング可能であることを、培養細胞で示しました。さらにVoltを導入した遺伝子編集マウスの大脳皮質での同時多数の神経活動の測定に成功しました。

 今後の課題として、ヒト脳オルガノイドの深部モニタリングにおける精度向上を目指しており……。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 看板タイトルに偽りなし。ヤバいな、今までの中で一番手ごわそうだ。位置記憶、GEVIs、オルガノイド? 専門用語の羅列だ。


 まあ要するに脳の研究なのだろう。バイオイメージングの文脈で考えれば蛍光タンパクで脳の神経活動を視覚化しているに違いない。とにかく蛍光タンパクがどう使われているかに注目しよう。


 この一番上の立体画像が『Volt』だな。何か微妙に傾いているが、端っこの方に緑色に塗られた部分がある。そこに浮かぶ文字は斜めで見づらいが『GrowGrass』だな。どうやらVoltというのはGrowGrassと何か神経関係の遺伝子の融合タンパクの様だ。となると残った『ColRose』はどこに……。


「よろしければ説明させていただきましょうか?」


 不自然に首を伸ばした俺に気が付いた発表者が声をかけてきた。見つかったなら仕方がない、いいだろう最後の生物学ロールだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 院で脳機能計測の研究してたので懐かしく読んでます。 バイオフォトニクスの講義をなんとなく思い出してます。
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