247 見回り
通路へ出ると、丁度先ほどの3人の冒険者がお風呂へ入るところに出くわした。
「風呂が楽しみだぜ。」
「だな。初めて入るぜ。」
「俺も俺も。」
和気あいあいと脱衣所へと入って行ったが……やっぱり扉の鍵は閉めないか。そりゃあ他に入る客が居ないし、わざわざ魔石を消費してまでは閉めないよな。
後で知ったのだが、男性冒険者は一切鍵を閉めるってことをする人が居なかったとだけ言っておく。のんびり入れることよりお金をケチる方が優先だったらしい。
逆に女性冒険者は必ずと言って良い程鍵は掛けていた。まぁ、覗き防止ってのも有るだろうが、ゆっくり入ることを優先したいみたいだった。こんなところで男女の感覚の差がでるのはちょっと面白いと思った。
ちなみに俺は、ゆっくり入りたいから鍵を掛ける派だな。それに鍵を掛けなかったら、むさくるしい野郎が大量に入ってきたらと思うと……俺は思わずブルりと体が震えるのだった。
食堂へと向かうと、レジーナさんが出迎えてくれた。
「オーナーいらっしゃいませ。どうかしましたか?」
「いや、見回っているだけだよ。今風呂入っている冒険者が出たら食事に来ると思うから、忙しくなりそうだよね。」
「はい。頑張ります!」
「実際にお客を対応してみると、色々な意見が出てくると思うから、後で教えてね。」
「わかりました。」
此処は今のところ特に問題は無いかな。俺は食堂を後にすることにした。
通路を進み、階段を通り過ぎたところでジョン君と遭遇したのだが、手には大量のぼろ布を持っていた。
「あれ? その布って何に使うの?」
「あっ、オーナー。えっと、この布はトイレで用を足した後に拭くための布です。みんなで話し合って、10枚で銅貨1枚で売ることにしました。」
「あーそっか、忘れてた。確かにぼろ布も必要な物だし、良い商売になりそうだよね。ありがとう助かったよ。」
「いえ。そういう訳で、今からミーナさんの所へ運ぶところだったんですよ。」
「そっか。じゃましちゃって悪かったね。」
「いえ。では、僕はこの辺で。」
そう言うと、ジョン君はカウンターの部屋まで歩いて行った。
「トイレを作ったのに忘れてたな。案外他にも色々と不足が出てくるかもしれないな。」
出来ればそうなる前に見つけて整備しておきたいものだ。俺は気を引きしめるのだった。
トイレに到着すると、張り紙が貼ってあった。
『ぼろ布、カウンターに有り〼 10枚/銅貨1枚』
ちゃっかり宣伝してあった。抜け目が無いな。俺は感心するのだった。と言うかこの世界にも〼の使い方って有るんだな……
トイレの中を確認してみる。まだ未使用だからか、とっても綺麗だ。
「使い勝手と言うか1日で消えることを考えてボットンにしたのだが、よくよく考えると換気設備も無いし、匂いそうだよな。」
すでにお客が入ってきていることを考えると改造する余裕は無い。こんなことなら面倒くさがらずに最初から水洗にでもしておくんだった。
「そうだ! 匂いが籠らなければ良いんだよな。だったら……」
俺はボットンの穴に付与魔法で、生活魔法の送風を貼り付けた。これで匂いが風に押されて、こちら側に流れてこない仕組みだ。
もちろん穴の先に臭いの排出口を設け、ダンジョンの外へと臭いが排出される様にしたのは言うまでもない。これで安心である。
突貫工事となったが、錬金術のお陰で何とかなったとだけ言っておく。
トイレの改造を済ませた俺は、雑魚寝用の大部屋へと向かった。さすがに誰も無いため、広い空間がそこにあるだけだ。
約テニスコート2面分くらいの広さだが、広いと見るか狭いと見るかは人の感性によるだろうけど、あまり広くしすぎても管理が大変になるだろうから、今のところはこの広さで良いだろう。
必要であればフィーネが何か言ってくるだろうしな。
1階部分が見終わったので、次に2階へと向かってみた。とは言っても、この階は今のところは特に見る場所も無さそうなんだよね。
そこにレナさんがやってきた。
「あら、オーナー。どうかしましたか?」
「いや、営業開始に伴って、何か不都合が無いか見回っているんだ。レナさんは何か有りますか?」
「そうですねぇ……客室に有るベッドマットも悪くは無いのですが、従業員室にあるベッドのベッドマット。あれは比べるまでも無いくらい良い物ですので、アレを増やして頂けると有難いですね。」
「あ~アレね。すまんが材料が無いから無理だな。」
「残念です。」
鉄でスプリングを作れば、似たようなものが出来なくは無いのだろうが、あの寝心地を追及する硬さにすると強度的はもちろんのこと、錆びる……ことは無いかもしれないが、他にも色々と不安が有るからな。
せめてクロムが大量に手に入るか、低反発の材質の物を見つけられたのなら考えても良いんだけどな。
「他に有るか?」
「申し訳ありません。今のところは特には。後は自己満足の範囲になってしまうので。」
「それでも構わないから言ってみて。」
「ではお言葉に甘えまして、コホン……床に絨毯、壁紙にテーブルクロス、身支度を整えるためのドレッサーに部屋を快適な温度に保つための魔道具や、飲み水を出す魔道具、etc、etc……」
「あーうん。わかった。もういいよ。」
「そうですか? まだ色々と有るのですが。」
「そこまで整備したら貴族のお屋敷になっちゃうよ。確かに快適にはなるかもしれないけどさ。1泊泊まるだけで幾らになることやら……」
「ですが、1部屋くらいは貴族様でも泊まれる部屋が有っても良いと思うのですが。」
「スィートルームみたいなものか……有っても良いのかもしれないな。考えておこう。」
「よろしくお願いします。」
まぁ、暇つぶしがてら作ってみるのも良いかもしれないな。気が向いたらだけどね。
「じゃあ、俺は行くよ。」
「はい。」
俺はレナさんと別れ、再び宿を見回るのだった。




