111 お手伝い
カウンターの向こうはキッチンとなっており、店長が必死に料理の仕込みをやっていた。
忙しそうだが、ここでぼーっと突っ立っている訳にはいかないため、声をかけてみることにした。
「あの! すいません!」
「何だ? あぁ、やっぱり向こうの仕事は無理だったか。どうすっかなぁ~」
店長が困った顔をしながら、頭をガシガシと掻いていた。フケが飛んでいるようには見えないが、料理する人がそんなことして良いのかよ!
「えっと、料理が出来ると言ったら、店長を手伝ってって言われたんです。」
「何! お前、料理が出来るのか?」
「ええ、まぁ、それなりには。」
「正直助かるんだが、一応本当に出来るかどうかの確認をするぞ。
そうだなぁ、コイツを焼いてみてくれ。」
店長が鳥1匹をドンとテーブルの上に置いた。一応、内臓や羽等は取ってあるのだが、丸のまま渡されてしまった。このままオーブンで焼けば良いんだろうか?
実際そう言った料理も有る。他にも、お腹の中に具材を詰めて焼くのもあるし、全体を卵黄と塩を混ぜたもので囲って焼く等、色んな料理もある。
「えっと、これをそのまま丸焼きにすれば良いんですか?」
「違う違う、これを使って何か1品作ってみてくれ。材料はその辺にある物を使って構わない。」
「そう言う事ね。分かりました。」
とは言われたが、1匹丸ごとかぁ……どうすっかな。
とりあえず使える材料を見て見るか。調味料はハチミツ、塩、胡椒、酢と油か。味噌や醤油は無いのかよ! 実際、この世界に来てから見たことも食べたことも無いけどな。
野菜は丸ネギ、シャガイモ、ニンジーン、トゥメイトウ、リンゴーン、オウレンジ、ニンニンニク、ショウガナイか。
後は小麦粉が2種類か……いや、これは片栗粉か?
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【カッタ栗子】
シャガイモのデンプンを粉にしたもの。
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カッタ栗子だった。でも、物としては片栗粉と同じか。ふむ……
スープにするか? いや、此処は酒場だ。なら酒飲みのお供と言えば焼き鳥か、から揚げだろう。
ただ、残念なことに焼き鳥に必要な串が無い。ならから揚げが良いだろう。醤油は無いから塩から揚げだ。
鶏肉から骨を抜いた後は、適度な大きさに切って行く。面倒くさいので部位ごとに分けずにぶつ切りだ!(笑)
ニンニンニクとショウガナイ、リンゴーンをすり下ろした物をボウルみたいな器に入れて塩で味の調整をする。
後はぶつ切りした鶏肉をぶち込んで、しっかりともみ込んでおく。
鍋に油を入れて火にかける。油が温まる間にカッタ栗子を用意しておく。
ある程度温まった時点で、漬け込んでおいた鶏肉を取り出し、カッタ栗子をまぶした後は油へと投入する!
ジュワアアアァァァ~~~!
低温でじっくりと中まで火を通した後は、一度油から取り出す。
さらに油を加熱して今度は高温にした後に、先ほど取り出した鶏肉を再び油へと投入する。二度揚げだ。
ジュワアアアァァァ~~~!
良い色に揚がったところで取り出して、油を切ったら完成だ!
外はカリっと、中はふわっとしたジューシーなから揚げの出来上がりだ。
「出来ました。」
「ほぉ、代わった料理だな。何て料理だ?」
「から揚げです。」
この世界では焼く、煮る以外は見たことが無いからな。揚げるって料理は、斬新なのだろう。
「から揚げねぇ、見た目はともかく味はどうなんだ?」
店主が、から揚げを1つ取ると、口へと放り込んだ。
「あっ!」
とっさの行動のため、止めることが出来なかったが、大丈夫か?
「熱っ、あふっ、あふっ、み、水っ!」
「そりゃあ、出来立てを食べたらそうなるわな……」
店長が涙目で水を飲んでいた。しばらくしてようやく落ち着いたみたいだ。
「ふぅ……大変な目に有ったぜ。でも、これはとんでもなく旨いな。」
「でしょ?」
「……坊主。これを今日の新作料理としてメニューに載せたい。構わないか?」
「大した料理じゃないから構わないですよ。」
「よし、ならレシピ代として銀貨3枚を支払おう。どうだ?」
「はい?」
「そりゃあそうだよな。なら銀貨4枚……いや5枚でどうだ!」
「いや、言ってる意味が分からないんですけど。何でお金の話になっているんですか?」
「何でって新しい料理のレシピを譲ってもらうんだ。当然だろ?」
「当然も何も、これ俺が考えた料理じゃないですよ?」
「そうなのか? でも、こんな料理は見たことも聞いたことも無い。何処の料理なんだ?」
「そりゃあ、にほ……ひ、秘密です。」
「そうなるだろ? そう、秘密なんだよ。俺の知っている限りではこの料理は見たことも聞いたことが無い。
だからそれを教えてくれたってことは、この店が元祖になるってことだ。十分に元が取れる話なんだよ。」
「でも、俺が他の人に教えちゃったら意味無いですよね?」
「そのためのレシピ代でもあるんだ。」
「あーなるほどね。でもそうすると、俺は二度とから揚げが食べられなくなるのか?」
「此処に来て食べるのはもちろん問題無いし、個人的に作って食べるのも問題無い。
ただ、他の人にレシピを教えるのだけは、少なくとも5年は遠慮して欲しい。どうしても教えて欲しいと聞かれた場合は、ウチの酒場で教えて貰えると言ってくれ。」
「そのくらいなら構わないけど、勝手に味を盗まれた時はどうするんです?」
「それに関しては諦めるしか無いな。俺も実際に他の店の味は盗むからな。
ただ、元祖のお店と言う名目だけは残るから、それはそれで問題無しだ。」
「そうなんだ。ならそれで良いですよ。」
「決まりだな。」
正直人の手柄を貰ってしまった感じになってしまったが、まあ良いや。
あとは、店主の判断に任せることにしよう。
「よし、こいつをあいつらに味見して貰うか。どんな料理か分からないと客に聞かれた時に困るからな。」
店主はから揚げが乗った皿を持って、食堂の方へ歩いて行ったので、ついて行くことにした。
「今日から新しいメニューが追加されることになった。から揚げと言う料理だ。
客にどんな料理かを説明出来るように味見をして貰う。」
「やった~!」
「新作?」
「えっと、僕達も食べて良いんですか?」
「やったぜ!」
レリウスに対して店長が頷いたので、全員がから揚げを手に取って口に放り込んだ。
時間が少し経過して温度も下がっただろうから、今回は問題無いだろう。
「何これ! 美味しい~!」
「初めての味、悪くない。」
「美味しいです。」
「旨ぇ~!」
皆さん大好評みたいだ。やっぱりから揚げって万人受けする美味しさだよな。
折角なので、俺も一つ頂くとしますか。
パクリ……うん、口の中に入れたと同時に、ニンニンニクとショウガナイの味が広がった。
さらに、丁度皮の部分が有った箇所だったので、パリパリした食感の後にじゅわっと肉汁が溢れてきて、こりゃたまらん! ビールが欲しくなっちゃうぜ!
追加でレモンとマヨネーズも悪くないのだが、戦争の火種になりそうなことは秘密にしておいた方が良いだろう。いつかか店長が見つけてくれ。




