第92話「クレープの代償」
僕たちは、賑やかに話しながら村の広場へと向かって歩いていた。
先頭を行くのはルカとイリ姉だ。
二人はさっきからフェリクスさんにフットサルについて、競うように説明している。
「ボールを手で触っちゃダメなんだぜ!」
「そうそう!足だけでゴールに入れるのよ!」
「ほうほう、手を使わずに、足だけでボールを操るのか。それはまた、珍しい決まりごとだねえ」
フェリクスさんは子供たちの拙い説明にも実に興味深そうに耳を傾けていた。
時折、鋭い質問を投げかけてはルカたちを困らせている。
(はあ……お昼寝したかったなあ……)
そんなことを考えていた、まさにその時――ぐぅぅぅぅぅ…………っ。
僕のお腹がなんとも情けない音を立てた。
「ぶはっ!なんだよメル、腹減ってんのか!」
一番に気づいたルカがからかうように笑う。
「ルカ君、笑っちゃだめですよ!」
「もう、あんたったら、締まらないんだから!」
「ち、違うよ!ちょっと変な音が出ただけだって!」
僕は慌てて言い訳するけれど、顔が赤くなるのが自分でも分かった。
恥ずかしい……。
朝食はちゃんと食べたはずなのに、さっき魔法を使ったから、少しエネルギーを消費したのかもしれない。
そんな僕たちのやり取りを聞いていたフェリクスさんが、面白そうに口を開いた。
「おや、お腹が空いてしまったようだね、メルヴィン君。ふむ、ちょうど良い、私も少し小腹が空いていたところだ」
彼はそう言うと前方を指差した。
道の先には、ちょうど『木漏れ日亭』の看板が見えている。
「広場へ行く前に木漏れ日亭で、まずは腹ごしらえと行こうじゃないか。もちろん私がご馳走しよう」
「「「えっ、本当!?」」」
僕とルカとリリィの声が綺麗に重なった。
イリ姉も「まあ、ご馳走してくれるなら…」とまんざらでもない顔をしている。
(奢ってくれるなら、話は別だ!ハンナさんのクレープちょうど食べたかったんだ!)
僕の現金な思考回路は、あっという間にクレープへと切り替わっていた。
「やったー!おっちゃん、太っ腹!」
「ありがとうございます!」
ルカとリリィも大喜びだ。
こうして僕たちは、広場へ行く予定を急遽変更し木漏れ日亭の扉をくぐることになったのだった。
◇
「いらっしゃいませ!あらあら、メルヴィン様、皆さん!アルフさんもご一緒で。」
店に入ってきた僕たちを見て、ハンナさんが少し驚いた顔をしつつも、いつもの明るい笑顔で声をかけてくれた。
「お食事ですか?」
「へへ、このおっちゃ…アルフさんがさ、なんか奢ってくれるって!」
「まあ!それはそれは」
「いやなに、私が少し小腹が空きましてね」
「では、どうぞ、こちらのテーブルへ!」
「いつ来ても良い香りだね」
フェリクスさんが厨房の方へ視線を送りながらハンナさんに言った。
ちょうど厨房では夫のゲルトさんが鉄板の上で薄い生地を手際よく焼いているのが見える。
丸く伸ばした生地の上に果物や甘いクリームを乗せていく、その手つきは見事なものだ。
「ふふ、ありがとうございます。クレープはもうすっかり村の人気メニューですから」
「いやはや、何度見ても飽きない調理法だよ。実に合理的で無駄がない」
フェリクスさんは感心したように、ゲルトさんの手元を見つめている。
「それじゃあ、皆の分クレープをいただこうかな。みんな好きなものを頼むといい」
「はい、喜んで!」
「俺、りんごの蜜煮!クリームたっぷりで!」
「もう、ルカったら、落ち着きなさいよ。私は木の実のカラメルがけのにするわ」
「わたくしは、蜂蜜のでお願いします」
「僕はクリームと木苺のジャムのがいいな」
「ふむ、これは悩むねえ……。甘いのも捨てがたいが、しょっぱいというのも興味深い……。よし、ハンナさん、私は甘いのとしょっぱいのを一つずつ貰おうかな」
「まあ!ありがとうございます。甘い方はいかがなさいますか?」
「そうだねえ、君たちと同じような……いや、ここはシンプルに蜂蜜にしようか。しょっぱい方は何かおすすめはあるかい?」
「でしたら、ベーコンとチーズが一番人気ですよ」
「ほう、ベーコンとチーズか。それはいいね。では、それで頼むよ」
やがて出来立てのクレープが運ばれてきた。
ほかほかと湯気が立つ温かい生地。
手に持つと、ずっしりとした重みが感じられる。
「うわー!美味そー!」
ルカが待ちきれずに、大きな口でかぶりつく。
僕もそれに倣って、ぱくりと一口。
「うん、美味しい!」
僕たちが夢中で食べていると、隣でフェリクスさんが何か呻くような声を上げた。
「む!このソースは……!この白いソースと燻製肉を温かい生地で包むという発想は、王都の料理人にはないぞ!」
フェリクスさんは、味わいながらも分析の手を止めない。
「こちらの白いソース……ふむ。これは、先日夕食でいただいた温野菜に使われていたものと同じか。非常に濃厚で滑らかだがバターやクリームのような重さがない。油分と酸味のバランスが絶妙だ。どうやって作っているのか、実に興味深い……」
(やっぱり気になるのは作り方なんだな、この人……)
ハンナさんが「あの、お口に合いませんでしたか……?」と心配そうに声をかけると、フェリクスさんは、はっと我に返ったように顔を上げた。
「い、いや!違うんだ、女将さん!あまりの美味しさと、その独創的な調理法に、ただただ驚愕していたのだよ!これは王宮の菓子職人でさえ考えつかないであろう逸品だ!一体、どなたがこれを……?」
フェリクスさんが、興奮気味にハンナさんに詰め寄る。
ハンナさんは少し困った顔で、ちらりと僕の方を見た。
その視線に気づいたイリ姉が待ってましたとばかりに胸を張った。
「ふふん!それもメルが考えたのよ!すごいでしょ!」
「ちょっイリ姉、余計なこといわないでよ」
僕が慌てて言うとフェリクスさんは目を丸くして固まった。
「ま、また君かね、メルヴィン君!?あのトランプに先ほどの見事な魔法、そしてこの画期的なクレープまで……!君は本当に発想が豊かだね!」
信じられないといった顔で、僕とクレープを交互に見ている。
「いやはや、君といると、本当に退屈しないね」
フェリクスさんは少し落ち着きを取り戻すと改めて改めて僕を見た。
「フットサルとやらも楽しみだが、メルヴィン君。君の頭の中には、いったい何が入っているんだい?今度ゆっくり君の面白いものの作り方について、おじさんに教えてもらわなければならないねえ」
(ああ、美味しいクレープを食べた代償に、また面倒な質問攻めに合いそうだ……)
僕は内心でそう思いながら、もはや逃げ道はないことを悟ったのだった。




