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第89話「旧友との再会」

 木漏れ日亭からの帰り道。

 僕の後ろには、さっきまで食堂の隅でお茶を飲んでいた、風変わりな旅の男がついてきていた。

 僕が屋敷へ招待したのだから、当然といえば当然なのだけれど。


(本当に父様の友達なのかな……。ナビの分析だと確率は高いみたいだけど……)


 彼の名前は村の若者が呼んでいたのを聞く限りではアルフさんらしい。


 道すがらアルフさんは僕に色々と話しかけてきた。

 トランプの戦略についてだとか、この村の様子についてだとか。

 僕は当たり障りなく答えつつ屋敷へと向かう。


 しばらく歩くと、やがて屋敷の門が見えてきた。

「こちらです」と声をかけ僕は先に立って門をくぐり玄関へと足を向けた。


 玄関ホールに入ると、ちょうどメイド長のカトリーナが出迎えてくれた。

 彼女は僕の隣にいるアルフさんを見て一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに完璧な笑顔で一礼した。


「おかえりなさいませ、メルヴィン様。……お客様でいらっしゃいますか?」


「うん。父様にお客さんだよ。たぶん昔のお友達だと思うんだけど……。客間でお待ちいただくよう、伝えてくれる?」


「かしこまりました。お客様どうぞこちらへ」


 カトリーナは流れるような動作でアルフさんを客間へと案内していく。

 僕はその背中を見送りながら、すぐに踵を返して父様の執務室へと急いだ。



「父様、大変だよ!」


 執務室の扉をノックもそこそこに開けると、書類仕事をしていた父様が、驚いた顔で僕を見た。


「どうした、メル。そんなに慌てて」


「父様、大変だよ!木漏れ日亭にいた旅の人、もしかしたら父様のお友達かもしれないんだ!」


 僕は早口で、さっきまでの出来事を説明した。


「木漏れ日亭にお使いに行ったら、見慣れない旅の人がいてね。その人が僕の冷却魔法を見てすごく驚いていたんだ。それで話していたら、どうも父様の昔の知り合いみたいで……。学生時代の友人で剣術と防御魔法が得意だった、なんて言うから、もしかしたらって」


 父様は最初「ん?何の話だ?」と怪訝な顔をしていたが、僕が伝える特徴を聞くうちに、その表情がみるみる変わっていった。

 そして最後のキーワードを聞いた瞬間、がっくりと肩を落とし深いため息をついた。


「……まさか……あの馬鹿者が、こんなところに……!?」


 その呆れと、しかしどこか懐かしさが入り混じった表情を見て僕は確信した。

 やっぱり、あの人は父様の知り合いなんだ。


「それで、その男は今どこにいるんだ?」


「客間で待ってもらってるよ」


「……分かった。すぐに向かう。メルも一緒に来なさい。まずは直接話を聞こう」


 父様は、やれやれといった顔で立ち上がると僕を伴って客間へと向かった。



 客間の扉を開けると、アルフさんはソファにゆったりと腰掛け、お茶を優雅に飲んでいた。

 そして僕たちが部屋に入ってきたのを見ると、悪びれる様子もなくにこやかな笑顔で立ち上がった。


「やあ、アレクシオ。久しぶりだね」


 そのあまりにも親しげな呼び方に僕は少しだけ驚く。

 父様の名前を呼び捨てにするなんてよっぽど親しい間柄なんだろう。


「フェリクス!やはりお前か!」


 父様は呆れたような、それでいて少しだけ嬉しそうな複雑な表情で応えた。

「何の連絡もなく一体どういう風の吹き回しだ!しかも、なんだその格好は!」


「はは、少し休暇を取りたくなってね。王宮は息が詰まる。君の領地が一番静かそうだと思って、つい来てしまったよ」


 フェリクスと呼ばれたアルフさんは悪びれもなく笑う。

 フェリクス……どこかで聞いたことがあるような……?


『ナビ、フェリクスって名前で父様の知り合い情報ある?』


《はい。以前アレクシオ氏が話していた内容によると、変わり者の魔術師の友人の名前はフェリクスであり、非常に優れた魔法の才能を持っていたとされています。対象人物の服装の質や先ほどの魔法への反応から、彼がその旧友本人である可能性は極めて高いと推測されます》


(この飄々とした旅装の男が父様の旧友……)


「休暇だと?お前が仕事を放り出してくるのはいつものことだが、今回はまた一段とひどい格好じゃないか。まさか何か厄介事にでも巻き込まれたのか?」


 父様が心配そうに尋ねるが、フェリクスさんは「いやいや、ただの現実逃避だよ」とひらひらと手を振るだけだった。


「それよりアレクシオ、君の息子さんには驚かされたよ。素晴らしい才能の持ち主じゃないか」


 フェリクスさんが悪戯っぽい笑みを浮かべて僕を見る。

 僕が冷却魔法を使った時のことを言っているのだろう。

 僕がどう誤魔化そうかと考えていると、父様が「ああ、メルのことか」と頷いた。


「あの子は少し変わった魔法の使い方をするのでな。まあ、悪いようには使っていないようだから好きにさせているが」


「変わった、どころではないと思うがねえ……。実に興味深い」


 フェリクスさんが、なおも僕を観察するような目で見てくる。


(うわ……絶対に質問攻めにあうパターンだ……厄介な人に見つかっちゃったな……)



 父様の指示で母様とレオ兄、イリ姉も客間に呼ばれると、父様は少しだけ疲れたような顔でフェリクスさんを家族に紹介した。


「紹介しよう。私の学生時代からの悪友で、フェリクス・フォン・ローゼンハイムだ。王宮で魔術師をしている」


「まあ、フェリクス様!お久しぶりですわね」


 母様は特に驚いた様子もなく穏やかな笑顔で挨拶した。


「……それにしても、そのようなお姿で、一体どうなさったのです?王都で何か?」


「はは、セリーナ殿もお変わりないようで何よりです。何でもありませんよ。ちょっとした気まぐれです」


 フェリクスさんは、どこか芝居がかったように完璧な貴族の作法で一礼して見せた。


『ねえナビ、あの人、態度変わりすぎじゃない?』


《態度の変化は確かに顕著です。これは対話相手の社会的地位を認識した上での貴族社会における標準的な対応と推測されます》


 次にレオ兄が一歩前に進み出て、緊張した面持ちで完璧な礼をした。


「はじめまして、フェリクス様。長男のレオンハルトと申します。王宮魔術師団の、しかも最高位であられるフェリクス様にお会いできるとは光栄の至りです」


 フェリクスさんはレオ兄を興味深そうに眺めると口元を緩めた。


「ほう、君がレオンハルト君か。アレクシオから聞いているよ。王立学院を優秀な成績で卒業したそうだね。騎士科だったかな?」


「はい、その通りでございます。父がそのような話を……フェリクス様にご記憶いただいていたとは光栄です」


「はは、親友の息子の活躍は気になるものだよ。騎士科とはいえ魔法の基礎も学んだのだろう?どれくらい扱えるのかな?」


「そうですね……お恥ずかしながら学院で習った基礎的な魔法をいくつか扱える程度でございます。とても実用レベルとは……」


「はは、謙遜しなくても良いのに。基礎がしっかりしているのは良いことだよ。」


 フェリクスさんは、レオ兄の謙遜を軽く受け流すように笑うと、面白そうな表情で続けた。


「そうだ、もしよければ、明日にでも君たちの魔法を見せてもらうというのはどうだい?もちろん、そちらのお嬢さん、イリス君だったかな?と弟君、メルヴィン君も一緒にね。僕でよければ何か助言くらいはできるかもしれないよ?」


(げっ……僕の魔法を見る気満々だ)


「えー……。私は魔法あんまり得意じゃないし……。それよりメルあんたの、あの変な魔法を見せてあげたら?」


「イリス!失礼だろう!」とレオ兄が窘めるが、フェリクスさんは面白そうに笑っているだけだ。


「おい、フェリクス。子供たちをからかうのはそれくらいにしておけ」


 父様が呆れたように言うと、フェリクスさんは肩をすくめた。


「仕方ないな。アレクシオがそう言うなら今日のところはね。じゃあ明日の午前中にでも少しだけ君たちの魔法を見せてもらうことにしようか。いいだろう?」


 フェリクスさんは有無を言わさぬ笑顔でそう言うと父様に向き直った。


 イリ姉は僕の方を見てにやりと笑い「メル、明日楽しみにしてるわよ!」と楽しそうに囁いた。

 僕が内心でため息をついていると、父様がパン、と軽く手を叩いて場の空気を変えた。


「さて、と。カトリーナ。フェリクス卿のために客室を用意してくれ」


「かしこまりました」


「おいおい、アレクシオ。まるで私が長居すると決まっているような言い方じゃないか」


「どうせ、しばらく王宮には戻る気はないのだろう?お前のことだ、また何かやらかして、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするつもりなんだろうが」


「はは、話が早くて助かるよ」


 こうして、この風変わりな宮廷魔術師フェリクスさんの我が家への滞在が決まってしまった。

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