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第54話「お店の建設」

 ヨナスさんが、僕たちの領地の御用商人になってから、数日が過ぎた。

 父様とレオ兄様は、毎日執務室でヨナスさんと一緒に、何やら難しい顔で話し込んでいる。


「うむ、まずは店舗の場所を決めねばな」


「はい、父上。村の広場に面した、あの空き家などはどうでしょう。人通りも多く、一等地ですぞ」


「へえ!それはありがてえ!必ずや、この村一番の店にしてみせますぜ!」


 そんな活気のある声が聞こえてくる。

 僕は、そんな大人たちの忙しさをよそに、今日も今日とて、のんびりスローライフを満喫していた。

 ヨナスさんがお土産にくれた、王都の物語の本。

 これが、すごく面白いのだ。


(うん、平和だなあ)


 僕が談話室のお気に入りの椅子で、物語の世界に没頭していた、その時だった。


 トントン、カンカン!トン、カン!


(……ん?なんだか、少しうるさいな)


 村の方から、何かが始まったらしい、賑やかな音が聞こえてくる。



 その頃、村の広場では、ちょっとしたお祭り騒ぎが起きていた。


「おい、あれを見ろよ!ゴードンさんたちが、空き家を直し始めたぞ!」


「本当だ!何が始まるんだい?」


「決まってるだろ!あの、陽気な商人のおっちゃんの店ができるんだよ!」


 大工のゴードンさんが、村の若い男たちを集めて、古い空き家の改装工事を始めていたのだ。


「へっへっへ、領主様直々のご命令とあっちゃあ、腕が鳴るってもんよ!お前ら、ぼさっと見てねえで、そこの古い板を運び出しな!」


「「おうよ、棟梁!」」


 村人たちも、自分たちの村に新しい店ができるのが嬉しいのだろう。

 誰もが、わくわくした顔で、その様子を見守ったり手伝ったりしていた。

 ヨナスさんも、汗だくになりながら、ゴードンさんと一緒に設計図を広げている。


「棟梁!棚は、もっとこう、お客さんが商品を手に取りやすいように……」


「へっ、分かってるってんだい!商売のことは、あんたがプロだろうが、家のことなら、このゴードン様に任せておきな!」


 活気に満ちた、新しい始まりの音。

 それが僕の平和な読書時間を、少しだけ脅かそうとしていた。



 トントン、カンカン!トン、カン!

 楽しそうな声と、槌を打つ音。


(……うーん、なんだか、集中できないな)


 僕は読んでいた本から顔を上げた。

 物語は、ちょうど主人公の探検家が、嵐で失われたはずの海図を頼りに、誰も見たことのない新大陸の黄金都市を発見する、一番いいところだというのに。


『ナビ、あの音うるさいんだけど。静かに本も読めないよ』


《はい。騒音源は村の中心部から発生している木材加工音と推測されます。現在の騒音レベルは、あなたの集中力を35%低下させています。メルの快適な読書環境は、著しく損なわれている状態です》


『だよね。なんとかならないかな?もっと静かに、工事する方法だよ』


 僕の、ささやかな、しかし切実な願い。

 それにナビはいつも通り、冷静に、そして完璧な答えを用意してくれていた。


《提案します。接合方法を、衝撃の大きい釘打ちから、より静音性の高い木組みの技術に変更します。これにより、騒音レベルを70%以上、低減させることが可能です》


『木組み……なるほど』


 ナビの言葉と共に、僕の頭の中に、釘を使わずに、木と木をパズルのように組み合わせる、美しい設計図が映し出された。



 僕は仕方なく、読んでいた本にしおりを挟むと、重い腰を上げて、村の広場へと向かった。

 広場では、ゴードンさんが若い衆に、釘の打ち方を指導しているところだった。


「ゴードンさん、こんにちは」

「おお、坊ちゃま!どうなさいました、こんな埃っぽいところに」


「うん。ちょっと、面白いことを思いついたんだ」


 僕は地面に木の枝で、ナビに見せてもらった簡単な木組みの絵を描いてみせた。


「釘を打つ代わりに、木と木を、こう、パズルみたいに組み合わせたら、もっと静かになるんじゃないかな?それに、こっちの方が、きっと頑丈だよ」


 僕の子供らしい、つたない説明。

 しかし、それを見たゴードンさんの顔から、いつもの陽気な笑みが消えた。

 ゴードンさんは地面に描かれた絵を、食い入るように見つめている。

 その目は、ただの子供の落書きを見る目ではなかった。プロの職人が、新しい技術に触れた時の、驚きと、興奮の色に染まっていた。


「……坊ちゃま。この、木と木を組み合わせるっていうのは……一体、どこで……?」


「うーん、なんだろう。この前、お部屋で積み木を高く積んで遊んでいたら、こういう風に組み合わせた方が、全然崩れなくて頑丈だったから、家でも同じかなって、ちょっと思っただけだよ」


 僕の、いつもの言い訳。

 しかし、ゴードンさんはもはや、そんなことなどどうでもいいようだった。


「……なるほど。なるほどな……!この組み方なら、確かに、釘よりもずっと強く、そして美しく仕上がる……!なんてこった、こんな方法があったとは……!」


 彼は、ぶつぶつと呟きながら、新しい設計図を頭の中で描き始めている。

 そして、顔を上げると、僕に向かって、深々と頭を下げた。


「坊ちゃま!ありがとうございます!このゴードン、坊ちゃまのおかげで、また一つ、職人として高みに登れそうでさあ!」



 それから、村の工事の音は、驚くほど静かになった。

 槌を打つ音の代わりに、木を削る、小気味よい音だけが、時折聞こえてくる。


 僕は静かになった談話室に戻ると、お気に入りの椅子に深く腰掛けた。

 さっきまで中断させられていた冒険譚のページを、そっと開く。


 ……そうだ、主人公は今、黄金都市の入り口に立っているんだった。



 その日の夕方。

 父様の執務室では、大工のゴードンが、興奮した様子で一枚の設計図を広げていた。


「旦那様!ご覧ください!メルヴィン坊ちゃまがお教えくださった、この木組みという技術!これさえあれば、釘をほとんど使わずに、今までの倍は頑丈な家が建てられますぜ!」


 ゴードンの、熱のこもった報告。

 それに、父アレクシオは、ただ呆然と呟くことしかできなかった。


「……メルが、積み木遊びから、そんなものを……?」


 彼は、窓の外を見る。

 そこには、談話室の椅子で、買ってもらったばかりの冒険譚を、夢中になって読んでいる、ただの可愛い末息子の姿があるだけだった。



『ナビ、静かになったね。よかった』


 僕が心の中でそう呟くと、ナビはいつも通り冷静に分析結果を提示した。


《はい。騒音問題は解決されました。また、副次的な効果として、あなたがゴードン氏に提供した木組みの技術により、今後の領地における建築物の耐震強度及び耐久年数は、平均で40%向上すると予測されます》


『へえ、そうなんだ。うん、みんなの役にも立ったならよかったよ』


 僕はナビの壮大な報告に満足げに頷くと、再び黄金都市の冒険へと意識を戻していく。

 やっぱりのんびりするためには、静かな環境が一番だ。

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