第48話「隣の領地からの贈り物」
その日の朝、屋敷は朝から少しだけ浮き足立っていた。
バルカス領から、最初の交易品を積んだキャラバンが到着する日だからだ。
「メル、あなたもちゃんとした格好をするのですよ。お客様をお迎えするのですから」
「はーい」
母様にそう言われて、僕はメイドのエリスに着替えさせられながら、生返事を一つ。
本当は、お昼寝ハウスでのんびりしたいんだけどなあ。
やがて、屋敷の前に立派なキャラバンが到着すると、父様とレオ兄様が、出迎えのために玄関へと向かった。
僕とイリ姉も、その後ろからついていく。
「これはこれは、フェリスウェル卿!約束の品、確かにお持ちいたしました!」
「うむ、ご苦労だったな」
荷台の幌が外されると、中から現れたのは、山と積まれた良質な鉄鉱石だった。
レオ兄様が、その一つを手に取り、感心したように呟く。
「……素晴らしい。不純物が少なく、これなら我が領地の鍛冶屋も腕が鳴るでしょう」
「だろう?そして、こちらがバルトール卿からの、個人的な贈り物だ」
隊商の男が、にやりと笑って指さした先。
そこには、ひときわ大きな、頑丈な柵で囲まれた荷台があった。
◇
荷台の扉が、ゆっくりと開けられる。
中にいたのは、一頭の、若くて美しい馬だった。
月光を思わせる、きめ細やかな銀色の毛並み。すらりとした足。気品のある、賢そうな顔立ち。
「まあ……!なんて、なんて綺麗な子なの!」
一番に歓声を上げたのは、やっぱり動物好きのイリ姉だった。
彼女は、一目でその馬の虜になってしまったようだった。
「素晴らしいな。これが、バルカス領が誇る名馬か」
父様も、満足げに頷いている。
しかし、その馬は見た目の美しさとは裏腹に、どうやら、なかなかの「じゃじゃ馬」らしかった。
「さあ、おいで。怖くないわよ」
イリ姉が、優しく手招きしながら近づこうとすると、馬は「ヒヒーン!」と甲高い声でいななき、彼女を威嚇した。
「きゃっ!」
「待て、イリス。私がやろう」
レオ兄様が、冷静に手綱を取ろうとする。
しかし、馬はそれを許さず、前足を高く上げて暴れ始めた。
「おっと、危ない!」
その時だった。
「皆様、お下がりください!ここは、この私にお任せを!」
メイドのソフィアが、腕まくりをしながら、自信満々の顔で前に進み出た。
彼女は、この屋敷で一番の、馬の扱いの名手だ。
しかし、そんな彼女ですら、この気高いお馬様には、少しだけ手を焼いているようだった。
「これは……なかなかの気性の持ち主ですわね。少し、時間がかかりそうです」
◇
僕は、そんな騒ぎを少し離れたところから、静かに眺めていた。
父様も、レオ兄様も、そして馬扱いの得意なソフィアですら、あのお馬様には手を焼いている。
僕は、小さくため息をついた。
(イリ姉、あんなに必死になって……。このままだと怪我しちゃうかもしれないな。)
『ナビ、あのお馬さん怖がってるみたい。安心させてあげる方法はない?』
《対象の警戒心を解き、友好的な関係を構築するには、食料の提供が最も有効です。特に、糖度の高い作物は、馬の嗜好と一致します》
『糖度の高い作物……』
僕はポケットを探った。
あった。ヒューゴにこっそりもらった干し芋だ。
僕は騒ぎの中心へと、とてとてと歩いていく。
「メル、危ない!」
「メルヴィン様!?」
周りが僕を止めようと叫ぶのをよそに、僕は暴れるお馬さんの前にそっと立った。
そして手のひらに乗せたお芋を、その鼻先に優しく差し出す。
◇
さっきまで荒々しくいなないていた馬が、ぴたりと動きを止めた。
くんくん、と僕の手のひらの上の甘い匂いを嗅いでいる。
周りの大人たちが、固唾を飲んで見守る中。
馬は、おそるおそる、その柔らかい唇で、僕の手のひらからお芋をぱくりと食べた。
そして、次の瞬間。
さっきまでの気性の荒さが嘘のように、その大きな瞳を気持ちよさそうに細めると、もっとくれ、と言わんばかりに、僕の体にすりすりと頭を擦り付けてきたのだ。
「……え?」
その光景に、周りの大人たちは全員、ぽかんとしている。
一番に我に返ったのは、イリ姉だった。
「な、なによ!私が先に仲良くなるはずだったのに!ずるいわ!」
彼女は悔しそうにしながらも、その目は少しだけ僕のことを感心しているようだった。
父様は腹を抱えて豪快に笑っている。
「はっはっは!やはり、メルには何か特別なものがあるらしいな!」
僕は静かになった馬をひと撫でして、そっとその場を離れた。
あとはきっとイリ姉が張り切って世話を焼くだろう。
『ナビ、これで静かに過ごせるね』
《はい。騒音源は完全に沈黙しました。快適な環境が確保されました》
玄関前に漂う、少しひんやりした風が心地いい。
新しく家族になった銀色の馬の名前を考えるのは、きっとイリ姉の楽しみになるだろう。
僕は、ただ静かな時間を取り戻せたことに満足して、小さくあくびをした。




