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第48話「隣の領地からの贈り物」

 その日の朝、屋敷は朝から少しだけ浮き足立っていた。

 バルカス領から、最初の交易品を積んだキャラバンが到着する日だからだ。


「メル、あなたもちゃんとした格好をするのですよ。お客様をお迎えするのですから」


「はーい」


 母様にそう言われて、僕はメイドのエリスに着替えさせられながら、生返事を一つ。

 本当は、お昼寝ハウスでのんびりしたいんだけどなあ。


 やがて、屋敷の前に立派なキャラバンが到着すると、父様とレオ兄様が、出迎えのために玄関へと向かった。

 僕とイリ姉も、その後ろからついていく。


「これはこれは、フェリスウェル卿!約束の品、確かにお持ちいたしました!」


「うむ、ご苦労だったな」


 荷台の幌が外されると、中から現れたのは、山と積まれた良質な鉄鉱石だった。

 レオ兄様が、その一つを手に取り、感心したように呟く。


「……素晴らしい。不純物が少なく、これなら我が領地の鍛冶屋も腕が鳴るでしょう」


「だろう?そして、こちらがバルトール卿からの、個人的な贈り物だ」


 隊商の男が、にやりと笑って指さした先。

 そこには、ひときわ大きな、頑丈な柵で囲まれた荷台があった。



 荷台の扉が、ゆっくりと開けられる。

 中にいたのは、一頭の、若くて美しい馬だった。

 月光を思わせる、きめ細やかな銀色の毛並み。すらりとした足。気品のある、賢そうな顔立ち。


「まあ……!なんて、なんて綺麗な子なの!」


 一番に歓声を上げたのは、やっぱり動物好きのイリ姉だった。

 彼女は、一目でその馬の虜になってしまったようだった。


「素晴らしいな。これが、バルカス領が誇る名馬か」


 父様も、満足げに頷いている。


 しかし、その馬は見た目の美しさとは裏腹に、どうやら、なかなかの「じゃじゃ馬」らしかった。


「さあ、おいで。怖くないわよ」


 イリ姉が、優しく手招きしながら近づこうとすると、馬は「ヒヒーン!」と甲高い声でいななき、彼女を威嚇した。


「きゃっ!」


「待て、イリス。私がやろう」


 レオ兄様が、冷静に手綱を取ろうとする。

 しかし、馬はそれを許さず、前足を高く上げて暴れ始めた。


「おっと、危ない!」


 その時だった。


「皆様、お下がりください!ここは、この私にお任せを!」


 メイドのソフィアが、腕まくりをしながら、自信満々の顔で前に進み出た。

 彼女は、この屋敷で一番の、馬の扱いの名手だ。

 しかし、そんな彼女ですら、この気高いお馬様には、少しだけ手を焼いているようだった。


「これは……なかなかの気性の持ち主ですわね。少し、時間がかかりそうです」



 僕は、そんな騒ぎを少し離れたところから、静かに眺めていた。

 父様も、レオ兄様も、そして馬扱いの得意なソフィアですら、あのお馬様には手を焼いている。


 僕は、小さくため息をついた。


(イリ姉、あんなに必死になって……。このままだと怪我しちゃうかもしれないな。)


『ナビ、あのお馬さん怖がってるみたい。安心させてあげる方法はない?』


《対象の警戒心を解き、友好的な関係を構築するには、食料の提供が最も有効です。特に、糖度の高い作物は、馬の嗜好と一致します》


『糖度の高い作物……』


 僕はポケットを探った。

 あった。ヒューゴにこっそりもらった干し芋だ。


 僕は騒ぎの中心へと、とてとてと歩いていく。


「メル、危ない!」


「メルヴィン様!?」


 周りが僕を止めようと叫ぶのをよそに、僕は暴れるお馬さんの前にそっと立った。

 そして手のひらに乗せたお芋を、その鼻先に優しく差し出す。



 さっきまで荒々しくいなないていた馬が、ぴたりと動きを止めた。

 くんくん、と僕の手のひらの上の甘い匂いを嗅いでいる。


 周りの大人たちが、固唾を飲んで見守る中。

 馬は、おそるおそる、その柔らかい唇で、僕の手のひらからお芋をぱくりと食べた。


 そして、次の瞬間。

 さっきまでの気性の荒さが嘘のように、その大きな瞳を気持ちよさそうに細めると、もっとくれ、と言わんばかりに、僕の体にすりすりと頭を擦り付けてきたのだ。


「……え?」


 その光景に、周りの大人たちは全員、ぽかんとしている。

 一番に我に返ったのは、イリ姉だった。


「な、なによ!私が先に仲良くなるはずだったのに!ずるいわ!」


 彼女は悔しそうにしながらも、その目は少しだけ僕のことを感心しているようだった。

 父様は腹を抱えて豪快に笑っている。


「はっはっは!やはり、メルには何か特別なものがあるらしいな!」


 僕は静かになった馬をひと撫でして、そっとその場を離れた。

 あとはきっとイリ姉が張り切って世話を焼くだろう。


『ナビ、これで静かに過ごせるね』


《はい。騒音源は完全に沈黙しました。快適な環境が確保されました》


 玄関前に漂う、少しひんやりした風が心地いい。

 新しく家族になった銀色の馬の名前を考えるのは、きっとイリ姉の楽しみになるだろう。

 僕は、ただ静かな時間を取り戻せたことに満足して、小さくあくびをした。

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― 新着の感想 ―
姉の癇癪や激しい言動は、一歩間違えたらろくな大人に成らんよな……
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