第19話「お父様との領地視察」
昼下がり、僕は屋敷の中庭で一番日当たりのいい場所を探していた。
ぽかぽか陽気で、最高のお昼寝ができそうだ。
ふかふかの芝生の上に寝転がろうとした、その時だった。
「メル、少し付き合え」
声がした方を見ると、そこに立っていたのは父様だった。
その顔は、少しだけ疲れているようにも見えたけど、どこか嬉しそうだった。
「お前のおかげで、村がどう変わったか、一緒に見に行こうじゃないか」
「えー、眠いんだけどなあ」
僕が少しだけ渋ると、父様は楽しそうに笑った。
「馬に乗せてやろう。馬の上でなら、昼寝をしてもいいぞ」
「ほんと?じゃあ、行く」
馬の上でのお昼寝は、揺れが心地よくて、実は結構好きなのだ。
僕は、父様の提案に、あっさりと頷いた。
◇
父様が操る馬の鞍の前に、僕はちょこんと座る。
パカ、パカ、と馬の蹄の音が、心地よく響いていた。
村へ向かう道すがら、まず目に入ってきたのは、活気に満ちた街道整備の現場だった。
「せーの!よいしょ!」
「おう、そっちの石、もう少し右だ!」
村の男たちが、声を掛け合いながら、僕が教えた工法で石畳を敷いている。
その様子は、大変そうだけど、どこか楽しそうだった。
現場を仕切っていた大工のゴードンさんが、僕たちに気づくと、汗を拭いながら嬉しそうに手を振ってくれた。
「旦那様!坊ちゃま!ご覧ください!」
ゴードンさんは、完成したばかりの数メートルの道を、誇らしげに指さす。
「坊ちゃまの言う通りにしたら、本当に頑丈で綺麗な道ができそうですぜ!これなら、雨が降ってもぬかるむことはねえ!」
「うむ、見事な出来だ、ゴードン。村の者たちも、よくやってくれている」
父様は、満足げに頷き、その光景を眺めながら、僕に語りかけた。
「すごいだろう、メル。これもお前のアイデアのおかげだ。この道が完成すれば、領地はもっと豊かになるぞ」
「うん……道が綺麗だと、馬も歩きやすそうだね。揺れが少なくて、お昼寝しやすい」
僕の、どこまでもマイペースな返事。
それに、父様は一瞬きょとんとした後、こらえきれないといったように、声を上げて笑った。
「ははは!そうか、メルにとっては、そっちの方が重要か!それもそうだな!」
父様は、心底おかしそうに、僕の頭を優しく撫でた。
◇
村の中心部に入ると、その変化はもっと分かりやすかった。
以前は閑散としていた食堂には行列ができ、中からはヒューゴの考案したサンドイッチのいい匂いが漂ってくる。
市場には、フェリスハーブや、リディアの作った石鹸を売る、新しい小さな店もできていた。
村のあちこちで、元気に回る水車の姿も見える。
そのおかげで、製粉所からは、いつも香ばしい小麦の匂いがしていた。
「あ、メルー!」
元気な声に呼ばれて振り返ると、そこにはルカとリリィが立っていた。
父様が村の長老と立ち話を始めたのを見て、二人は僕のそばに駆け寄ってくる。
「なあメル!この前みたいに、なんか面白い魔法見せてくれよ!」
ルカが、目をキラキラさせながら無茶振りを言ってくる。
「もう、ルカったら、メル様を困らせるんじゃないの」
リリィはそう言いながらも、その目は少しだけ期待しているようだった。
周りにいた村の子供たちも、「魔法?」「見たい!」と、わくわくした顔で僕を取り囲み始めた。
『ナビ、どうしようかな』
《はい。子供たちの興味を引く、最も視覚的に美しい水の術式を提案します。広場の中央にある噴水を利用しましょう》
僕は、少しだけ得意な気持ちになって、みんなを噴水のそばへと案内した。
そして、その噴水の水に、そっと手をかざす。
僕の意志に応えて、噴水から流れ落ちる水が、生き物のように意思を持って形を変え始めた。
まず、小さなイルカの形になった水が、空中でくるんと一回転して、水面を跳ねる。
「「「うわー!」」」
子供たちから、大きな歓声が上がった。
次に、僕は水の流れを細く、しなやかに操り、一羽の小鳥の形を作った。
水の小鳥は、本物みたいに翼を羽ばたかせ、僕たちの頭の上をくるくると飛び回る。
太陽の光が、その水の翼に反射して、キラキラと虹色の光を撒き散らした。
「すごい!お魚が飛んでる!」
「鳥さんもいるわ!」
ルカもリリィも、他の子供たちも、みんな夢中になって、空飛ぶ水の生き物たちを目で追っている。
僕は、ナビが設計してくれた術式通りに、今度はたくさんの小さな魚たちを作り出し、空中で大きな渦を巻かせてみせた。
そして、クライマックス。
空を舞っていたイルカと小鳥と魚たちが、一斉に僕たちの頭の上で、ぱあん、と優しく弾けた。
「「「きゃー!」」」
冷たくて気持ちのいい水しぶきが、霧のように僕たちの上に降り注ぐ。
そして、その細かい水滴に太陽の光が差し込んで、僕たちの頭上に、大きな、七色の虹の橋がかかった。
その、あまりにも美しい光景に、子供たちは皆、言葉を失って空を見上げていた。
少し離れた場所でその様子を見ていた父様は、息子のとんでもない魔法のコントロール精度と、それをただ人々を楽しませるために使う優しさに、驚きと誇りが入り混じった、何とも言えない表情で微笑んでいた。
◇
視察の帰り道。
僕たちは、これまで手付かずだった、日当たりの良い広大な荒れ地を通りかかった。
草だけが生い茂る、だだっ広い土地だ。
『ナビ、あそこ、静かそうだね』
《はい。人的往来も少なく、日照時間も長いため、お昼寝には最適な環境です》
僕は、父様に聞こえるように、ぽつりと呟いた。
「お父様、あそこ、静かで気持ちよさそうだなあ。あそこでなら、ぐっすりお昼寝できそう」
僕にとっては、ただの感想だった。
新しいお昼寝スポットの発見だ。
しかし、父様は、その言葉に、ぴくりと反応した。
父様は、馬を止めると、僕が指さした荒れ地を、じっと見つめた。
その目は、優しい父親のものではなく、領地の未来を考える、領主の目になっていた。
「……そうだな、メル。あそこは、確かにお昼寝にもってこいかもしれん」
父様は、何かを確かめるように、ゆっくりと言った。
「これまでは、水利が悪く、使い道のない土地だと思っていた。だが、水車で水が引けるようになった、今なら……?」
父様の独り言が、僕の耳にも届く。
「……いや、それだけじゃない。もっと、たくさんの作物が、ぐっすり育つ場所にもなるかもしれんな」
父様の目に、新しい事業への、確かな光が宿ったのが分かった。
また、何かすごいことを思いついてしまったらしい。
でも、僕はもう、そんな父様の興奮には全く気づいていなかった。
馬の心地よい揺れと、ぽかぽか陽気に誘われて、父様の背中にもたれかかりながら、こっくり、こっくりと、気持ちのいい船を漕ぎ始めていたからだ。




