第16話「新しい名物」
イリ姉との、あの奇妙な特訓から数日後。
僕は、久しぶりに村へ散歩に行くことにした。
お目当ては、村で唯一の食堂だ。
なんでも、僕が教えたマヨネーズとケチャップを使った新しい料理が、村で大人気になっているらしい。
自分のアイデアがどうなっているのか、少しだけ気になったのだ。
「坊ちゃま、本日は私がお供させていただきます」
そう言って僕の隣を歩くのは、メイドのソフィアだ。
彼女は、庭の手入れや屋敷の外回りを担当していて、村の事情にも詳しい。
「ソフィア、食堂は人気なの?」
「はい!それはもう、大変な騒ぎでございますよ。ヒューゴ様が考案された『サンドイッチ』という新しい料理が、村の名物になっておりまして」
「サンドイッチ」
『ナビ、僕の考えたやつだね』
《はい。あなたの提供したレシピ情報に基づき、ヒューゴ氏が開発した携帯食料ですね。商業的成功を収めている模様です》
僕とナビがそんな会話をしている間にも、僕たちは村の中心へとたどり着いた。
◇
食堂の前まで来ると、僕はその光景に目を丸くした。
以前は、お昼時でもちらほらとしか人がいなかったはずの食堂に、なんと、行列ができているのだ。
「おーい、親父!サンドイッチ、まだあるかい!?」
「すまんなあ、もうパンが切れちまって!今、パン屋に大至急焼いてもらってるところだ!」
「まあ、すごい人気なのねえ。私たちも並びましょうか」
食堂の中も外も、たくさんの村人たちでごった返している。
その誰もが、パンに具材を挟んだ、あの新しい料理を美味しそうに頬張っていた。
僕が、その様子をぽかんと眺めていると、食堂の中から、料理長のヒューゴが出てきた。
「おお!メルヴィン坊ちゃま!よくぞおいでくださいました!」
ヒューゴは、汗だくの顔に、満面の笑みを浮かべている。
「ヒューゴ、どうしてここにいるの?お屋敷の料理長なのに」
僕が不思議に思ってそう聞くと、ヒューゴは「がはは!」と豪快に笑った。
「このサンドイッチを考案したのは、この私ですからな!村の者たちに、しっかりとした本物の味を教え込むのも、料理長の務めでございますよ!」
「坊ちゃまのおかげで、この通り、店は大繁盛でございます!ささ、どうぞ中へ!特等席をご用意いたしますぞ!」
◇
ヒューゴに案内されて、僕たちは食堂の隅のテーブルに座った。
すぐに、ほかほかのパンに、焼いたお肉と新鮮な野菜が挟まれた、特製のサンドイッチが運ばれてくる。
もちろん、ソースはマヨネーズとケチャップだ。
「うわあ、おいしそう」
僕が、大きな口でサンドイッチにかぶりつくと、周りにいた村人たちが、次々に声をかけてきた。
「坊ちゃまだ!あの新しいソースを考えたっていう!」
「坊ちゃまのおかげで、毎日のお昼が楽しみになったよ!ありがとうな!」
「うちの子供なんて、野菜が嫌いだったのに、このサンドイッチなら喜んで食べるんですよ」
みんな、とても嬉しそうだ。
僕は、少しだけくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちになって、もぐもぐと口を動かすことしかできなかった。
「みんな、僕じゃなくて、ヒューゴが作ったから美味しいんだよ」
僕がそう言うと、ヒューゴは「いえいえ!」と、大きな手をぶんぶんと振った。
「このソースがなければ、ただのパンと肉でございます!全ては、坊ちゃまの素晴らしい発想のおかげですな!」
ヒューゴは、心からそう思っているようだった。
僕は、なんだか照れくさくて、目の前のサンドイッチに集中することにした。
◇
お腹がいっぱいになった後、僕たちは村の中を少しだけ散歩して帰ることにした。
村のあちこちで、僕に気づいた人たちが、にこにこと手を振ってくれる。
なんだか、村全体の雰囲気が、前よりもずっと明るくなったような気がした。
『ナビ、みんな、楽しそうだね』
《はい。食文化の向上は、住民の生活満足度に直接的な影響を与えます。あなたの発明は、この村に良い循環を生み出していると言えるでしょう》
ナビの言葉に、僕はうん、と頷いた。
その時だった。
村の入り口に続く、緩やかな坂道で、一台の荷馬車が立ち往生しているのが見えた。
「ど、どうしたんだい?」
「雨上がりで、道がぬかるんで、車輪がはまっちまったんだとさ」
「ありゃあ、大変だ。男衆で、押してやるしかねえな」
数日前に降った雨のせいで、道はどろどろのぬかるみになっていた。
馬は、一生懸命車を引こうとしているけれど、車輪が泥に深く沈んでしまって、びくともしない。
馬車の周りには、村の男たちが集まって、「せーの!」と掛け声をかけながら、荷馬車を押し始めていた。
僕は、その光景を、少し離れたところからぼんやりと眺めていた。
『ナビ、ちょっとだけ、手伝ってあげようかな』
《はい。現状の膠着状態を打破するには、外部からの物理的介入が最も効率的です》
僕は、誰にも気づかれないように、そっと意識を集中する。
泥にはまった車輪の下の、地面。
その土に、ほんの少しだけ、風の魔法を送って、水分を飛ばして硬くする。
とてもささやかで、誰にも見えない魔法だ。
ちょうど、男の人たちが、もう一度息を合わせて車を押そうとしていた。
「いくぞー、せーのっ!」
ぐっ、と全員が力を込めた、その瞬間。
今までびくともしなかった荷馬車が、嘘のように、ぐりん、と軽く動き出した。
「「「おっ!?」」」
男の人たちは、自分たちの力に驚いたように、一瞬きょとんとしている。
「お、動いたぞ!今だ、もう一押しだ!」
「なんだ、急に軽くなったぞ!」
「うおおおっ!」
勢いづいた男たちが、もう一度力を合わせると、荷馬車は完全にぬかるみから脱出した。
「「「やったー!」」」
周りで見守っていた村人たちからも、大きな歓声が上がる。
「助かったぜ、ありがとうな!」
「しかし、今のはなんだったんだ?急に、神様が助けてくれたみてえだったな!」
男の人たちは、不思議そうに顔を見合わせている。
僕は、その様子を、少し離れたところから満足げに眺めていた。
『ナビ、あの道、もっと綺麗にならないかな』
《現状の未舗装路は、降雨時に著しく機能性が低下します。物流の停滞は、経済発展の大きな障壁となりますね》
『馬も、かわいそうだし』
《はい。石畳などで舗装することにより、天候に左右されない安定した輸送路を確保することが可能です。街道整備は、内政における重要な課題の一つです》
『街道整備、かあ』
僕は、泥だらけになって荷馬車を押している男の人たちと、大変そうにしている馬を、もう一度見た。
僕ののんびりスローライフのためには、村の外から、美味しいものや、楽しいものが、もっとたくさん運ばれてきた方がいい。
そのためには、道が綺麗じゃないと、ダメだ。
『よし。今度、父様に言ってみよう』
僕は、心の中でそう呟いた。
ナビが《それが合理的です》と、静かに同意する。
僕の頭の中には、もう次の「らくちん計画」の芽が、静かに生まれていたのだった。




