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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
閑話

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外伝  アシカ君の代表合宿記 中

 代表合宿とはいえ年代別だと案外少人数なんだなぁ。

 それが俺のアンダー十二に参加したメンバーについての初感想だった。

 そう思っても仕方がないぐらいユニフォームに着替えて集まっている選手の人数が少ない。矢張の練習で集まるのとちょうど同じぐらいの三十人程である。まあ、このぐらいの方がしっかりコーチ達の目が行き届くのかもしれないな。

 少数精鋭のエリート教育って奴なのか。全国から集められた選手達と合同練習と聞いていて、もっと多いかと勘違いしていた俺は緊張感を緩めた。

 よく考えれば、フル代表なんかは大会に出場できるのは二十数人だし、あまり多すぎても意味がないのだろう。


 一人合点して集まったメンバーを見回す。

 この寒空の中、それでも整備の行き届いた青々とした芝の上で目に入るのは、ほとんどがどこかで――おそらくはこの前の全国大会の時にピッチ上かテレビで――見かけた事のある選手ばかりだ。それだけマスコミ関連でも注目を集めている選手達なのだろう。ほとんどが小学生とは思えないほど背が高く、肩幅の広いいかにも運動に向いた恵まれた体格をしている。

 断っておくが、そう感じたのは決して俺が小さいせいではない。俺が成長するのは前回もそうだったがこれから中学卒業にかけてなのだ、だから他の選手が皆自分以上の身長をしているからとコンプレックスを持つ必要はないはずである。よし、理論武装終了。これで「チビ」だなんて馬鹿にする奴がいても動揺せずクールに対応できる。


 その全国から選ばれた中でも特に目立つJ傘下のユース同士は、顔見知りが多いのかお互いに挨拶を交わしている。そういうのって少し羨ましいよな。

 愚痴が出そうになるのは、繋がりのない俺や山下先輩はちょっと遠巻きにされているせいだ。というか選手だけでなくコーチの一部までこっちを見てひそひそ話している奴らまでいるのだ、まるで見世物にされているようで感じ悪いよな。


 居心地の悪い空気の中、ようやく俺は見知った顔を目にした。その人物は小学生にしてはがっちりとした選手団の中で、唯一俺に匹敵するほど細身に見えるのだが……、


「お、アシカ誰かいたのか?」


 俺の知り合いを見つけたような反応に山下先輩が食いつく。この人も試合中は気が強いのに、普段は少し内弁慶の気があるのか俺にぴたりとくっついている。「頼りない後輩を監督する責任がキャプテンにはある」と言ってはいるが、どうみても俺の背後に隠れているようなんだけれど。

 時々は投げかけられる視線に対して睨み返したり胸を張って受け止めたりはしているが、その後で必ず俺の後ろに隠れるように動くのはまだ前のキャプテンほど「仲間を守る」といったしっかりとした自覚がないからだろう。

 とにかく今も無意識の内に背後に潜んでいた山下先輩が、俺の発見した人物に気がついた。


「げぇっ、明智じゃないか」


 まるで曹操が関羽に赤壁の戦い直後の退却時に出会った時の、あるいは信長が本能寺で明智光秀と対面した場合のような表情をして呻いた。その瞬間に先輩の右足がピクリと小さく跳ねる。逃げ出したくなるほど明智を嫌いだったのかな?

 むしろ明智からの一番悪質なファールの対象になった俺の方が、あの試合で受けたラフプレイを吹っ切っているような気がする。それにしても自分やチームメイトを反則で止めていた敵の黒幕なのだから、俺にしてもあまり明智に良い感情は持ってはいないのは確かだが。

 それでも俺達と視線が合った明智は嬉しそうな笑みを浮かべてこちらに寄ってきた。


「足利君に山下君でしたよね、お久しぶりっす」

「ああ、そうですね。こんにちは」

「……ちわ」


 俺が一応年上への礼儀として丁寧に答えて山下先輩はぶっきらぼうに返す。明智もなぜか遠巻きにされていたので、同様に敬遠されていた矢張の二人とくっつくとさらに周りから浮き上がってしまう。

 予め下尾監督から「お前らはユースとか関係のない外様だし、影響力と人気のあったカルロスを追い出した元凶みたいに逆恨みされているかもしれないぞ」と忠告を受けていたが、明智もまた仲間がいなさそうだ。まあ、こいつに向けられている白い眼は多分これまでのファールを利用したプレイスタイルによるものだろうが。

 代表候補にまで選ばれるのは当然ながら上手い選手ばかりである。そして親やコーチから期待をかけられている子供が多い。その大切な才能をラフプレイで壊されるかもしれないという不安感が明智を見る目には込められているようだった。


 でもちょっとおかしいな。少なくとも俺達と対戦するまでは全国大会でも明智や鎧谷は普通に応援されていて、こんな白眼視されてはいなかったはずだが。

 そんな俺の葛藤を読みとったように、山下先輩が明智に「あっち行け」と言わんばかりに掌をひらひらさせる。


「お前と友達だと思われると、こっちまでイメージ悪くなるからこっち来んな。つーかお前とは話するような仲じゃないだろう」

「つれないっすねぇ」


 とそこまでは情けなかった表情を引き締めて「矢張のお二人には謝りたかったんすよ」と明智は打ち明けた。


「全国大会の後にした親との話し合いの結果で、これまでラフプレイをしてきた相手に謝罪行脚をすることになったっす。ほとんどはうちの県内だからすぐ行けたっすけど、矢張は遠かったんでちょっと待ってこの合宿で謝ろうと思ってたんすよ」


 そう言うと真正面から俺達二人に頭を下げた。「危険なプレイをして申し訳なかったっす」と深々とお辞儀をする明智に困惑する。ああほら、周りの目も「何やってんだ、あいつら」って好奇心で光っているじゃないか。

 ここで許さないと逆に俺達が悪人っぽくなってしまう。心からの謝罪のようだが、周り向けのパフォーマンスもおそらくは意識してはいないのだろうが入っているタイプだな、明智の奴は。そんな計算高いところも垣間見えるが、真摯に反省している態度は俺の目にはいかにも本当らしく映った。なら、ここは受け入れるべきだろう。

 

「別に今では大して気にしてませんよ、ね、先輩」

「ああ、別にお前の顔を見たら反射的に蹴りを入れたくなったぐらいしか怒ってないぞ」


 いや、先輩のそれはかなり頭にきているという事だろう。明智と会った時の先輩の足の動きは逃げるんじゃなくて、俺が想像していたよりも遙かに攻撃的な物だった。でもこんな所で口喧嘩になるのを衆目に晒されるのも不快だ、俺が事態の収拾を図るべきだな。


「まあ明智がラフプレイを止めてくれたんならそれでいいよ。でも、もしまたやったら……」


 自分やチームメイトが怪我をすると想像するだけで、腹の奥からぐつぐつと煮えたぎる物がこみ上げてくる。


「だ、大丈夫っす。もう二度としないっす!」


 なぜか必死で俺に向かい両手を上げる明智がいた。あれ、なんで山下先輩まで冷や汗を流しているんだ? 答えはおそらく二人が話す「こ、怖かったっす~」「ブラックアシカの降臨だ」という会話から推察できそうだが、止めておこう。

 でも先輩、ブラックアシカって言っても、それは色彩的にはただ普通のアシカでしかないのでは。そこで明智が周りから距離をとられる理由に気がついた。


「あ、だから明智も孤立しているのか」

「ええ、謝罪した後でどこから噂が広まったかわからないっすが――まあ自業自得と諦めてはいるっす。これからの自分のプレイで「壊し屋」って汚名を返上しなきゃいけないっすけどね」


 真摯にプレイで名誉の挽回をはかる態度の明智に警戒心と嫌悪感は薄らいだ。やたら小賢しいけれど、まだ子供なんだよな。だったら一度の過ちで全部否定するのもかわいそうかもしれない。ま、俺が怪我しなかったから言える事だが。


「そっか、じゃあまあこれからよろしく頼むよ」

「ええ、こちらこそっす」

「……まあ、アシカがいいなら俺もよろしく……別にしなくてもいいけれど」


 俺と明智の間に和解が成立すると、山下先輩もそれに加わりたそうにして結局足踏みをした。先輩ってこんなキャラだったっけ? ほら明智がなんだか生暖かい目で先輩を見つめているじゃないか。仮にも矢張のキャプテンなんだから、あまり他のチームの奴らになめられそうな言動はしないでほしい。

 ようやく俺達を包む雰囲気が明るくなってくると、このアンダー十二の監督が真剣な表情で集合をかけた。

 ピッチ上でばらばらだった全員が走って監督の前にとりあえずといった形で雑然と集まる。それでも俺達の周りは微妙に距離があけられていた。


「よし、集まったな。ではこれらのメンバーが三日間一緒にトレーニングする仲間だ、仲良くするようにな。それで今回は初顔が多いようだからトレーニングより、解説や説明を多めの合宿にするぞ。今回習った事は自分のクラブに帰っても日々の練習に生かしてくれ。そうすればまた皆がフル代表の戦いの場で会えるかもしれないな」


 そう言ってぐるりと顔を巡らし、自分の言葉を聞いているか確認したようだった。


「ではまずウォームアップからいくぞ、気を抜かず自分達が日本の代表という自覚を持ってここから集中するように! 今日は体力測定の後はボールを使った軽い練習だけだ、短い時間だが声を出し合って頑張ろう」

「はい!」


 と、まあそんな俺達やその他の選手との微妙に溝を埋めきれないままに俺の代表初合宿が幕を開けた。

 



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