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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編

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第六十二話 次からはぬいぐるみが監督席っす


 俺が明智にファールされた後もしばらく続いた延長戦前半は、俺達矢張SCが完全にゲームを支配していた。

 明智のゲームメイクは精彩を欠き、それに伴い相手のパスやフォーメーションもどんどん崩れてルーズになっていったのだ。

 明智が調子を崩したのは判る。彼がファールした直後に俺へ逆切れのような形で叫んだので、審判とそれにこっちのチームからはキャプテンが厳重に明智を監視しているからだ。


 特に俺にとってはキャプテンがフォローに回ってくれたのが有り難い。俺に敵のマークがついただけで、守護霊のようにすっと背後に現れてくれる。俺の角度からは見えないが、その度にマーカーが顔色を悪くして目を逸らすのだから、よほど恐ろしい表情をしているのかもしれない。 

 何度振り向いても俺には穏やかな笑顔しか見せないこのキャプテンには、達磨さんが転んだで遊んでも絶対に勝てないと確信するね。

 そんな頼りになるキャプテンがついていてくれると、俺は安心してゲームメイクに専念できた。

 逆に明智はイエローカードをもらった上に感情面でも整理しきれていない所に、他から監視されるプレッシャーまでかかってはまともにはプレイできまい。


 しかし、相手のチームが不調でもこっちには関係がない。いやそれどころかチャンスが転がって来たような物だ。

 こっちは今が勝負時だとガンガン攻めるのだが、それでも最後のゴールマウスまではこじ開けられなかった。オフサイドを狙うタイミングのシビアな戦術から完全に引いて守る戦術に切り変えて、鎧谷も体で止める必死のディフェンスで立ち向かってきたからである。

 こうなると延長は時間が短すぎる。押し込んではいたのだが、得点という結果を出す前に前半が終了してしまった。


 俺達矢張はチームメイトがお互いの肩を叩き合いながら「惜しかったな」「あのシュートが枠に行っていたら……」と悔しそうだが総じて明るい表情をしている。あくまで「とどめを刺しそこなった」ぐらいの感覚だ。

 それとは対照的に鎧谷の表情は硬くなっている。いつもは彼らがやっている、敵に振り回されるというゲーム展開を初めて味わっているのだろう。

 特に明智の調子は最後まで取り戻せていない。ずっと報復されるのを警戒していたのだが、あの一件以来俺に積極的に近づいてこようとはしなかった。プレイ内容も無難にこなしているというだけで、延長に入る前の頭脳的で二・三手先を読んだ戦術的なゲームメイクは見られなかったな。


 俺の言葉ぐらいで改心するとは思えないし、話をした感じでは勝利にこだわる事情もありそうだった。だからこのおとなしい時間が、新たな危険な作戦への考慮時間でないといいんだが……。

 引き上げる明智の表情を窺おうにも、彼のうつむいた姿からは何を考えているのかの手がかりはさっぱり与えられなかった。


 ベンチでは全員が立ち上がって「勝てるぞ!」「この勢いだ!」と激励の言葉をかけてくる。その声も弾んでいて、そんな所からも延長前半が俺達のペースだった事が確認できる。

 下尾監督も腕組みしたままで、


「うん、前半はいいリズムだったぞー。後半もこの流れを切らずに集中していけば絶対に勝てる!」


 といつになく熱い太鼓判を押してきた。そしてその後でこっそりと俺の耳元で「左足は大丈夫か?」と確認してくる。こうしたクラブの子供への細かな心配りがうちの監督の取り柄だよな。俺も「心配ありません」とにこやかな笑顔を作って答える。

 これは別に監督を安心させる為の嘘ではなく、実際にあのファール以降も痛みなどの支障がなくプレイできたのだ。

 

「備えあれば憂いなしって奴ですね」


 ソックスを下ろし、ぐるりとすね当てで囲まれた俺の足を見ると「こりゃまた厳重な装甲だなー」とちょっと驚いた口調になる下尾監督だった。確かに大袈裟に見えるが、結果的に役に立ったんだからいいじゃん。重いとかボールタッチの精度が少し落ちるとかのデメリットはこれから改善すればいいだけの話だ。とにかくこの試合で怪我しないのが最優先で、それが成功したのだから全部オーケーである。

 俺のその準備の良さと曇りのない表情に監督は安心したように肩をすくめた。


「うん、ファールのダメージがないならいいんだ。で、もう一つの心配ごとの方のスタミナはどうだ?」

「……もちろん、バッチリ大丈夫だといいなあと思う次第であります」

「つまり、きついのか?」

「……ちょっと」


 誤魔化しきれないと判断した俺は、頬をポリポリと人差し指で掻きながら体力が尽きかかっているのを認めた。いや認めざるを得なかった。延長前半の最後辺りは、俺はほとんど動かずにセンターサークル付近でパスを駆使したゲームメイクに専念していた。そう周りも思ったはずだ。だが実際には前線に攻撃参加するだけのスタミナが残っていなかっただけなのだ。

 攻める為に前へ出るだけなら何とかなったかもしれない。だがその後に相手のカウンターに備える守りへの自陣へのダッシュの往復は絶対に無理だと俺の足が言っている。そしてどうしても得点が必要な状況ならばともかく、FWでもないボランチのポジションにいる俺が守りを放棄して攻めるのは、カウンターをもらう危険が大きすぎたのだ。


「無理だと思ったらすぐにピッチから出ろ。それで負けても怪我されるより何倍もマシだからな。そして、こっちから見ても無理だと判断したらすぐに引っ込めるぞ」

「え、でももう交代する枠は使い切ったんじゃ」

「一人少なくなってもそれは仕方ないなー。それより今言ったようにちょっとでも無理だと感じたら引っ込むってのを承知しないなら、延長の後半にはアシカは出さんぞ」

「……了解です」

「よし。なら後半も楽しんで、そして絶対に怪我しないようにプレイしてこい!」



  ◇  ◇  ◇


 ベンチにどっかりと座り込んだ俺の頭の中はぐるぐると回っていた。試合中に足利と交わした会話が、どうしても頭を離れなかったのだ。試合に集中しようとしてもそれが妨げていつものように上手くいかなかった。そのせいで結果としてチームの中心となるべき俺が足を引っ張るという情けない事になってしまったのだ。

 大体俺はラフプレイをやり返さなかった点では感謝してもいいが、それまでは足利にはいい印象は持てなかったんだよな。

 俺と似た感覚を持ちながら、チームメイトと監督に恵まれ存分に才能を伸ばす、それが足利である。そんな奴が俺が望んでも得られない環境でプレイをしているのだ。これまで通りの軽いファールではなく怪我させようとまでしたラフプレイの裏には、認めたくないが嫉妬も確かに存在していた。


 気に入らない奴だからこそ言われた言葉を否定したいのだがそれが出来ない。そのジレンマが俺のパフォーマンスを落としていたのだ。

 俺は勝たなければサッカーを続けられない。だから審判の目を盗んでラフプレイもするし、したくもない反則をしてでも勝利を最優先したプレイをする。だから今の俺はサッカーは楽しくない。

 だったらなんでサッカーを続けようとしているんだ?

 俺はサッカーを続けるというのが目的になっていて、何のためにサッカーをするのかという点が完全に置き去りにしていた。

 サッカーを続けられたとしても、嫌いになっていたら意味がないよな。いや、嫌いな物を続けるなんて罰ゲームに等しいじゃないか。

 

 胸の奥から深い息を吐く。あの足利は知ったような口を利いていたが、俺の事情など何も知らないからこそ建前上は正しいだけの事を言ったのかもしれない。その綺麗事が一周回って痛いところを突いてきやがった。

 仕方ないな。深く息を吸い込んで心の中の葛藤にけりをつける。

 ふと気がつくと、ベンチの周りは静まり返って皆が――監督までもが俺の指示を待っている。


「お待たせしたっすね。やっと延長後半の作戦が決まったっす。どう考えても、このままの試合展開ではじり貧になって勝利するのは難しいので、もう俺の指示に従わなくっても結構っすよ。各自自分のベストと思うプレイをしてサッカーを楽しんで下さい」

「え、それでいいのか?」

「はい。このままでは座して死ぬのを待つだけっす。それなら精一杯楽しんだ方がマシっすね。俺も久しぶりにやりたい放題にするつもりなので気兼ねはいらないっすよ」


 たぶんこれが俺にとって最後のサッカーの試合になるだろう。だったらせめて、ここまで俺についてきてくれたチームメイトとサッカーを楽しんでみたい。無責任かもしれないが、勝つこととサッカー続けるのを諦めたら急に気が楽になった。純粋にサッカーを楽しめるなんて何ヶ月――いや何年ぶりだろう。


「でも、……それじゃあ明智はサッカーを辞めないといけないんじゃないか?」

「え?」


 意外な発言に驚いてまじまじと仲間の顔を見つめてしまう、なんでお前ら俺の家庭の事情を知っているんだ?


「びっくりしているみたいだけど、監督がそんな秘密をうっかり口を滑らさないわけないだろう?」

「そ、それもそうっすね」


 凄い説得力に思わず頷く。監督のついうっかりはこのクラブの名物でもあるからな。横目で睨むと監督は必死に顔をそむけて冷や汗を流しているようだった。頼りにならない監督を無視して、頼りになる仲間は真剣な表情で俺の肩に両手を置く。


「もし明智が上手くなるために他のJ下部のクラブに移るなら納得するよ。でもサッカーを辞めなきゃいけないのは酷いよ」

「……でも」


 確かに酷いだろう。でもあの両親が俺の言うことを聞いてくれるとは思えない。


「だから、勝とう」

「え?」

「今までのやり方で勝てないなら、楽しんでプレイした方がまだ勝率が高いなら、今までのやり方にプラスしてみんなが楽しんでプレイして勝てばいい!」


 ――ああ、そうかぁ。俺は今まで自分を世界一頭が良くて可哀想な子供だと哀れんでいた。でも、こんないい仲間に恵まれていたのに気がつかなかったなんて、本当はちょっと、いやかなりお馬鹿だったんだなぁ。


「……ええ、そうっすね。だったら今まで通りのプレイに、もう少し全員のやりたいワガママを足してみるっす。ドリブルしたければしてもいいし、遠くからシュート撃ちたければそれもオッケーっす。守備の時だけは指示にしたがって欲しいっすけど……あ、そう言えば、もうファールで相手を止める作戦は中止にするっすよ」

「お前達そんな事してたのか?」


 監督が俺に尋ねる。そんな事とはファールやそれに類するラフプレイで相手の流れを止める作戦の事だろうが、今頃そんな尋ね方するってことは。


「監督、気がついてなかったんっすか!?」


 そっちの方が驚きだよ。俺、黙認してるんだとばかり思っていた。


「う、うむ。なんだか妙な勝ち方をするなーとは思ったことがあったが」

「その時点で普通なら気がつくっす」

「だが、それなら今からでもこれまでの相手に謝りにいかないと」


 急にオロオロし始める監督を落ち着かせる。


「大丈夫っすよ。これまでにうちと当たったチームで試合後に通院している子供はいないっす。ほとんどがその場で痛がるだけのファールで、応急処置で全部収まっているっす」

「……そこまで調べたのか?」

「当然っす」

「明智は情報収集能力や作戦立案能力の使い方を間違えているな」


 呆れたように肩をすくめる監督にこっちも鏡合わせのように同じポーズをとる。


「誰のせいで俺がそんな事までしないといけないっすかねー」


 旗色が悪いと目を逸らした監督に追撃を加えようとした時、もう延長の後半が始まる寸前になっていた。


「みんな、とにかくこれまでやってきた事をできるだけ楽しんで、自分なりにアレンジしてやってみるっす。どうせこのままだと負けて元々、勝ったらラッキーぐらいな勢いの差がついてしまったっす。だから俺はみんなとやれる最後の試合だと思って全力で、そして楽しんでサッカーをプレイするっす!」


 チームの全員が大声で「任せろ!」だの「明智のためにも絶対に勝つ!」だの答えてくれている。

 ――こんな風な団結できるチームにもっと早くなれていたら、これまでの試合も反則なんてせずに勝ち上がれていたのかなぁ。

 

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