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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編

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第三十一話 上を向いていても足下に注意をしよう

 なんでお偉方の挨拶は長いんだろう、もしかして三分間はスピーチしないと罰ゲームとか定められているのだろうか。俺は全国大会の開会式に参加している一員にふさわしくないだろう疑問を抱く。

 それでも、まあ俺達の県大会の会長の挨拶よりはましかもしれない。あれは一人で時間をかけていたが、こっちは規模が大きくなったせいか多人数で時間をかけている。……いやまあ強制的にスピーチを聞かされる方にとってはどっちも面倒でしかないんだけどね。

 だから俺は壇上に立つ大会関係者に注目をするのは止めて、周囲の色々なチームに視線を向けて観察していた。あまり礼儀正しいとは言えないが、こんな時は子供だから仕方がないですませられるのは楽でいい。

 きょろきょろと見回すと俺のお目当ての人物を発見した。


 全国大会ともなると小学生の大会でもある程度大柄な選手が増えてくるが、その中でも頭半分は抜きん出るほどの長身だ。褐色の肌にウェーブのかかった髪が隣合う少年達と流れる血の違いを際だたせている。

 今大会で最も注目されているのは間違いないだろう、この世代の日本代表の十番のエドソン・カルロス・前田・ダ・シルヴァである。

 通称カルロスと呼ばれているその父方の血をアフリカ系ブラジル人に持つ彼は、圧倒的な身体能力とサッカー王国で培われたテクニックで将来を嘱望されている選手だ。あまりのポテンシャルに日本のサッカー関係者が「ブラジル代表に取られる前に唾を付けておけ」とU十二のメンバーにごり押ししたのは有名である。ある国の代表選手としてプレイした者は他の国の代表選手にはなれないという国際ルールを利用して囲い込もうとしたほどなのだ。


 だが俺だけはこの少年のこれから先の活躍から、その作戦が必要とされるほどの才能だと知っている。

 前世でカルロスの姿を最後にテレビで観戦した時は、ロンドンのオリンピックのスタジアムで胸に日の丸を背中に十番を背負って青いユニフォームを着ていたのだ。

 日本の将来を担うタレントとの遭遇か。体が勝手にぶるっと震える。その時視線でも感じたのかカルロスがこちらを振り向いた。俺と目が合ったのはほんの一瞬で「小さい奴だな」とでも言いたげな見下した光が相手の瞳には宿った後すぐに逸らされた。おそらくは俺の存在は敵だとさえ認識されていないのだろう。だが待ってろよ、絶対に俺の顔と名前を忘れられない様にしてやるからな。


 一人で内にこもった闘志を燃やしていると肩をつつかれた。なんだよ今いい具合にやる気メーターが上昇している所なのに。


「おーい足利。もう開会式は終わったよ。ぼうっとしてないで早く移動をしようか」

「あ、すいません」


 キャプテンの柔らかな声はなんだか反抗心を溶かす不思議な力があるな。少しぐらい不機嫌なはずでもいそいそと従ってしまう。

 そのキャプテンに続いて開会式場を出ながら振り返るが、もうあの褐色で長身の姿はない。

 また会いたかったら勝ち上がるしかないって事か。何トーナメントの組み合わせでいけば二回戦で当たる事になっているんだ。今日勝てば、明日の午前の試合か……燃えるな。

 この時の俺は一回戦で当たる相手もまた全国まで勝ち上がってきた強豪だという事実を忘れていた。



  ◇  ◇  ◇


 一回戦の試合会場まで歩いて移動する。甲子園のように一つのピッチで全試合がやれれば最高なのだろうが、それをやるには時間が許さないし芝もボロボロになってしまう。四つの会場に分かれて試合を行うのはしょうがないか。そんな判り切った愚痴が口を突くのは当然ながらカルロスのプレイを生で観戦したかったからだ。二回戦で当たる筈なのになぜか違う会場になるとはどういう振り分け方をしているんだろうな。俺がぶつぶつと文句をこぼしていると、頭をぽんと軽く丸めた書類で叩かれた。


「おーいアシカよ。お前はなんだか集中してないみたいだなぁ。調子悪いんならスタメンを代わってもらうか?」

「いえ、ちょっとぼけっとしていただけで体調に問題はありません」


 はっと気を取り直してはきはきとした口調で返事をする。こんな所で急にスタメン落ちなんて冗談じゃない。慌ててウォーミングアップで体を温め始める。まずは関節をほぐすように軽く、そして次第に小刻みなダッシュなどで自分の体に戦うための火を灯していく。額にうっすらと汗が滲んでくる頃には、すでにいつ開始のホイッスルが鳴らされてもオーケーなぐらい準備は整っている。

 そんな矢張SCのメンバーを眺めていた監督は満足げに「うむ」と頷く。そしていつものように手を叩いて注目を集めるとこれからの試合の戦術について語りだした。


「よし、じゃこの試合はいつもどおりのフォーメーションでいくぞー。今日はこの一回戦だけだからスタミナ配分は考えずに戦っていいからな。それと要注意のプレイヤーとしてはFWの七番でこいつのヘディングはかなり高い、そして守備は向こうのキャプテンで三番のDFが統率して綺麗なラインディフェンスを敷いている。他には目立った選手はいないな。

うちと同様に向こうのクラブもこれが全国大会は初出場だ。正直な話、相手は県の準決勝で戦ったチームより一枚落ちる戦力だと考えている。俺達が落ち着いて戦えば負ける相手じゃないはずだ。それじゃ、いつも通りに怪我しないように試合を楽しんでこい!」

「はい!」


 監督の言葉に元気よく返事し、俺達イレブンはピッチへ飛び出した。

 くー、芝なんかまで全国大会仕様だと思えば通常よりも柔らかくて毛足が長いような気がする。ふわふわした感触を足に馴染ませようと、小刻みに足踏みをしてはステップを確かめても地に足を着ける感覚が定まらない。

 ピッチの外で見守る観客の数もサッカー関係者の数も県大会とは比較にならない。言い方は悪いかもしれないが小学生サッカー選手の品評会という側面も持っている。だからこそここで活躍する事がまず日本のサッカー選手としてのエリートコースへ至る王道なのだ。

 よし、一回戦でこれだけギャラリーが集まっているんだ。実力が下だっていうこの敵はさくっと下して、明日の二回戦で優勝候補のカルロス達との戦いで目立つようなプレイができたら――そんな風に思考が散漫になっていた。


 開始一分、俺は自陣のゴール前で呆然と立ち尽くしていた。相手が開始ホイッスルの第一小節から一気にFWがダッシュするとロングボールで攻め込んできて、まだ浮き足立っていたうちのDFがたまらずにコーナーキックに逃れる。マークがまだ曖昧なまま行われた、そのコーナーキックを相手の七番にヘディングでゴールネットに叩き付けられるという最悪の立ち上がりだった。


 ――まだ「あれ?」って感じで現実とは認識できていない。夢を見ているようなふわっとした頼りない感覚である。点を取られたんだろ、どうしてこんなにのんびりしてるんだ? 自分の神経が判らない。よし、なぜか小さく震えている掌で思いきり自分の頬を張り飛ばす。


 痛っ! 同時にすっと頭の中が急速にクリアになっていく。足もしっかりとピッチを踏みしめた感触が伝わり、手の震えも収まっているし、なによりも頬がひりひりしてそよ風が当たるだけで痛い。ようやく自分の体だと実感が持てるようになった。

 どうやら柄でもないが俺は上がっていたらしいな。しゃっきりした頭でスコアボードを見ても先制点を奪われた現状は変わらない。だったら、ここから巻き返すしかないか。

 周りを見回しても先輩達の誰もが不安そうにきょろきょろと視線が定まらず、始まったばかりなのに出てもいない汗を拭ったりドリンクを取ったりしている。監督がピッチぎりぎりまで出て指示しているのも耳に入ってなさそうだ。ちょっと前までの俺もこんな風だったかと思うと軽い自己嫌悪に陥るな。

 深く息を吸い込むと「何やってんだっ!」と大声で叫ぶ。周りの全員が何事かと振り向くが、チームメイトにだけ注目してさっきの叫び声に劣らぬ大声で叱咤する。


「先輩達何を寝ぼけてるんですか、これは全国大会なんですよ。相手が強いのは判り切っているじゃないですか、さっさとテンションを強敵相手のモードに切り替えて下さい」


 とつい先ほどまで自分もこの空気に飲まれていた事など棚に上げて先輩達の責任にする。


「すぐに逆転しますから、波に乗り遅れないでください!」

 

 そう宣言する俺の背に「当たり前だろ、今気合入れてるところだったのに」とか「乗り遅れるだと? お前が俺の後をついてくるんだよ!」とか「台詞を取られたな、僕キャプテンなのに……」という言葉がぶつかってくる。

 うん、ようやくいつもの矢張SCの雰囲気に戻ったようだ。

 さあ、多少手間取った感はあるが、ここから俺達の全国大会が始まるんだ。






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