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やり直してもサッカー小僧  作者: 黒須 可雲太
第一章 小学生フットボーラ―立志編

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第二十一話 体を熱くたぎらせよう

 まだか、まだか、まだなのか。

 焦燥感に腹の中を熱く焼きながら、俺はベンチに座って貧乏揺すりをしていた。みっともないとも思うが、自分の手足の動きを完全には制御できていない。体内にこもった熱を逃がすために最低限必要な悪癖だとお目こぼししてほしい。

 今日の準決勝は俺はベンチスタート、後半から出す予定だそうだ。そのプランを初めに聞いた時は耳を疑ったね。監督に「スタメンで出してください」と直訴に行ったのも仕方がないだろう。

 だが下尾監督の「俺は全国へ行くつもりだ、だからこそアシカを準決勝でスタメンにしてそこで潰れてもらう訳にはいかんのだ。午後の決勝にも出場してもらうためにはな」という甘言にころっと騙されてしまったのだ。あの時は俺をそこまで買っていてくれるのかと感激したのだが、もしかして俺をちょろい奴とか思ってないだろうなこの監督は。

 俺が不審の目で見ているのに気が付いたのか監督がこっちを向いて眉を上げた。


「アシカはまだ出さんぞ。お前の出番は後半からだ」

「判ってますよ。だからまだ座って待っているでしょうに」


 と噛み付くように答える。本当なら後半スタートでももうアップを始めていてもいい時間帯だが、少しでも体力の消耗を防ぐためにハーフタイムからやるように言われている。どうやら俺のスタミナに関しては全く信用されていないようだな。

 ならば今の俺にできるのはチームメイトを応援することぐらいだ。実際にベンチのみんなで声ぐらいはかけて力づけてやらないと、これ駄目なんじゃないかっていうぐらい押されている。しかし、ボールの支配率やシュート数ではかなり差がついていても点数にはそうは反映されないのがサッカーだ。

 ここまでは点数は一対一となんとか互角の展開を見せているのだ。そういえば本来の歴史でも確か三対一での敗北だったが、二点差つけられてからはどうしてか相手の運動量が落ちてなかなかいい勝負していたんだよな。今回も俺が出る後半までこのままのスコアを維持してくれればいいのだが。


 前半のここまでの試合経過はこうだ――まずはお互いの実力を計るような静かな睨み合い、その後先制点を奪ったのはうちの矢張SCだった。どこかぎこちない立ち上がりの相手に対し、キャプテンがサイドMFに送ったパスをダイレクトで上げるアーリークロス。ゴール前で競り合ったFWが落としたボールを山下先輩が蹴り込むという理想的な攻撃で得点したのだ。

 だがこれが虎の尾を踏んだのか相手の選手達が眼を覚ました。これまではウォーミングアップだったのだとばかりに当たりが強くなった。敵のゴール前はもちろん、中盤やこっちのディフェンスラインでさえ強烈なプレスをかけてくる。この時間帯はこちらは碌にボール回しさえままならなかった。


 そして敵の攻撃が矢張SCのゴールに襲いかかる。うちの最終ラインが堅いと見るや、ミドルレンジからシュートをどんどん撃ちだしたのだ。キーパーが必死のセーブを続けるも、そのこぼれ玉を拾われてまたシュートを撃たれ続けてはどうしようもない。奮闘むなしく前半十五分過ぎについに同点に追い付かれる。

 その後も流れは変わらない、相手チームの分厚い攻撃をなんとかしのいでハーフタイムまで逃げ込もうとしている。できればこのまま……残りの二分とロスタイムの三分を踏ん張ってほしい。


 その願いはロスタイム終了直前に打ち砕かれた。前半の時計が止まり、ロスタイムに入ったと気が緩んだDFの隙をつかれたのだ、ロングシュート・ロングシュートの二連発後のスルーパス。DFはもうシュートを打たれるのは嫌だとばかりに体でシュートコースを消すのに精一杯で、裏へ走りこむFWなんかケアする余裕はゼロだった。それを見越したような鮮やかなスルーパスとFWのランニングになす術もなくゴールネットを揺らされた。

 今のは完全に計算された攻撃でたまたま点が入ったとかではない。

 ――詰まる所は実力差って事か。


 長すぎると感じたロスタイムがようやく終了し、重たい足取りでピッチからイレブンが戻ってくる。

 ベンチで見守っている俺達以上に試合時間を長く感じたのだろう、皆の顔には疲労の色が濃い。

 抜群のスタミナを誇るキャプテンや、いつもは生意気なぐらいに元気な山下先輩も荒い呼吸をするだけで何も喋ろうとはしない。


「どうしたみんな元気がないぞー」


 そこに空気を読まないで口を出すのがうちの監督だ。先制しながらもその後は押されっぱなし、しかもロスタイムに逆転されて帰ってきたのだ。お通夜のような雰囲気になるのも仕方がないのかもしれない。だが、仕方がないからといってそのままのムードだと後半巻き返すのは夢のまた夢となる。それが判っているから監督もわざとのんびりした声で固まった空気を壊したんだろう。……まさか本当に空気が読めない訳じゃないよな? とにかく監督の意図が雰囲気を変える事なら積極的にのっていくべきだな。


「俺は元気ですよ! 監督がベンチにおいているから早く暴れたくてうずうずしていますよ!」

「アシカは元気だな。よしよし、後半は出してやるぞー。他に出たい奴はいないのかー? レギュラーが元気がなさそうだから出してやるぞ」


 その監督にベンチの控え選手達が色めきたつ。全員が自分は元気ですよとアピールし始めたのだ。監督がまた「おおう、スタメンの奴らと違って元気がいいなー」と煽るものだから、さっきまで沈みこんでいたはずのイレブンまでが前半の疲れを忘れたように活気づいたのだ。皆が口々に「俺はまだやれます」と引っ込めないでくれと懇願する。

 監督は「さーてどうしよっかなー」と実に楽しそうな表情で腕組みをして悩む素振りだ。あれ絶対に交代のプランはすでに決定済みで、悩んでいる態度はただの演技だよな。

 まあそのおかげかどうかチームの雰囲気が盛り上がったのだから、それでいいのだろうが。もう少しだけ監督として重みのある言動をしてくれないものかな。


 俺は汗を拭いている山下先輩やFWと後半の攻撃について簡単な確認をしておく。なに、日頃の練習で「点が取れなければ罰ゲーム」のミニゲームを何度もこなしているから念を押しておくだけで、今更話し合うほどでもない。俺がより攻撃的に動くのと山下先輩がアシストよりもシュートを狙う事、そして俺が声をかけたら前線にいる皆が即ゴール前に詰める事なんかを確認するだけだ。

 それらを終えると各々が後半に向けた準備に取りかかる。


 柔軟を終えて額に浮いてきた汗を拭いて、微かに乱れた呼吸を整えていると背後に人の気配がした。

 なにか用事かと振り向くと俺と交代でアウトになる先輩がそこに立って両手で肩をつかんできた。きつく握りしめられた先輩の掌からは痛みではなく、大事な試合を途中で降りて後輩の俺に任せなければならない無念さが伝わってくる。


「アシカ、できればリードした状態で代わりたかったんだが、すまん」

「いいえ、ここから逆転するいい舞台を作ってくれたんだと思ってますから」

「……そうか後は頼んだぞ」


 俺に対して頭を下げた先輩はさらにぐっと更に力を込めて掌を離した。

 まったくこの先輩はプライドが高くて俺にスタメンを取られてからは棘のある態度ばかりだったのに、頭を下げてまで後輩に頼みにくるかね。だったら――頼まれるしかないんだろうなぁ。

 もう掌は離れたはずなのに肩からの熱は冷める事なく体の芯へと伝わる。心臓の鼓動に合わせてその熱が血管を巡り体中を駆け巡った。自分の感覚では体温が二・三度上がって頭上に陽炎が立っているんじゃないかってぐらいに俺の体が燃え上がっている。


「アシカ、もうすぐ後半が開始するが準備はいいな?」


 監督の確認に声を出さずに親指を立てる事で答える。無礼かもしれないが、今声を出すと胸の奥からたぎっているこの熱さが抜けてしまいそうで喋れなかったのだ。


 小さく吐息を漏らすが、それと共に口から炎がちろちろと出ている錯覚を起こしている。

 今日のコンディションを確かめる為に、眉間に皺がよるぐらい力をいれて瞼を閉じた。うむ、いつもよりくっきりと鳥の目の映像が頭の中のスクリーンに映っているような気がする。体の方もすでにアップが終わりいつでも戦える。メンタルも体も完全に準備が整って後は開始の合図を待つばかりだ。

 もう一度炎の息を吐き、ゆっくりと目を開く。

 クリアになった視界には俺の倒すべき相手がすでに勢揃いしている。こいつらに勝たなきゃ全国へ行けないんだよな。普段でさえ目つきが悪いと言われる視線に殺気を込めて睨みつける。邪魔するんじゃねぇよ。全国大会に出場するのは俺達矢張SCだ。 


 ――後半開始と同時に足利 速輝出陣。



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