第185話:難題
夏休みが明けたばかりの週の土曜日、私は陽介の部屋にいた。久しぶりに電話してきて緊張した声色で直接話せないかって言ってきたから、私はともちゃんたちとの約束をキャンセルしてまでここにやって来たのである。
そうしてまでやって来たその部屋で聞かされたのは、武井君のこと。陽介はサッカー部で活動するうちに武井君がサッカーをしなくなった理由について何かを掴んだらしく、そのことについて共有しておきたかったらしいのだ。
「夏姫は、小平中学って知ってるか?」
「小平中学?」
「そう。小平中学」
えぇと、確か、新島さんが小平中学出身だったはず・・・。
「サッカー部に、その小平中学出身の男子がいるんだけど・・・。話は、そいつから聞いたんだ」
それは私が峰島中学を離れ、大葉中学へと転校した後に起こったらしい。その年の冬に小平中学のグラウンドで行われた練習試合中に武井君は相手の選手と接触事故を起こしてしまい、その結果、相手に大きな怪我をさせてしまったらしいのだ。
その当時の峰島中学のサッカー部は武井君が部長となったことで部員間の空気が悪くなり、多くの二年生たちが退部ないし完全な幽霊部員状態となってしまっていた。私と陽介も夏休み前には退部していたのだけれど、それに続く形で他の二年生たちもサッカー部を離れてしまったらしいのである。
同じく峰島中学時代にはサッカー部員だった内田君や深山君も夏休みが終わった頃に退部していたらしいし、それはもう何というべきか・・・。そんなわけで最終的にサッカー部に残ったのは武井君と彼の親友と、あとは大人しそうな一年生たちだけ・・・。
「だから、内田や深山たちも詳しい内容は知らなかったらしい。風の噂でその日の試合に何かがあったらしいってことは知ってたらしいんだけれど、一年生たちも皆口を噤んでいたみたいだし」
で、実際に何があったのかというのを、その小平中学出身の男子生徒が知っていたと・・・。
「怪我した生徒は結構な重傷で、数カ月間松葉杖生活だったみたいでな」
「うぇぇ・・・」
「それで大きな問題になったらしくて・・・。原因が武井のラフプレーのせいだったみたいだから、それが尚更悪かったみたいで・・・」
勝利至上主義の池田先生は、多少のラフプレーには目を瞑っていたように思う。だけれど、本当にマズいプレーにはちゃんと注意もしていたしなぁ~。
「俺たちに漏れ伝わらなかったってことは、緘口令が敷かれたんだろうよ。で、大人たちの間でひっそりと話し合いが行われたと」
「う、うぅ~む・・・」
「その日の出来事が最終的にどういう形で決着したのかまでは分からないけどさ、でもまあ、そういうことなんだろ」
吐き捨てるように、陽介は言う。それは怒りなのか悲しみなのか、それとも別の何かなのか・・・。彼の顔には形容しがたい複雑な感情が浮かんでおり、それを見た私も何とも言えない複雑な気持ちになる。
「前にさ、校舎の廊下で武井君を見掛けたことがあるんだよね・・・。たぶんだけど、あれはサッカー部の練習を見ていたと思うんだ」
「・・・・・」
あれだけサッカーが好きで、誰よりも一生懸命練習に励んでいた武井君。そんな彼は今、サッカーから最も遠いところにいるのかもしれない。
「夏姫」
「ん、何?」
「解っているとは思うけど・・・。この話、他の人にはするなよ?」
「わ、解ってるって」
そもそも、あんまり関わりのない武井君の話なんてする機会もないし・・・。
「一応複数人から話を聞いて裏は取ったんだけど、全部伝聞だからな」
「・・・・・」
「もしかしたら誇張とか入ってるかもだし、だから、な?」
「・・・・・」
氷が解けてしまった麦茶を、私は口に含む。いつの間にか私の唇はすっかり乾いてしまっており、そんな私のカサカサな唇に麦茶の水けが染み渡る。
「話は、それだけ?」
「うん、まあ、な・・・」
「そっか、そっか・・・」
陽介の言葉を聞いた私は、ようやく肩の力を抜くことができた。緊張した様子の陽介にただならぬ気配を感じていたのだけれど、一先ずは安心だ。
「じゃあさ、せっかくだしゲームしようよ!!」
「お、おう・・・」
「今日は負けないからさ!!」
「・・・・・」
ともちゃんたちとの約束はキャンセルしちゃったし、だからこそ、ここで目一杯楽しまないと!!
「なあ、夏姫?」
「ん?」
「実はその、もう一つだけ言いたいことが・・・」
そう言って視線をあちこちへと飛ばし、挙動不審気な様子の陽介・・・。
「さっきの話にもちょっと出たけどさ・・・。サッカー部に、内田っているだろ?峰島中学出身の」
「え?うん・・・」
「その内田に、この前訊かれたんだよ。夏姫って、夏樹の親戚だったりする?って」
そ、それは・・・。
「苗字も同じだし、顔つきも似てるし・・・。それに知美たちとよく一緒にいるし、登下校時に駅で見掛けるしって・・・」
「・・・・・」
「確証は、無いんだと思う。だけど、深山の件で夏姫の顔と名前が広まったし、その影響で内田も興味を持ったみたいでさ」
「・・・・・」
深刻そうな顔つきの陽介を見て、私は肝を冷やす。今までは雪ちゃんやともちゃんたちの協力でどうにかなってきたのだけれど・・・。
「対策としては、前にも言った通りひたすら白を切り続けるしかないと思うんだけど・・・。あとは、学校では知美や眞鍋さんたちとなるべく離れないようにするとか」
それ、本当に大丈夫かなぁ~?
「大丈夫も何も、他にどうしようもないだろ?」
「う、うぅ~ん・・・」
「同じ学校に行って同じ駅を利用して、同じ街で生活している以上どうしても接触はあるだろうし・・・」
陽介と二人でウンウンと唸りながら、より効果的な対策を考える私。しかしながら都合よくそんなものが浮かんでくるはずもなく、時間だけは無情にも刻々と過ぎていくのだった。




