間違いないのか?
「やあリアム!調子はどうだい?」
執務室に入って来たダニーは、相変わらず調子が良い。
「見て分かる通り、特に変わりはない」
書類に目を通しながら、リアムはチロリとダニーを見た。
「またまたぁ。私が聞いてるのは仕事の事じゃないって分かってるんだろう?で、どうなんだ令嬢の様子は?」
「ちょうどそれについて聞きたい事があったんだ。が、今は話している余裕が無い。議会が始まるせいで、父上に領地関連の仕事を押し付けられて‥まあ、君が手伝ってくれるなら、幾らか余裕も出来るんだが‥」
「あー分かったよ、何をやればいいんだい?」
ニヤリとしながら書類の山を渡し、急ぎの物とそうでない物とに仕分けを頼む。
何しろ彼は常に成績一位の神童と呼ばれた男だ。
しかも来年からは宰相補佐として、王宮勤めが決まっている。
リアムの目論見通り、いやそれ以上の驚くべきスピードで、ダニーは次々に書類を仕分けて行った。
お陰で一時間後にはゆっくり休憩を入れられる余裕が出来、ソファへ移動して二人はお茶を飲む。
「で?聞きたい事っていうのは何だい?」
おもむろにダニーが切り出すと、リアムはカップをソーサーに置いた。
「最近フレッドから連絡は?」
「なんだ、それが聞きたかった事かい?最近は来てないよ」
「‥いや、それが聞きたかった訳じゃない。‥あのなダニー、アシュリー嬢は‥‥アシュリー嬢で間違いないんだよな?」
「は?ちょっと言ってる意味が分からないんだが?本人が違うと言わない限り、アシュリー嬢で間違いないだろう?私の調べでは、このティーカップが、間違いなくティーカップだと断言出来る位本人で間違いないぞ。中身をコーヒーにしてもティーカップはティーカップだ」
「悪い、聞き方を間違えた。だが、今のはいい例えだ」
「お褒めに預かり光栄だね。それで結局何が聞きたいんだ?」
大きなクエスチョンマークを頭に乗せ、ダニーが問いかける。
「君の例えを引用すると、私の接触したアシュリー嬢は確かに本人なのだが、中身は別人なのではないかと思うんだ」
「は?何でそんな風に思う?」
「単なる勘なのだが、実際一緒に過ごしてみて、どうもフレッドの好みとは程遠いというか‥」
「それは‥エマ・ヘイリーと比べてという意味か?」
ダニーの問いにコクリと頷く。
「ふ〜む。まあ、エマの場合、フレッドの好みを演じていたからな。本性はどうあれ、あれは見事だったよ」
過去を振り返りながら、二人はうんうんと同意し合う。
二人の話題に登ったエマという人物は、かつてフレッドが叔母から紹介された女性だ。
彼女は物静かで清純派美人といった印象の、正にフレッドの理想通りの女性であった。
それもそのはず彼女は徹底的にフレッドの好みを調べ上げ、彼に近付く足掛かりに、叔母に取り入ったのだから。
エマはかなり上手くやっていた。
そのお陰でフレッドとの関係も徐々に進展しつつあったのだ‥が、余りにも上手くいき過ぎたが故に、フレッドは疑いを持った。
リアムやダニー、フレッドの様な立場は、家柄目当てで近付いてくる女性が、掃いて捨てるほどいる。
いくら叔母の紹介とはいえ、フレッドは完全に信じてはいなかった。
「綺麗に隠していたつもりだったけど、私の情報網を侮っていたよね彼女。調べたら偽名を使って遊びまくっていたんだからさ。なんせ仮面パーティーなんて怪しい集まりの常連で、男なんか取っ替え引っ替えだったし」
「ああ。そういった面でフレッドは慎重だからな。しかし今回は運命などと言って、慎重なフレッドらしからぬ行動を取っただろ?だとすれば余程相性が良かったのだと私は思うんだ。それがどうも引っかかってな。実際アシュリー嬢と話してみて、余りにも当てはまらないというか‥」
「ふむ。しかし私の調べは間違っていないぞ」
「そこは、まあ、信頼してはいるけれど。君も話してみれば分かる筈だ」
「う〜む、そんなに違うのか?」
「ああ。はっきり言ってフレッドのタイプではない!」
はっきりと言い切るリアムに、ダニーも一抹の不安を覚える。
「‥具体的に、どこがどう違うんだ?」
「具体的にと言われると、それは説明し辛い。ただ、アシュリー嬢は普通の令嬢とはかなり違う」
「そこを説明してくれよ」
「だから説明し辛いんだって!令嬢の名誉の為にも、ペラペラ喋る内容ではない」
「なんだ!?そんなにヤバいのか?」
「いや、ヤバいというよりは‥‥‥面白い」
「は?」
「面白くて、とにかく一生懸命なんだ。その姿勢に、とても好感を持てる」
熱心に話すリアムの様子に、ダニーは思わず目元を押さえる。
ヤバイ、目頭が熱い。
あの、まるで毛虫でも見る様な目で女性を見ていたリアムが、話しかけられても必要最低限しか話さなかったリアムが、女性に対して"好感を持てる"などと言うんだから、感動で思わず涙が溢れそうになった。
これは、俄然アシュリー嬢に興味が湧いて来たぞ!
「フム、君の主張は分かった。が、正直話だけでは今一つ伝わらないし、知っての通り私は、自分の目で見て感じてみないと、判断を下さない性分だ。そこで考えたのだが、次に会う時は私も同行するというのはどうだ?」
「‥いいだろう。寧ろそうしてくれた方が良いかもしれない。けれど、一つだけ約束してくれ」
「何を?」
「私がアシュリー嬢にする事は、目的の為のスキンシップだと理解して欲しい」
少し頰を赤らめ言うリアムの様子に、何となく察したダニーは、再び目元を押さえた。
ヤバイな、感動で涙が溢れそうだ。
これはもしかしたら、登ってしまったかもしれん!
あの、女性に触れられる事を極度に嫌うリアムが、遂に大人の階段を‥
「さっきからどうしたダニー?涙目になってるが花粉症か?」
「ま、まぁそんなとこだ。とにかく、次の予定までに私の方でもう一度、アシュリー嬢について調べてみよう。その間に君は予定を決めて連絡してくれ」
「予定はもう決まっている。四日後に会う約束をした」
「四日後!?それを早く言ってくれ!殆ど時間が無いじゃないか!」
「君なら何とか出来るという、信頼の現れで後出しになった。どうだ?やる気になっただろう?」
「ああ!俄然やる気だね!!全く、そういう訳だから帰るぞ!」
フッと微笑むリアムを尻目に、ダニーは部屋を後にした。
そしてすぐさま馬車に乗り込み、頭の中で四日後までの予定を組み直す。
リアムの信頼通り、ダニーにとってはタイトなスケジュール位どうという事はない。
大体の流れを頭で整理したダニーは、車窓を眺めながらふと呟いた。
「フレッドのタイプではない‥か。リアムの変化は喜ばしい事だが‥ややこしい問題が起きなければいいのだがなぁ」
一つ溜息を吐き、再び物思いに耽るダニーは、自宅とは違う場所へ行き先を変更した。
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