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一章 勇者クラスの休日(2)

 不動の姿勢を崩さない茉莉先生に稜真と相楽が同時に突進を仕掛ける。狙撃手の夏音は距離を稼ぐために後ろに跳んだ。

 まずは相楽が豪快に飛び上がり、空中で前転した遠心力を乗せて戦鎚を叩き下ろす。茉莉先生はバックステップでかわし、戦鎚は虚しく地面を叩くだけに終わった。

 いや、虚しくはない。

 相楽クラスの〝超人〟が聖剣で叩きつけた地面は――ボゴン! と地盤が砕けたのではないかという爆発音を轟かせて大きく抉られたのだ。小隕石が落下したようなクレーター。そこに元々あった質量は地塊の雨となって周囲へと爆散する。

 だが茉莉先生には当たらない。最小限の動きだけで雨の全てを回避していた。

 それは稜真も同じだ。フェイントを交えつつ切迫し、右手の日本刀を逆袈裟に振るう。

 金属音。防がれるとわかった時点で左手の拳銃を構えており、急所を外すように狙いを定めて発砲する。

 ほぼゼロ距離から撃った銃弾だが、茉莉先生には届かなかった。

 銃弾の軌道に刃が置かれ、()()()()のだ。綺麗な真っ二つに。

 腹を足の裏で蹴られる。

「がっ!?」

「甘いわよ、霧生稜真。これは授業だけれど、私を殺すつもりで戦いなさい」

 砲弾のように吹っ飛んだ稜真と入れ替わりに相楽が戦鎚を大回転させる。茉莉先生は回転するハンマーを飛び乗るようにして蹴り、大剣の腹で相楽の顔面を強かに打ちつけた。

「おばっ!?」

「相楽浩平は隙が多い。武器のせいもあるだろうけれど」

 言いながら、茉莉先生は大剣を持ったままの片手を頭の横に翳す。そして親指と中指をグリップから離し――彼方から飛んできた大口径の銃弾を()()()()()()

「はぁ!? どんだけ化け物なのよ!?」

「龍泉寺夏音は短気過ぎるわね。なぜまだグラウンドにいるの? 私に気づかれたくなければ、あなたの最大射程距離(マキシマムレンジ)まで下がらないと」

「グラウンドから出ていいんかい!?」

 夏音はすぐさま狙撃銃を抱えて走ろうとするが――

「出てもいいけれど、出すとは言っていないわ」

 彼女の目の前に茉莉先生は秒速で回り込んでいた。流石に戦い慣れしている夏音もそのくらいでは驚きはするも怯みはしない。即座に狙撃銃を構えてトリガーを引く。

 二メートルもない距離からの射撃を茉莉先生は易々とかわし――両脇からそれぞれの武器を振るった稜真と相楽を二振りの大剣で受け止めた。

「夏音! 今のうちに隠れろ!」

 稜真と相楽を同時に相手している間は、いかに茉莉先生だろうと狙撃手を追うことはできまい。

 しかし、夏音は首を横に振った。

「無駄ね。その先生はそうさせてくれるほど甘くないわ」

 夏音はその場を動かず、狙撃銃を構える。

「戦い方を変えるわ。あたしの方は気にせずに二人はそのまま集中して戦って」

 稜真は無言で了解した。次に相楽と目配せし、拳銃を発砲した後に一旦その場から距離を取る。

 相楽が大上段から戦鎚を振り落とす。

「隙だらけよ?」

「そうでもねえよ、茉莉ねえ」

 相楽の大振りをかわそうとしたその方角に、夏音が狙撃。逃げ場を失った茉莉先生は相楽の重たい一撃を防ぐしかなくなる。

 頭上で大剣をクロスさせる茉莉先生。

 そこに、一度離れていた稜真が戻ってくる。隙の多い大振りを防げば、それもまた大きな隙となる。

「はぁあッ!!」

 気合い一閃。途中で峰打ちにすることも忘れずに、稜真は日本刀で水平方向に薙ぎ払った。

 茉莉先生は――止めた。足の裏で。

 銃撃を放つ前に相楽が弾かれる。フリーになった二本の大剣が演舞するような美しい軌道を描いて稜真を襲う。

 夏音の狙撃が大剣の腹を叩く。

 軌道の狂った大剣を稜真はかわし、日本刀と拳銃を駆使して手数で攻める。茉莉先生は大剣による二刀流。普通なら機動力で稜真には敵わない。だが〝超人〟としても勇者としても大先輩である彼女は稜真の強襲撃を危なげなく捌く。

 金属音と銃撃音が豪快に鳴り響く。

 小回りの利く稜真が行動を制限し、夏音の狙撃によるサポートが反撃または大きな回避を許さない。隙を見て相楽が強烈な一撃を叩き込む。

 これは前もって示し合わせたチームワークではない。稜真たちはこれでも戦闘のプロだ。自分と味方の役割を理解し、最善を実行できる。

「うん、まあ、及第点ってところね」

 茉莉先生は満足したようにそう言うと――


 双剣を地面に突き刺し、強烈な光の爆発を発生させた。


「なんッ!?」

「うおッ!?」

 荒れ狂う衝撃波が稜真と相楽を紙切れのように吹き飛ばす。何十メートルも転がってようやく停止することのできた稜真たちは――なにが起こったのか、さっぱりわからなかった。

 グラウンドは茉莉先生を中心に蜘蛛の巣状に罅割れ、彼女に近ければ近いほど深い地割れとなっている。そう言えば、最初に茉莉先生が聖剣を見せてくれた時もこのような規格外の力を使っていた気がする。

 普通の〝超人〟ができることではない。

「……冗談じゃないわよ」

 衝撃に巻き込まれなかった夏音は尻餅をつき、その開いた足の間に大剣の一本が深々と突き刺さっていた。

「はい、チェックメイト。三人とも、聖剣が覚醒したばかりにしてはよくやった方よ」

 茉莉先生は聖剣を三角定規に戻して腰に挿し、手を叩いてテストの終了を告げた。

「どうなってやがんだ? オレたちの聖剣にはあんな力はねえぞ」

「まだ先があるってことなのかもしれないな」

 稜真たちも聖剣を鞘――魔法が込められた特殊なカードに納め、集合をかけた茉莉先生の下へと駆け寄った。どうにも納得できていない勇者クラスの面々の視線を受け止めた茉莉先生は、ちょっと失敗したような苦笑をして腕を組む。

「本当はまだ見せるつもりはなかったのだけれど、さっきの力は聖剣覚醒後の工程を経ることで使えるようになるわ」

 やはり稜真の予想通り、聖剣は覚醒してからもなにかあるらしい。今のままではただ『壊れることのない魔族に強い武器』というだけである。

「でもこれはあなたたちにはまだ早い。そうね……少なくとも全員の聖剣が覚醒するまでは教えることはできないわ」

「なんでよ? 覚醒させたあたしたちだけでも教えてくれればいいじゃない」

 夏音がむすっと不満そうな膨れっ面になる。

「理由はいくつかあるけれど、今教えたところであなたたちにはどう足掻いても使えないの。だから時期が来るまでは自分の分身と向き合ってより精進することに集中しなさい」

 やってみなきゃわからない、と言える雰囲気ではなかった。なにしろ茉莉先生こそそういう実践派だ。そんな彼女がハッキリと『使えない』と口にしたということは、それだけの理由があるのだろう。

「時間がかかるってことですか?」

「そうね。時間は当然かかるし、逆に時間で解決するとも言えるわ」

 意味のわからない答えに勇者クラス全員が頭に疑問符を浮かべる。問い返してもそれ以上の答えは返って来そうにないので、誰も質問することはなかった。

 相楽が鼻息を鳴らす。

「まあ、なんだっていい。今度こそ霧生の先を越してやる」

「お前が最後になるかもしれないけどな」

「あぁ?」

「はいはい、仲がいいのは結構だけれど、今は授業中よ。喧嘩は後にしなさい。でないと……わかっているわね?」

 殺気。

 稜真と相楽は同時に顔を青くして震え上がった。これ以上はコロサレル。

「お、おうよ。俺たち超仲良しだから喧嘩なんてしないよな、霧生!」

「あ、ああ、俺たち親友だもんな、相楽!」

「肩なんて組んじゃって気持ち悪いわね。稜真くん、浩平くん、そんな腐女子サービスなんてしてないで特訓するわよ。教えられるまでもなく力を会得してやるんだから」

 夏音が白い眼で稜真たちを睨む。確かになにもしないよりはいい。茉莉先生も精進しろと言っていた。

「ふふっ、特訓もいいけれど、たまには休息を取ることも必要よ。明日は休日だし、せっかくだから学園の外にでも行ってみるといいわ」

 皆の視線が意外なモノを見るように茉莉先生に向いた。

「学園の外? 出ていいんですか?」

「ええ、一応外出許可は取ってもらうことになるけれどね」

 なんとなく学園からは離れられないのだと思い込んでいた稜真である。他のみんなも同じようであり、一番学園生活が長い夏音も今まで思いつかなかった顔をしている。

「あなたたちは勇者。学園の中だけに閉じ籠っていないで、守る世界のことをもっとよく見ておくべきよ。そのうち課外授業で他国にも出てもらうことになるわ」

「他国に、か」

 シェリルやフロリーヌたちの故郷に行けるとなれば、それは少し楽しみだ。確かシェリルの故国――ウェルズス連邦国は島国だと聞く。日本に近い文化もあるかもしれない。

「はい、今日の授業はここまで。最後に全員でグラウンド整備をしてから解散しなさい」

 えー、という声が重なったことは言うまでもない。


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