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73 四大精霊殿

 約束した日になったのでグレイスとアシュレイを連れて王城セオレムに向かった。シーラとイルムヒルトは、本人達が遠慮した。あの2人としては、あまり公の場所には近付きたくないのだろう。


「お待ちしておりました」


 馬車から降り立つと、王城の使用人に恭しく迎えられた。

 前回来た時と同じように、浮石に乗って王の塔の内部へと入る。謁見の間手前の控え室から脇にある扉を通される。


 広々とした廊下の両脇や天井を飾る、品の良い装飾品、調度品。これらは高価なものではあるのだろうが、謁見の間に繋がる回廊などと比べると、地味目の物が多く、数も要所要所を押さえているだけ、という印象を受けた。


 飾り付けるつもりならもっと豪華絢爛にもできるのだろうが、多分メルヴィン王の人柄なのだろう。王城にやってきた者を迎えるためのものでなく、王族の生活空間だからというのもあるのだろうが。

 塔の外周を回るように大きく迂回する廊下を歩いていくと、突然視界が開けた。塔の外壁が取り払われてバルコニーのようになっていて、そこから夜空と街並みが一望できるようになっている。


 上層にありながらバルコニーには色とりどりの花が咲いていて、さながら空中庭園のようだ。王族が景観と草木を愛でて楽しむための場所なのだろう。

 塔の内部にこんな場所があるとは思わなかった。


「すごい景色ですね」

「月があの位置だから――あれは、東区の方ですかね?」


 グレイスとアシュレイも感心しているようだ。 


「庭の手入れも大変でしょう」

「庭師達は魔物が混ざらないから良いなどと言っていますよ」


 と、使用人が冗談めかして言う。まあ……確かにここならさすがにイビルウィードも来られないだろうが。


「それでは、こちらの部屋でお待ちください」


 バルコニーを通り過ぎてすぐの部屋が食堂のようだ。食卓の上にナイフとフォークが並べられている。指定された席について待っていれば良いとの事だった。

 さすがに広々とはしているが――私的な晩餐といった通りで、客に王家の権勢を見せるための豪華絢爛さは無いようだ。調度品の類は控えめである。


 メルヴィン王はすぐに供の者とやってきた。王妃や他の王子、王女は連れていない。一緒に来たのは騎士団長ミルドレッドと――それから老齢の魔術師である。魔術師の方が誰かは分からないが、ミルドレッドに比肩する実力者なのだろう。迷宮についての話をする気なのは間違いないようである。

 メルヴィン王は俺達の姿を認めると、相好を崩す。


「おお。テオドールか。刻限通りよな」

「陛下、本日はお招きいただき――」


 と、挨拶をしようとしたが、メルヴィン王に笑って手で止められた。


「ああ、構わん。そういう堅苦しいのは公の場所だけで良い。もっと楽にしておって良いぞ」


 その笑顔は、どこかアルフレッドと似たような人懐こい空気がある。メルヴィン王の素がこれなのだろうか。この辺、やはり親子という事かも知れない。


「分かりました」


 頷くと、メルヴィン王達も食卓に着く。


「ミルドレッドとは既に面識があるのだったな。こっちは宮廷魔術師のリカードだ」

「はじめまして」

「うむ。君があの飛行術の少年かの。いや、全く大したものじゃ」


 宮廷魔術師リカード。ええと。アルバート王子の話によると飛行術を再現したけれど酔って吐いた、とか言ってたような。

 まあ……あまり触れないでおこう。

 すぐに料理が運ばれてきた。肉料理が中心だが、とかく見た目も調理法も手が込んでいるといった印象。ソースも色とりどりで、どれも濃厚で複雑な味わいだ。俺などには見た目からは何をどうしているのか想像もつかないが、グレイスは一口一口真剣な表情で吟味しているから何か分析して技術を取り入れようとしている可能性はある。


 更に職人の手による砂糖菓子や飴細工なども運ばれてきて、食卓の上は随分と賑やかな事になっていた。


「ふむ。そのままでも良いので聞くが良い。良き話と相談事があるが――まずは面倒な話から先に済ませてしまう事にしよう」


 しばらく料理を楽しんでいると、メルヴィン王がそんな事を言った。


「迷宮の封印についての事でしょうか」

「うむ。王城に保管されておる古文書をひっくり返して解読した結果だが……。月光神殿には過去、魔人共との戦いに勝利した折、奪い取った物が安置されておるらしい」

「魔人から……ですか」

「それが何なのかはよく解っておらなんだが、連中が取り戻そうと画策している事から見るに、彼奴らの手に渡って良い物でもなかろう」


 それはまあ、同感だ。まず確実にロクな事にはならないだろう。

 将来起こるかも知れない魔物の大発生に繋がっている可能性というのは……まあ、俺の勝手な憶測で、何の確証も無い話ではあるのだけれど。


「迷宮の特性は知っておるか? 同じ物が同じところに集まる、という。月光神殿もそれだ」


 ……なるほど。迷宮の特性を利用して、人為的に作り上げた代物だったか。

 迷宮の上に作った月神殿の祈りを迷宮下層に集めて形成した、神聖なる階層というところだろう。


「迷宮を利用する術が過去にはあった、という事でしょうね」


 例えば、王城セオレムも同じような経緯を経ているのかも知れない。


「うむ。さすがに、飲み込みが早いな。外壁や神殿、王城にそれぞれ結界があるのと同じように、月光神殿そのものの入口にも、何重にも結界が張られておる。その結界を維持しているのが――迷宮の封印の扉の先にある四大精霊殿に収められている宝珠という事になる」

「四大精霊、と言いますと、地水火風ですか」

「そうなるな」


 となると、俺が見つけたのと同じような封印の扉が、後3つは迷宮内部にあるという事になるだろう。俺が封印の扉を見つけても、まだチェスターが大腐廃湖の探索を続けているわけだから、扉が複数あるのは予想が付いていた事ではあるのだが。


 だが分からないのは――それだけ厳重な封印が成されているのなら、何故わざわざその封印を自ら探すのか、だ。

 確かに魔人はBFOでは月光神殿に密かに侵入する手段を見つけるのかも知れないが、そんな事は人間側は知らないのだし。魔人が探りを入れている中、情報が漏れるリスクを冒してまで、わざわざ探す事は無いのではと思うのだが。

 その疑問にも、メルヴィン王は答えてくれた。


「宝珠による月光神殿の結界は、そのままにしておけばいずれ弱まる時が来る、と言われておる。古文書によれば、それは遠い未来の話ではない。封印が弱まるその前に四大精霊殿へ入る手段を見つけ出し、宝珠を見つけ出して精霊の力を込め直す儀式を行わねばならぬ。問題は――」


 メルヴィン王から水を向けられたリカードが言葉を引き継ぐ。


「封印の扉の先へ進む方法が、分からないという事じゃな。古文書の肝心な部分が、虫にやられてしまっておってのう」

「うーん」


 封印の扉、か。魔人はあの扉を突破できなかったまでも、報告するだけで一仕事終えたような感じになっていた。どうも、魔人の方が事情に詳しそうな所がある。


 俺は俺の見地で考えよう。BFOでのあの扉の事とか、他とは違う立ち位置で知っているのだから。

 ええと。そもそも封印が弱まると分かっていたんだった、よな。

 BFOではあの扉が何だったのかと言えば、別に秘密の扉でも何でも無くて。未実装エリアに繋がる扉という位置づけだ。


 そこに表示されていたのは――未実装だったエリアが解放されるまでの時間の告知、カウントダウンだった。

 もし、扉に表示されているものがこっちでも同じだとしたら? 時間で弱まる封印。メンテナンスが必要な宝珠。合わせて考えると、あのレリーフが意味するものは――。


「天体の、位置――」

「ん?」

「いえ。天文にはそこまで詳しくはないのですが。あのレリーフはいくつかの楕円の線が重なり、線の上に乗る大小の円という図形で構成されていましたよね? 天体が丁度対応する位置に来た時に、四大精霊殿に向かう封印の扉が開く、という事では?」


 扉に刻まれたレリーフが、BFOと同じように解放の時間を告知しているとするなら。

 昔から人間が何で暦を理解していたのかと言えば、まず天体の動きだ。迷宮が月の動きに連動するのなら、他の天体の動きも組み込んでいておかしくはない。


「天体の位置……か。月神殿の領分だな。月神殿に話を通して、協力を求めるか」


 月神殿が天文の方に明るい、と。これであの扉がいつ開くのかに見通しはついた。


「しかしそうなると、魔人の報告が阻止できなかったのは痛いですね」

「連中がそれに合わせて魔人を送り込んでくる、か」


 ミルドレッドが腕組みして眉を顰める。さすがに彼女はそういう点、話が早い。


「そうなります」

「外壁の結界はくぐり抜けられるようだからな。神殿の聖域部分や王城内部に入れるかは不透明だが……」


 迷宮都市限定という訳ではないが、大きな都市は外壁に沿うように魔人の侵入を防ぐための結界が張ってあったりする。あいつらは――恐らくリネットの研究の成果なのだろうが――それを誤魔化して突破する手段を持っているようで。


「リネットがやったような手もありますから、神殿と王城に直接手出しができなくても攻撃対象にできると考えておくべきかと」

「強力な魔物を使い魔として攻めさせる、か」


 そう。リネットの場合はアンデッドのヒュドラだった。報告に使っていた海洋生物もそうだが、対魔人用の結界では使い魔への対策にはなっていない。


「いずれにせよ、だ。問題点もするべき事も分かった。扉が開く時期は神殿側と連携していき、残りの四大精霊殿へ繋がる扉も見つけなければならぬ。テオドール。そなたに相談したき事、とは、だな……」


 メルヴィン王は目を閉じる。そして言うべきか否か、暫く迷っていたようだが、やがて真剣な面持ちで、俺を見据えて言ってきた。


「……王家からの正式な依頼として、来るべき魔人との戦いに協力してはもらえぬだろうか?」


 そこでメルヴィン王は一度言葉を切り、眉根を寄せる。


「このような頼み事が、恥を知らぬ言葉とは分かっておるのだ。いくら魔法の才に優れるとは言え――そなたのような年端もいかぬ子を、戦場に駆り出さねば立ちいかぬのはひとえに余の不明、不徳の致す所。だがゼヴィオンのような魔人まで出てきたとなると……」

「……魔人は敵です。依頼がなくとも現れれば戦います」

「すまぬ、な」

「いいえ」


 俺のスタンスは変わらない。魔人がタームウィルズに来るのなら排除するだけだ。

 しかしそうなると、魔人との間で四大精霊殿の宝珠争奪戦みたいな様相を呈してくる……のだろうか?

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