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72 魔術師の遊戯

 詠唱を書き起こしてしまえば後はアルフレッドとビオラの仕事になる。空中戦用装備の試作品が出来上がってくるのを待つだけだ。

 魔力回復のポーションの方も出来上がっていたので、冷ましてから漏斗で小瓶に分けていたら何やら、マリアンが物陰からこちらの様子を窺っているのが視界の端に見えた。


 アルフレッドは仕事中だし、グレイス達の方は採寸で忙しそうだから、かな?

 採寸作業をしている方を見やると、マリアンの様子を窺っていたアシュレイと視線が合って、笑みを向けられた。

 了解。マリアンの事は任された。


 と、彼女に視線を向けると物陰に頭を引っ込めてしまう。遊んでいるというには随分真剣な面持ちだったように見えたが。……ああ。ポーションが紫色に発光してて得体が知れないからか?

 毒っぽいと言えばそうだが……彼女にとってトラウマになっているならそもそも近付きたがらないだろうし。様子を窺っているというのは――或いは何に使うものなのかと、心配しているのかも知れない。


「……ふむ」


 小瓶を陽光に翳した後で軽く振って、蓋を開けて一息に飲み干す。

 マリアンは「あ」という顔をした。

 ……自分で作っておいてなんだが、味は正直言えば微妙だ。素材が素材だけに独特の青臭さがある。

 栄養ドリンクのような、飲んだ後に身体の奥から熱が広がってくるような感覚。効果はしっかり発揮されている。


「ポーションを作ってるんだ。飲むと傷を治したり、魔力を回復したりできる」


 と、こちらを見ているマリアンに言う。

 マリアンはそれで納得してくれたのか、神妙な面持ちで小さく頷いた。まだ恐る恐るといった様子だが、多少警戒度を下げてくれたようだ。少し離れた所にある椅子を勧めると、おずおずと腰かけて、俺の作業を見守っている。


「こっちはもう少しで終わるから」


 今日作った分を小瓶に分けて蓋をしていけば、それで俺の方は作業終了だ。

 グレイス達の方はもう少しかかりそうである。実際にどんな装備にするかを話し合っているようだ。彼女達の戦い方や連携にも関わってくるものだから、真剣になるのは当然だろう。


 マリアンは調合用の機材を興味深そうに見ていた。確かに、王城では見かけない代物だと思う。臆病だが好奇心は強い、という印象を受ける子だ。

 ……ふむ。任された以上は王城では見かけない娯楽を提供してみようじゃないか。王城で抑圧されている分、気晴らしになってくれればいいのだが。


「マリアン、こういうの知ってる?」


 机の上の紙を折って、紙飛行機を作って見せてみる。マリアンは首を横に振った。まあ、そうだろうな。単純な玩具だが、こっちの世界では紙飛行機なんて聞いた事がない。


 そっと紙飛行機を投げて空を飛ばしてみると、マリアンは目を丸くして、部屋の中を飛んでいく紙飛行機を視線で追っている。掴みは良かったようだ。

 高度が落ちてきたところで、風魔法で上昇気流を作ってUターンさせ、マリアンの周囲を旋回させるように飛ばしてみる。

 更に水魔法を操り、水の泡を空中に浮かべて、その間を縫うように飛行させる。この辺でマリアンだけでなく、みんなの視線が集まっているのが分かった。


 うーん。手を止めさせてしまったようだし、せっかくだから皆の期待に応えてもっと派手にしてみよう。

 紙飛行機の描く軌跡の後ろを泡に追わせ、更にそこに光魔法で、様々な色の輝きを散りばめる。

 初めてこんな娯楽的な魔法の使い方をしてみたが……予想していたよりずっと幻想的な光景になった。魔法と言うよりは手品やイリュージョンみたいだけれど。これはこれで魔術師らしくはあるか。


 しばらくそうやって部屋の中を飛び回らせてから、最後に紙飛行機を俺の手の上に不時着させ、もう一方の手で指を鳴らせば、煙と同時に水の泡と光の煌めきが、嘘のように消失する。

 こちらをきらきらとした目で見上げているマリアンに、紙飛行機を手渡した。


「それはマリアンにあげるよ。魔法なんか使わなくても短い距離なら飛ばせるから」


 マリアンは手元の紙飛行機と俺の顔を交互に見比べ、そこで初めて嬉しそうな笑顔を見せてくれた。紙飛行機を大事そうに胸に抱いて、アルフレッドの所に小走りで駆けていく。


「――良かったね、マリアン」


 アルフレッドは穏やかな笑みを浮かべると、俺に言う。


「ありがとう、テオ君。面白いものを見せてもらった」

「即興だったにしては上手くいったかな」

「あれで即興なんだ……。君は本当に驚かせてくれるね」


 魔法を使えば紙ぐらい延々と飛ばせるわけだし、どうせなら折り鶴みたいなものを飛行させた方が見栄え的に良かったかも知れない。次の機会があったら試してみようか。


「面白いですね。魔法を使わなくても飛ぶのですか?」

「うん。こうやって折れば……ほら。簡単に作れる」


 今度は紙飛行機を折るところからみんなに実演してみせて、魔法無しで飛ばしてみせる。

 みんな予想以上に面白がっている感があるな。さっきの魔法の演出が丁度プロモーションのようになってしまったんだろうか。

 ただの余興のつもりだったのだが……結局作業の手を長時間止めさせる事になってしまった。




「荷物はさっきので全部?」

「ええ。小さな物は大体部屋の中に運び終わったわ」

「他にやる事は?」

「ええと。荷解きは私達でやるから……うん。後は大丈夫よ。ありがとう、テオドール君」


 家の前に停めた馬車から戻ってきて家の中にいるイルムヒルトに声を掛けると、彼女は頷いた。大体作業が終わったようなので空を見上げると、もう夕方になっていた。

 話は纏まっているので、シーラとイルムヒルトの暮らしていた西区の家から、彼女達の荷物を馬車で運んで引っ越しを進めたのだ。家財道具もそんなに多くなかったし、寝台や衣装入れなどの大物はレビテーションを使って窓から部屋に運びこんでしまえば良い。時間も手間も然程掛からなかった。


「お食事の準備もできましたよ」


 グレイスが台所から声を掛けてきたので、先に夕食ということになった。軽く埃を落として水で顔や手を洗い移動する。

 食卓に並んだ色とりどりの料理。今日は2人の引っ越しという事で、歓迎のパーティーというか少々豪勢にするという話だった。


「んん。グレイスの料理は、美味しい」


 ソースのかかったパスタ。白パン、煮魚、野菜スープ、貝焼き、サラダ。それから黒い腸詰は――あれは血を混ぜて炒る事で作るソーセージだな。

 同じような一品は地球側でも耳にした事があるが、イルムヒルト向けの物を探して買ってきたのだろう。グレイスの事だから、そのうち自家製で作ったりするかもしれない。


「あら。これは、美味しいわ」


 イルムヒルトもお気に召したようで、切り分けて口に運ぶと顔を綻ばせていた。


「良かったです。他にもいくつかそういう料理を聞いていますので、日替わりで出していきますね」

「本当? 嬉しいわ、グレイスちゃん。私も教えてもらってもいいかしら?」

「喜んで。今度みんなで作りましょう」

「私も、覚える」


 シーラとイルムヒルトも自炊歴が長かったので料理はできる、との事だ。鳥や魚を捌いたりしていたらしい。そこでイルムヒルト用の食事を調達したりもしていたのだろう。

 暫くみんなと和やかに食事を続けていたが、誰か戸口を叩く者があった。


「どなたですか?」


 出て行ってみると、文官服を着た男の姿がそこにあった。


「夜分失礼。こちらはテオドール=ガートナー様のお屋敷でしょうか?」

「はい、そうです」


 お屋敷と言うほどには大きくはないけれど。


「王家からの遣いで参りました」


 と、男は頭を下げて名も告げてきた。王城の使者、か。


「メルヴィン陛下は3日後、テオドール様を晩餐に招待なさりたいとの事です。こちらが招待状でございます。グレイス殿を同伴させてほしいとのお達しです。他のお方の同行は、テオドール様にお任せします」


 晩餐、か。その内招待するとはメルヴィン王も言っていたけれど。

 グレイスの同伴、か。ふむ。


「陛下が仰るには、余人を交えない私的な晩餐への招待との事でしたので、それほど気負う必要はないかと思いますぞ。その際、いくつかのお話やご相談もと仰せでしたが」

「分かりました。必ずお伺いいたします」

「ありがとうございます。務めが果たせて安心しました」


 使者は頭を下げると、馬車に乗って帰っていった。


「どなただったんですか?」

「王家からの使者だった。3日後に、晩餐に招待したいってさ」


 話に相談、か。余人を交えないとか、私的とか言っていたけれど。

 裏返すとあまり公にできない話もできるという事だ。このタイミングで、となると……封印の扉の方にも何かしらの進展があったのかも知れない。伏せられていた詳細も含めて、どんな話が出てくる事やら。

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