59 研究開発
「ロビン、それファングワームの肉じゃないの?」
「ん? ああ。コリコリしてて美味いぜ。エールによく合うんだ、これが」
そんな風に事も無げに言われる。他のみんなも普通に食べているし調理されてしまえば見た目にもどうって事もないのだが。
こっちの食文化では普通なんだろうが、俺としては時々遠慮したい奴も出てくるのだ。この辺、シャコがダメと言う人の感覚に似ているのかも知れない。
ファングワーム。牙を持つ巨大ミミズみたいな魔物である。お世辞にも食欲をそそる見た目ではないし、分類がよく解らない辺りが、ちょっとネックだ。
嘘か真か、味は貝に似ている、とか。実は陸棲の貝の仲間だったりすれば拒否反応も減る……か?
「テオ君、ワームは苦手なんですか?」
「いや、食わず嫌いなんだけどね」
BFOでも魔物を調理できたが、ワームは遠慮するという人も多かった。
……でもこの際だしチャレンジしてみるか。
意を決してボイルされたワーム肉を口に入れてみると……確かに美味いし食感も良い。
ワームという名前から虫系の魔物かと思ってたのだが。味からするとやっぱり貝類だな、これは。
「んー。意外といけるかな」
「だろ? ここの店のは特に美味いんだよ」
フォレストバードが連れてきてくれた店は昼時という事もあって、かなり客が入って賑やかな事になっている。繁盛している店のようだ。
「そういえば、ガーディアンを仕留めたって聞いたけど」
「それは俺じゃなくてグレイスだよ」
水を向けられた事でフォレストバードの視線が集まると、グレイスは少々気恥ずかしそうに頬を赤くする。
「グレイスさんが凄いのは分かってたけどな」
「アシュレイ様も一緒に潜っているんでしょう? その内アシュレイ様も凄い事になりそう」
「だよな。迷宮潜ってると成長を実感するもん」
「い、いえ。私はまだまだです」
「それもテオ君やグレイスさんと比べての話だったり?」
フォレストバード達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「ガーディアンってどうなったの?」
「奴は、装備品のほか……ベーコンと干し肉になる、予定」
シーラが魚の骨を綺麗に引き抜きながら、ソードボアの処遇について説明してくれた。
ボア肉は栄養豊富なので、保存が利く状態にして迷宮での非常食として活用していく予定だ。
「少し分けましょうか?」
「味に興味はあるけどな。さすがに貴重だから受け取れないって」
フィッツが苦笑して手を横に振る。
「――え、イルムヒルトさんってラミアなんですか?」
「ええ。そうなの」
バレてしまったうえに後ろ盾を得た今となっては隠す事柄でもないらしい。イルムヒルトが微笑みながらモニカに答えると、フォレストバードのテンションがやや上がった。
「初めて会うけど、言われないと全然解らないもんだなぁ」
「普通のお食事もできるし、全く意味が無い訳じゃないからね。あまり多くは食べられないけれど」
イルムヒルトは鳥肉を小さく切り分けながらそんな事を言った。
彼女の言うところによると、たまに血を飲む形で食事を摂らないと、段々と衰弱してしまうそうで。多分だが、ラミアにとって普通の食事は消化や吸収が悪いという事なのだろう。
「昔ね、我慢していたら人化の術が解けちゃって大変だったのよ」
「それを院長と私が見つけた」
シーラがイルムヒルトの言葉を補足する。
ああ、孤児院の院長はやっぱりイルムヒルトの正体を元々知っていたのか。院長やシーラが庇っていたからこそ、彼女の今があるのだろう。
「ふふ。シーラちゃんとの付き合いも長いものね」
「ん」
こくん、とシーラが頷く。
フォレストバード達との久しぶりの昼食は、そんな感じで終始和やかな空気の中で進んだ。
さて。この後は――工房に顔を出す予定なのだが、その際フォレストバードの事をアルフレッドに伝えてみるというのはどうだろうか? 無論、フォレストバードさえ良ければ、の話だ。
フォレストバードは俺に近しい所にいるし、どうせそのうちブライトウェルト工房の事も彼らの知るところになるのだろうが、最初から伝えてあるのとそうでないのとでは、心証が違うと思う。
「――へえ、そんな面白い冒険者達がいるのか」
フォレストバードの快い了解を取り付けたところで、連中の名前は一応出さず、ポーションの調合しながら、その人となりをアルフレッドに伝えると、彼は案の定興味を示してきた。
「まあ、何ていうか良い意味で冒険者らしい冒険者ですよ。なので彼らの意見も聞ければ面白いかなと思うんですが」
「うん……いいね。その冒険者達に話を通してくれるとありがたい」
フォレストバードさえ良ければ、という話にはなるが、一応彼らにも既に話は通している。工房の道具を受注してくれる客や試作品のモニターとして、俺以外の人間の視点で物品を見てくれると有り難い話ではあるのだが。
上機嫌そうに笑みを浮かべていたアルフレッドだが、やがて少々表情を曇らせて言う。
「そんないい話を持ってきてもらえているのに、僕の方は良くない報せばかりで申し訳ないんだが」
「なんですか。いきなり」
「いや、グレッグが、ね」
アルフレッドの歯切れは悪い。
「また何かやらかしました?」
「うん。メルセディア女史とアルバート殿下から話が出たせいで、グレッグの話は上に伝わったそうなんだけど。彼が抗弁したらしいんだよね。冒険者にも利益供与すべきでは、とか」
俺が目を瞬かせていると、アルフレッドは苦笑する。
「グレッグに言わせると、冒険者が不満に思ったのは利益供与が足りなかったからだそうだよ」
「要約すると、金で解決すればいい、と?」
「そうだね。王国としては、黙っていても利益を出してくれる迷宮や、それに付随するギルドや冒険者との関係をあまり悪くしたくないし。良好な関係を維持する事に否やはない。貴族にも元冒険者がいるのは知っているだろう? だから、そういう人間も賛同するわけだ。口止め料も含めてしっかりと予算を組んで金を払ったり、冒険者を雇って現地の案内をさせればいいんじゃないかとか。そういう声が案外多く出た」
「うーん。一応、封印の扉の事は秘密なんですよね?」
「一応、ね。迷宮を閉鎖するわけにはいかないから、存在そのものを隠し通せるものじゃないと陛下は思っているみたいだ」
要するに、扉の向こうの具体的な内容や、月光神殿と魔人絡みの事が情報として出てこなければ、冒険者がそこに関わってきてもそれほど問題は無い、と見るわけか。
というかそこで冒険者に依頼という形で金を払うのは雇用創出みたいに言い換える事もできなくもない。冒険者としても王城に召し抱えられる事を目標にしている者はいる。
「だから、割とあっさり冒険者を雇う案は通った」
「それを提案したのがグレッグじゃなかったらとは思いますがね」
最初は無償で巻き上げようとしていたわけだし。
俺の言葉に「全くだ」とアルフレッドは肩を竦めた。
「でも冒険者も矜持がありますからね。フェルナンド、でしたっけ。彼のいる班は距離を置かれると思いますよ」
「僕もそう思うけどね。グレッグがフェルナンドに手柄を立てさせたくて私財を突っ込んでくるかも知れない」
……そんなに形振り構わなくなってきてるのか。
その話を受ける冒険者がいるとすれば、そいつは他の冒険者に白い眼で見られる事を覚悟しなきゃならないだろう。探すにしても受けるにしても、中々辛いものがあるように思えるんだけど。
「まあ……彼らの話はうんざりしてくるからこれぐらいにしておこう。僕の方も加工の準備が整ってきているんだ。何か希望があったら遠慮なく言ってほしい」
「……ええと」
アルフレッドに問われて、しばし考え――俺は答えた。
「ルナワームのドレスに強化魔法をかける品なんてどうです?」
「ドレスとなると……女性物の装飾品の形をという事になると思うけど。君のコートの素材もルナワームの糸だよね?」
「ああ、僕は自力でエンチャントできますので大丈夫です」
グレイスの場合、第三者に魔法を掛けてもらう必要がある。そこでエンチャントを自力発動できれば心強いと思うし、俺も安心である。
「――分かった。それじゃブローチで作ってみようかな。僕の方でも色々考えているんだけど……そういう正統派な品だけじゃなく、長期的な研究で新しい事にも挑戦したいと思ってるんだ。迷宮に潜っていて、何か不便に思った事があったら言ってくれれば助かるんだけど」
んー……それは必要は発明の母という発想か。
不便、不便ねえ。
「――遠く離れた相手と意思疎通ができると助かるんですけどね。迷宮探索ではぐれた時とか」
BFOではメニュー画面からの個別チャットやメールがあったが……システム的なサポートでそれらが成り立っているという事は、裏返せばゲーム内にそういった効果を持つ魔法が存在していないという事でもあるのだ。
「……うん。それは確かに便利そうだ。ちょっと考えてみよう」
魔石は質が良い物ほど多くの術式を内部に込める事ができる。要するにプログラミングするようなものだと理解していい。
そこで重要なのが、魔石に術式を刻むにあたり、その規模をどうやって削減するかだ。良質な魔石というのは本当に貴重だからあまり高級品になってしまっても売り物にできなくなってしまうわけだし。
「ああ、ええと。術式の規模を削る方法については幾つか考えがあるんですが」
そう言うと、アルフレッドは目を瞬かせた。




