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56 騎士と冒険者

「おいおい! 騎士様だからって、俺達を舐めてやがるんじゃねえのか!?」


 宵闇の森で集めてきた素材をギルドに持ち込んで換金待ちをしていると、ロビーに怒声が響き渡った。何事かとそちらを見てみれば、冒険者グループと騎士団の班が睨み合っているというような場面であった。


 ……案の定、と言うべきか。冒険者と騎士団の間に軋轢が生じているようだ。

 冒険者と、騎士団では重んじるものが自由と規律で正反対だからな。騎士団が迷宮に来るのなら何かしらのトラブルが出るのは予想できた事だが……。


「穏やかじゃねえな。どうしたんだよ、お前ら」


 他の冒険者グループが尋ねると、冒険者は不快そうに言う。


「どうもこうも……俺達が迷宮に潜ってたらここは俺達が調査しているからあっちに行けだとよ! 迷宮から出てきた後になってまで文句を付けてきやがった!」

「いや、待ってくれ。迷宮探索の実地訓練中にあまり近付かれると困ると言っただけだ。我らも任務がある。訓練の内容にしても、部外者には話せない事や見せられない事はあるのだ」


 任務。名目は違うようだが封印された扉の事、か。

 アルフレッドもそんな事を言っていたけれど、それって未実装エリアに繋がる予定の、紋章の付いている開かずの扉の事だろうか。BFOでの話をするならだが。


「ああ? 俺達が嗅ぎまわってたって言いたいのか? 大体お前ら、後から来て地図を寄越せだの下に連れてけだの、図々しいんだよ!」

「それを言ったのは我々ではない。そんな連中と、我々は違う、つもりだ」


 顔を赤くした冒険者がそう言うと、向かい合っていた歳若い騎士も声に不快を露わにした。

 表情は解らない。こちらに背を向けているし、バイザーを上げているだけだから。


「はっ! どうだかな!」

「何だと……?」


 こんな調子だ。見ていたわけじゃないからどっちの言っている事が正しいだとかは言えないが。今回は冒険者側の方が煽っているように見えるな。

 というか……地図に到達階層、ね。そんな事をやらかした奴らがいるのか。


「騎士団が派遣されている名目は騎士と兵士の訓練のため。だから、普通そういうのはやらないはず。多分そういう事をするとしたらグレッグの派閥。影響力が薄くなったから、後から息のかかった連中を迷宮に派遣したって聞いた」


 シーラがそんな風に補足してくれた。


「……で、グレッグ自身は飛竜隊として城にいるわけか」

「そうみたい」


 訓練は名目だ。薄々騎士団側の動きから迷宮に何かがあるとは思っていても、建前上はそういう事になっている。金の臭いがしそうと思えば、探る奴も出てくる、か。


 グレッグ派も、な。……地図にしても到達階層にしても、冒険者の苦労の結晶みたいなものだ。それを供出しろと言われたら、反感も買うだろう。

 冒険者は横の繋がりが強いからな。一部がそういう真似をすると全部がそういう目で見られるし悪評だってすぐに広まるというのは解るが。

 グレッグ達は影響力の低下に危機感を覚えているから功を焦っているのだろうが、それで冒険者の反感を買っているのでは――。ほんとに騎士団の評判を貶めてばかりだな、グレッグは。ただやはり、それを全体に当てはめるのはな。


「すみません、テオドールさん。少々お待ちを」

「……分かりました」


 ヒートアップしてきたのを見て取ったヘザーが出ていく。


「落ち着いてください。ここで揉め事は困ります」


 ヘザーは臆することなく仲裁に入っていった。こういう場面で尻込みするようでは冒険者ギルドの受付嬢など務まらない、といったところか。

 ヘザーはな……やや苦労人気質な所がある。

 仕事が多くて休みが取れないとかボヤいているのに、積極的に仕事をするし、卒なくこなす。だから上からも頼られて忙しくなるという感じ。


「じゃああんたはどうしろってんだ?」

「お互いの勘違いという事もあります。ここで白黒つけて禍根を残すより、今後の再発防止に努める方が――」


 ヘザーの言い分は……この場ではある程度正しいと思う。今回は双方の言い分だけを聞く限りではお互いへの印象で揉め事が起きてしまったような所があるからだ。

 どちらも印象で物を言っているのだから水掛け論になってしまうし、魔法審問を使うような重大事でもなければ、主観に依存しているので審問したところで結論が出るような話でもない。


「おい! お前、どっちの味方なんだ!?」


 ……俺はそんな風に思うのだが、冒険者側の1人はそうではなかったらしい。

 寧ろヘザーが味方をしてくれるものと期待していたような表情を浮かべていたのに、逆に彼女の言葉に激昂して途中でセリフを遮ると、掴みかかりそうな勢いで彼女に向かっていく。


 ここはヘザーを助けておく場面だろう。何だかんだで、ギルドの中では一番付き合いが長い。俺達の便宜を図ってくれるし、こっちに来てから彼女がずっと担当してくれているからな。

 冒険者の視界に入る所まで一足飛びに移動し一瞥をする。と、目論見通り冒険者の注意を引けたのか、顔を顰めてこちらを見てきた。


「……魔人殺し。てめえ新顔のくせに随分態度がでかいじゃねえか。先輩の顔は立てておくもんだと思うんだがな?」

「……なら、その場で先に調査訓練をしていた騎士団を立てるべきでは?」


 どっちが先かに拘るかという話をするなら、そういう事だ。迷宮はこの男の私物ではないし、俺としてはこんな男を先輩として仰いで、世話になる気もない。


「なんだと?」

「おい、ジャスパー。その辺に……」

「うるせえ! 相手が魔人殺しだからってビビってんのか!?」


 ジャスパーと呼ばれた男は振り払うように手を振って口から泡を飛ばす。

 興奮して仲間にも咬み付く始末だ。こいつの場合、理屈よりも迷宮に先んじているのは自分達冒険者だからとか、そういう縄張り意識や面子で動いているところがありそうだ。


「……いや。済まない。確かに、そういう不始末があったとは聞き及んでいるのだ。その連中は注意を受けている。誤解させるような言動があった事は謝罪しよう」


 騎士は今まで兜のバイザーを上げていただけだったが、今度は兜を外して頭を下げた。

 先程までこちらに背を向けていたから解らなかったが女騎士のようだ。

 声がややハスキーがかった作った声だし背も高いしで、兜にサーコートという出で立ちだと分かりにくい。


「今更遅えんだよ!」

「ジャスパー!」

「るっせえな!」


 仲間に強い口調で諭されると、周囲を睥睨し――味方がいない事を察したのか、ジャスパーは舌打ちしてドスドスと足音も荒く、その場を離れていった。

 

「……助かりました、テオドールさん」

「いえ。ヘザーさんには普段から世話になっていますので。」

「そう言っていただけると。はぁぁ」


 ヘザーは調停が上手くいかなかったからか、やや消沈している様子だ。こういうトラブル解決も自分の仕事と思っているのだろう。


「……騒ぎを起こしてしまって申し訳なかった。迷宮は慣れなくて、少々余裕がなくなっていたのだ。私はメルセディア=コーベットという者だ」


 騎士メルセディアは、冒険者達に頭を下げる。


「……いや、俺達も悪かった。確かに、他の連中と一緒くたに見てたところがあるのは認めるよ」


 残された冒険者グループはメルセディアに謝意を伝えて去っていった。まあ、ジャスパー以外は納得したようだが。

 事と次第によっては、冒険者グループからジャスパーは離脱するかもしれない。そういう所にまで、俺は責任を感じないがヘザーはそうではないようで。


「君達も、割って入らせるような手間をかけさせてしまって済まなかった。私が言えた事でもないのかも知れないが、騎士団には問題提起して再発防止策を講じておく」

「それは助かりますが。あのジャスパーという男はそういう理詰めより面子だとか、そういう事で怒っていたのでしょう? 騎士団側も、騎士団の問題と言うより、グレッグ派が問題なのでは?」

「……いや、それはまあ、そうかも知れないが」


 俺が言うと、メルセディアは困ったように頭を掻いた。……宮仕えの彼女には答えにくいだろうなぁ。

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