46 竜杖ウロボロス
近衛騎士と、宝物庫の管理人に案内されて王の塔にある宝物庫に向かう。
内部は相当広いが、流石に王城内部の宝物庫だけあって、雑然と物が置かれているなどという事は無く、種類ごとに整頓が行き届いているし、きっちり目録も作られて管理されているらしい。
「こちらが魔法杖の置いてある棚ですね」
「ありがとうございます」
管理人の案内に従って魔法杖が置いてあるという一角まで来てみる。棚にずらりと陳列されている希少な魔法杖というのは……王城の宝物庫でもなければ、BFO廃プレイヤーのアイテムボックスでしか見られないだろう。実際かなり圧巻な光景ではある。
杖そのものは大量にあるが――俺の指定する条件で絞り込みをしていくと、一気に候補が減ってくるのが困りものだ。
まず長杖でなければならないし、手で持つ部分の装飾はあまり過多でも困る。先端部の装飾は――まあ、そこまで問題にはならない。細やかな装飾がなされていても、魔力さえ通しておけば打撃で壊れたりはしないだろうから。あるとしたら……循環魔力に耐えきれずに自壊する方だ。
一通り見て回ってみたが、結局候補として残ったのは4本だけだった。
まず1本目。女神像の胸像をあしらった木の杖である。軽いので取り回しは悪くないが。
次の候補は髑髏の意匠をあしらった、骨をモチーフにしたもの。これも使いやすそうだが、こんなデザインのを持っていると人の目が気になるところではある。
3本目――3本目は白銀色の材質で作られた杖である。先端部に青白い宝石がついている。杖には巻き付いた竜があしらってあり、青白い宝石は竜の頭から角のように飛び出している――というデザインだ。
最後のものは金色の杖で……先端に花の蕾のような装飾が付いているという物だ。
さて、いずれもBFOでは見た事の無い杖である。さすが王城の宝物庫と言える。
候補はこれだけ残ったが、あくまで前提条件のみで抜き出すとこの4本、という事になる。実際に魔力を通してみて感触を見てみない事には、まだ何とも言えない。
「魔力を通してみても?」
「どうぞ」
許可を貰ったところで女神の杖に魔力を通してみる……と、周囲の精霊が顕現して俺の周囲を舞っていった。これは、下級の精霊を隷属させられる杖か。無難と言うか……まあ悪くない。せっかく4本もあるのだから一応全部見てみるが。
髑髏杖は……軽く魔力を込めると歯をガチガチと鳴らし出した。……うん。駄目だな。他にもギミックはあるのかも知れないが、これを持ち歩くのはちょっと、という感じだ。
では竜の杖は? 手にした感じは――他の物よりかなり重い。
魔力を込めてみると、異様な反応があった。普通に魔力を通したはずなのに、循環状態のような反応というか。……これ、間違いなく循環を前提にした杖……だよな?
「……ふむ」
一度魔力を切り、循環状態で魔力を通す。
途端、低く唸るような音とともに杖が魔力を増幅していくのが解る。先端の宝玉が魔力を溜め込んで輝きを増していく。これなら――俺の使用にも耐えるかも知れない。
「これの来歴を聞いても?」
「竜杖ウロボロスというそうですが。かなり昔、冒険者の手によって迷宮から持ち帰られて、王城に献上された品だそうです」
「ウロボロス、ね」
なるほど。絡みついた竜が口の端に自らの尾を咥えているのが確認できる。こうやって尻尾を咥えてる蛇や竜を指してウロボロスというらしいが……。中々面白い品だ。
俺の心はもう大体決まっていたが、一応最後の杖を確かめてからだ。
魔力を込めると花の蕾が開く。ここまでは別に良かったが、その後が良くなかった。中央にある球体がぎょろりと瞳を開いたからだ。
……魔眼の杖、か。こっちのギミックに力を割いているからか、魔力の増幅も今一つのようだ。
「こっちはやめて……これにします」
「解りました。陛下にはそのように報告しておきます。下賜された品については王家の方から喧伝して回るかも知れませんが、ご了承ください」
「いいですよ」
王家が出した恩賞については、詳らかにする事で王家の度量を示せるわけだし。功罪に対して信賞必罰の方針を明確にすれば、下で働く者達のモチベーションを上げ、規範を保てるというわけだ。
「お決まりになりましたか」
「ああ、この杖にしたよ」
宝物庫の外で待っていたグレイスとアシュレイに見せたのは、やはり竜杖ウロボロスだ。
まあ、一番しっくりきたのがこの竜杖だ。用途も重量も長さも、申し分ない。
性能で言うなら次点は女神の杖だが……俺が持つにはちょっとデザインや重量に不満が、という感じだ。骸骨と花は何やら呪われていそうなデザインなのでパス。
「それでは、馬車までお送りします」
と、笑みを浮かべる近衛騎士に見送られて馬車に乗り込み、俺達は王城を後にした。
「おかえり。無事で何より」
家の前まで戻ってくると、シーラが出迎えてくれた。俺達の帰りを待っていたらしい。
「ずっとここで待ってたんですか?」
「留守にしている時に騎士団の手の者が来ないとも限らない。一応、話の顛末を聞くまでは警戒中」
「まあ……中でお茶でも飲んでいってください」
「ありがとう」
シーラを家の中に通し、お茶を飲みながら今日の出来事を話して聞かせる。アシュレイは王城でやや緊張していたのか、お茶を飲んで一息吐くと、安堵の表情を浮かべている。
「――という訳で、今後グレッグ一派が周囲をうろつくようなら、また改めてという感じでしょうか」
カドケウスに夜間警備を続けさせ、警戒網に引っかかった相手の人相をシーラに見せて調査させる、という形にすれば、ほとんどの場合は相手の特定ができるだろう。
「解った。私はこのまま、継続してテオドールの手伝いをしていていい?」
「それは構いませんが」
シーラとしては俺の側にいる事が保険になるわけだしな。イルムヒルトの立場は依然として宙に浮いたままで、盗賊ギルド所属のシーラとしては、公権力からはイルムヒルトを守りにくいという部分は変わらない。
「しかし友人のためとは言え。随分熱心ですね」
グレイスに尋ねられると、シーラは苦笑した。
「ずっと一緒に、姉妹みたいに助け合って育ったから。あの子が生きるために冒険者になると決めたから、私は盗賊ギルドに身を寄せた」
「……それはまた、どうして?」
「情報があれば、危険を早く察知してあの子を逃がせるし匿える。生きるための技術も手に入る。一石二鳥」
イルムヒルトがラミアだから、か。まあ……大切に思う人のためという理由は解らないでもない。グレイスも思う所があるらしく、小さく頷いていた。
イルムヒルトはまだ迷宮に潜る実力がないからと、最近まで都市外部で狩りなどをして冒険者稼業をしていたらしい。自信が付いてきたところで迷宮に行ったらスネークバイトなどに引っかかってしまったわけだ。
シーラとしても、イルムヒルトがまだ迷宮に向かわないならと、安心して技術習得に励めた部分はあるだろう。
盗賊ギルドは構成員に技術を教える代わりに、その技術を使って得た利益の一部を上納金として集めているというシステムである。盗みに入ろうが、スリをやろうが。或いは開錠などの技術を活かして冒険者として活躍しても、それは同じだ。
「ところで、イルムヒルトさんは何ができる人なんです?」
「あの子は、弓矢の扱いが上手い。私みたいに鼻や耳が良いわけでもないのに、茂みの中の動物の位置が正確に解ったりする。他にもラミアとしての能力があるけど、普段は人の姿をしているからあまり見た事が無い」
視覚は勿論、聴覚、嗅覚にも頼らない狩り、か。
……ピット器官というか、熱感知ができるのかな?
「もし――イルムヒルトが自由になったら、一緒に迷宮に潜るという事はできない?」
「シーラさんは、彼女の故郷を探してあげたいわけですか?」
尋ねるとシーラは瞑目した。
「……下層に降りる実力が足りないのは承知しているから、あの子もそういう無茶は言わないと思う。私もそんな事を頼むつもりは無い」
それでも力を付けられればいつか、その機会もあるかも知れない、か。
「それはイルムヒルトさんの実力を見て、ですかね。今の時点でお約束はできません」
「ん、考えてもらえるだけでも十分。明日からはどうする予定?」
「普通に迷宮に潜るつもりですが」
ウロボロスの試運転もあるが、明日のとりあえずの目標は地下20階――宵闇の森へ抜けるための分岐点である祠への到達である。
地下20階には様々な区画に分岐している祠があるフロアなのだ。迷宮の構造が変化しても祠と、そこから繋がる道は固定となっている。
「まあ、それはそれとして。イルムヒルトさんがいずれ放免になったら……その時はお祝いに一緒に海にでも遊びに行きますか?」
「海?」
「釣りと潮干狩りですかね。貝の磯焼きとか美味しいですよ?」
海水浴は……どうだろう?
グレイスは内陸で育ったし、アシュレイは泳ぎなんて知らないだろう。シーラは海に遊びに行くと聞いて、あまりぴんと来ない様子だ。
まあ、水に慣れておくと言うのは迷宮探索で役に立たないわけでもないし……水中呼吸や水上歩行の魔法を使った訓練、なんてのも有りか。訓練の名目を借りた遊びだけどな。




