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180 娼館へ

「――というわけで、西区の娼館に行ってこようと思うんだけど……」


 和室の座卓を囲んでグレイス達に行先を告げる。

 何と言うか、妙に緊張するな。別に後ろめたいことはないのだが場所が場所だし。

 話を聞きに行くだけだし、俺の年齢も年齢だから問題はないだろうが。


「この顔触れで西区を連れ立って歩くと、まず絡まれる。みんなは同行しないほうが良い」


 シーラが言う。まあ……そうだろうな。話し合いに行くわけだしトラブルは回避するに越したことはない。


「分かりました。西区ですから道中お気をつけください」


 グレイスは静かに頷く。視線が合うと笑みを向けられた。

 婚約者が4人もいる俺である。女性関係に関してはもう少し色々言われるかと思ったが。


「大丈夫よ」


 俺の表情から何かを読み取ったのか、クラウディアがくすりと笑う。信頼しているということなのだろうが……。うん。釘を刺されるよりも気が引き締まるな。

 クラウディアだけでなく、アシュレイも笑みを向けてくる。何というか……やや気恥ずかしいような気持ちになって頬を掻く。マルレーンは娼館が何かよく解っていない印象だが。


「いつお出かけですか?」

「ミリアムさんが家に来ることになっているから。その時デクスターについての話をしてからかな」

「東区に店舗を構えるのですよね」

「って言ってたよ。ただ……デクスターはミリアムさんの動向を、ある程度調べている可能性がある。状況が落ち着くまで店舗側も多少警備をしておく必要があると思う」


 表立った商売の邪魔をしないまでも……例えば石を投げ込んだり火付けをしたり、その程度のことはやらかす可能性がある。


「なら、私とラヴィーネが警備に当たります」

「私も一緒に行くわ」


 アシュレイとイルムヒルトか。防御と索敵に関しては、どちらも問題ないな。


「お2人にカドケウスを付けてあげてください。私は解放状態で大人しくしていますので」


 グレイスが言う。そうなると、家での待機組がグレイス、マルレーン、クラウディアにセラフィナ。それにセシリアとミハエラだ。

 俺の家に盗賊ギルド絡みの連中が正面切って突入してくるというのは考えにくいが……迷宮村の住人もいるし、防御面は疎かにすべきではないな。


「分かった。何かあったら通信機で連絡を取るように」




「明日は別行動することになりそうだし……今日はゆっくり過ごそうか」

「はい」


 あー……。みんなが信頼してくれるのとは別として。

 行く場所が場所だけに、一緒にいる時間を長めに取っておこうと思うのだ。その方が、みんなも安心してくれると思うし。


 そんなわけで風呂から上がったら早めに寝室に移動して、寄り添って過ごすことにした。肩に小首を傾げるようにグレイスとクラウディアが身体を預け、アシュレイとマルレーンは寝そべるようにして俺の胸や腿に頬を当ててくる。

 髪を指で梳くと、鼻孔を柔らかな香りがくすぐる。流れていくような髪の感触が素晴らしい。


 そのまま循環錬気を行う。多人数で循環錬気を行うと、何というか全体で暖かなものに包まれている感じがして心地が良かったりするのだ。心無しか、効果も高くなっている気がする。


「……暖かいです」


 グレイスが目を閉じて言う。マルレーンが指を伸ばしてきて、俺の前髪のあたりをそっと撫でてくる。

 そのまま、俺も目を閉じる。柔らかな感触と香り。体温と鼓動。みんなの魔力の流れ。ぬるま湯の中に溶けて漂うような浮遊感。そんな暖かくて心地の良い時間の中で、俺達は眠りに落ちていった。




 ――明けて一日。ミリアムが店舗を探してくると言っていた期日である。


「旦那様、ミリアム様がいらっしゃいました」


 食後のお茶を飲んでゆっくりしていると、セシリアがミリアムの来訪を知らせてくれた。

 洋館1階に、新しく作った応接室へと向かう。


「これは大使様」

「こんにちは、ミリアムさん」


 テーブルに着くと、メイド服に身を包んだアルケニーのクレアがティーセットを運んできてお茶を注いでくれる。


「ありがとう」

「はい」


 礼儀作法に則り、笑みを浮かべて一礼して部屋を退出していった。

 手順にややぎこちないところもあったが、大きな問題はないだろう。今後もこうやって来客の応対をすることもあるだろうが、ミリアムは最初のお客として非常に良い相手だな。アルケニーの使用人というのが珍しかったらしく、嬉しそうな表情を浮かべていたからだ。


「店舗の場所は決まりましたか?」

「はい。こちらが住所になります」


 ミリアムは上機嫌な様子で住所を書いた紙を渡してくる。


「通りを挟んで1つ向こうですか。目と鼻の先ですね」

「そうですね。中々良い立地だと思います。……そういえば、このお屋敷も魔法建築であるらしいとお話を伺いましたが」

「ええ。何か変じゃないですか?」

「いいえ。建築様式は独特ですが、落ち着いていて格調高いように感じられます。魔法建築は以前、別の物を見たことがあるのですが、一見してそうであると分かってしまうのです。壁などに継ぎ目が出たりするのですが……」


 ミリアムは部屋の中を見回し、感嘆の声を漏らす。


「素晴らしいですね、このお屋敷は。いや、感服します。そういった継ぎ目や不自然さが見えません」


 なるほど。制御が甘かったり魔力が足りないと一気に形成とはいかなくなるから、一部分を作ってから延長という手順が必要になったりする。そういうものが継ぎ目となって出てしまったりするのだろう。ミリアムの観察眼や経験というのはかなりのもののようだ。


「ありがとうございます」


 目を輝かせているミリアムに苦笑する。本当に珍しい物が好きなんだな。


「無事に開店したら、宴会でも開きましょうか。宣伝にもなりますから」

「それは助かります」

「その時は是非泊まっていってください」

「はい! 是非!」


 というと、ミリアムはますます嬉しそうな表情になった。今日案内してやりたいところなのだが、まだ問題が片付いていないからな。


「今家の中を案内しても良かったのですが、生憎この後用事がありまして」


 表情と声色を変えると、ミリアムもそれを察したらしい。真剣な表情になって居住まいを正す。


「デクスターの件で気になることが出てきまして。単刀直入に言うと、デクスターが盗賊ギルド構成員で、貿易商人と言っているその実、奴隷商なのでないかと疑いを持っているのです」

「それは……有り得ない話ではありませんが」


 ミリアムは表情を曇らせる。デクスターの肩書きなどを思い出したのかも知れない。


「盗賊ギルドはどうも内紛が起きているようで……簡単に言うと道理を通そうとする旧来の派閥と、そういったものを軽視する派閥に分かれているようなのです」

「デクスターがそうであるなら……道理などは邪魔だと感じるでしょうね」


 そのへんの見解は一致するな。


「僕もそう見ています。異界大使の仕事はあまり知られてはいませんが友好的な魔物との橋渡し役も担っているもので。貿易商を名乗る盗賊ギルド構成員の羽振りが良いなどと聞かされては、これはある程度調べる必要も出てくるのです」

「なるほど……。その話を私にするということは――デクスターの話を聞きたいと?」

「そうですね。盗賊ギルドの内紛について詳しい話を聞きに、西区へ行く予定なのですが、ミリアムさんにも彼のことを聞ければと」


 俺の言葉に、ミリアムは頷いた。


「といっても、私はあの男のことをよく知りません。あまり関わり合いになりたくなかったので」

「分かります」


 そんな風に返答して苦笑し合う。


「ですが、急に羽振りが良くなったのは……そうですね。行商から帰ってくる時に、植物の苗を見せてきて、これで一山当てるのだとか……大きなことを言っていたのを覚えていますよ」

「植物の苗……何のでしょうか?」

「見たことのない苗でした。それにその後、少し……喧嘩になってしまって、詳しい内容までは聞いていないのです」


 ミリアムの言い方はかなりオブラートに包んでいるな。ともかく、金になりそうなネタを掴んだデクスターが、気を大きくしてミリアムに言い寄ったが投げ飛ばされたという経緯に繋がるのだろう。


「ですが、色や形など、特徴などはよく覚えています。紙があれば描けると思いますが」

「それは助かります」


 植物の苗か。ミリアムが知らないとなると相当珍しい物なんだとは思うが。あー。……そういうのは餅は餅屋だな。聞くべき相手に心当たりがある。後で王城に行こう。


 ミリアムに紙とペンを渡して苗を描いてもらう。出来上がりを見せてもらうと、かなり上手い絵であった。特徴なども箇条書きになっており、非常にわかりやすい。これだけの出来栄えなら……辿れるかな。


「……その。西区へ向かうのでしたら、私も同行してもいいでしょうか? 勿論、お仕事の邪魔にならないようにいたしますので」

「と言いますと?」

「大使様は魔術師でいらっしゃるし武術の研鑽も相当なものだとは思いますが、西区はそういう部分を理解できない面倒な手合いも多いので、私のような者がいると面倒事を避けられるかと」

「それは……構いませんが」


 要するに護衛役になってくれると。確かに……。ミリアムの性格はともかく、見た目は結構歴戦な感じがするからな。

 別行動を取ってミリアム1人の時に攻撃されるのもなんだし、この際一緒に行動しよう。




 そんなわけで、あまり目立たないようにと服も貴族風でなく、わざわざ着替えて出かけることになった。同道するのはシーラとミリアム。馬車は使わず徒歩だ。

 向かった先は西区の娼館が立ち並ぶ通りである。宿の2階の窓の手摺に頬杖を突いて、気怠げにしている娼婦達などは、このあたりでしか見られない風景ではあるか。


 と言ってもまだ陽も高いのでそれほど大きな問題は無かった。

 シーラはフードで顔を隠していて如何にも西区慣れしていそうな雰囲気だし、ミリアムはミリアムで商人というより傭兵といった風情だからだ。

 酔っ払いが口笛を吹いたりもあったが、ミリアムが腰の鞭に手を伸ばして鋭い眼光を送ると、首を竦めて引っ込んでしまう。


 ……分かりやすい示威というのは、こういう場面では必要だな。鞭みたいな武器を伊達や酔狂で持ち歩く奴はいない。熟練しているだろうし当たれば酷いことになると一目で分かる。


「あの娼館」


 シーラが示したのは、娼館の中でも一際立派な建物だった。そこいらの安宿などではなく、高級娼館といった風情である。

 娼館の扉を潜り、店内に足を踏み入れる。

 豪奢なソファの上で寝そべる着飾った女達の、好奇の視線がこちらに突き刺さる。確かに……俺達は普通の客とは違うだろう。

 案の定内装も立派な物だった。華美でありながら頽廃的。そんな印象だ。


「当館に何の御用でしょうか?」


 女子供という編成では、客であるか判断が付かなかったのだろう。ドレスを纏った受付らしい少女が尋ねてくる。


「イザベラと話がしたい。シーラが来たと伝えてほしい」


 フードを取ってシーラが答える。


「イザベラ様に……?」

「知り合い」

「……分かりました。少々お待ちを」


 受付の少女は階段を登って2階の奥へと向かう。急いでいても優雅さを崩さない、というのが徹底されているようだ。

 ややあって、ワインレッドのドレスを身に纏った細身の女が2階から降りてくる。

 娼館に溶け込んではいるが……他の者達とは毛色が違うな。


「おやおや。久しぶりさねぇ、シーラ」


 女は煙管片手にそう言って、楽しそうに笑った。

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