129 驕りと弱味
いつも拙作をお読みいただきありがとうございます。
11日午前2:30頃『128 薬と香と』にて、
マルコムとの会話までの流れを若干改稿してあります。話の大筋、展開には変わりがありません。
「テオドール様。弟のノーマン=ブロデリックです。ノーマン。こちらのお方はテオドール=ガートナー様。陛下の直臣、異界大使殿であらせられる」
「これはこれは」
マルコムが互いを紹介すると、ノーマンは笑みを浮かべながら両手を広げるようにして近付いてくる。
「ノーマン=ブロデリックと申します。ブロデリック侯爵家の者です。以後お見知りおきを」
と、芝居がかった大仰な一礼をする。
「テオドール=ガートナーです」
「ガートナーと仰いますと……伯爵家の方でしょうか?」
「ヘンリー伯爵は僕の父です。僕は嫡子ではなく、庶子ですが」
そう答えると、ノーマンは一瞬だけ笑みを消して眉を動かした。だが、俺が王の直臣という事を思い出したのか、また愛想笑いを浮かべる。
「なるほど、そうでしたか。実は王城には招待状を届けに来ておりまして」
ノーマンは近くにいた自分の従者らしき人物を招き寄せると、その従者から封筒を受け取りそれを俺に差し出してくる。
「後日、侯爵家にて宴席を設けます。テオドール様にも御臨席頂けましたら光栄です」
うわぁ……。本当にマルコムの予想通り過ぎて頭が痛いんだが。
「……招待状を拝見してから返事をさせていただきます」
「ええ。盛大に行う予定ですので是非」
無難な返事をしておく。俺を招待するだとか……。この反応からすると、侯爵が俺に借金を申し込んで断られたという話は聞かされていないようだな。ブロデリック侯爵からしてみれば下位貴族の家の庶子に断られた話なんて、息子には聞かせなくて当然なのかも知れないが。
……侯爵領に探りを入れている父さんの話からすると、領地はやはり、あまり賑わっていないそうだ。農地開拓は上手くいっていないし、鉱山は低調なままという話である。
マルコムは表情を曇らせると、胃の辺りに手をやる。また胃にダメージが来ているのだろうか。せめて俺かマルコムの、どちらかがいない場だったらもう少しマシだったのかも知れないが。
「おや、兄上。顔色が優れないな」
「……問題はないよ。よく効く薬を手に入れてね」
「そうかね」
ノーマンはその言葉を、鼻で笑った。大体その原因はノーマンと侯爵だろう、とは思うのだが。ノーマンは悪いとも思っていないのか、薄笑みを浮かべている。
ノーマンがマルコムに向ける笑みは、俺に向ける愛想笑いとは大分種類が違う。兄の体調不良を喜んでいる。……いや、それとも些か違う気がするな。
ああ。分かった。宴席の招待状を届けに次男がわざわざやってきたというのは……何のためかと思ったが、つまりは挨拶回りか。
恐らくは宴席で家督をノーマンに譲る旨を発表するつもりなのだろう。次の侯爵家当主としての顔見せの意味合いもあるだろうし、小粒ばかりになっている招待客の顔触れをどうにかするために、自ら招待状を届けに来る事でできる限り大物に列席してもらおうという狙いもあるかも知れない。
マルコムに対してこの態度というのは――余程の確信があっての事なのだろう。父親の急場を凌ぐ代わりに、家督の相続を確約させた、というところか。
「……それにしてもこの時期に宴席とは珍しいですね。何かおめでたい事でもあったのですか?」
俺が尋ねると、ノーマンは嬉々とした表情を浮かべた。
「そうなのですよ。侯爵家にとっての新しい門出の日、と申しますか」
マルコムの方に横目をやりながらノーマンは言う。口元には嘲るような笑い。
やはり、家督に関する事か。そしてこの思わせぶりな口の軽さ。要するに……ノーマンは兄に対して、勝ち誇りたくて仕方ないのだ。
父親から確約を引き出し有頂天になって油断しているといった風情。兄に対して勝ったと思っているのだろう。
ここは少し探りを入れておくか。もし徴発であったら早めに動いた方がいいのは確かだし。
一瞬だけマルコムに視線を送ってから、ノーマンに話しかける。
「……なるほど。王城に出向いてノーマン卿が自ら招待状を届けるとは。さぞ盛大な席になるのでしょうね」
「それはもう。陛下の直臣であらせられるテオドール様にも、きっと満足していただけるものと」
「そこまで持ち上げていただけると恐縮ですが、僕などはそれほど大したものではありませんよ。迷宮絡みの新しい役職ですので、名誉職に近い所があるのです」
実際、王宮にあまり顔を出さないし、自分の守備範囲外では大した権限もないしな。
謙遜するようにそれを明かして、直臣であるからと仲良くしても大した見返りがない、期待に応えられないというような事を暗に言っておく。
「いやいや。その若さで新しい役職というのは、相当な功績がおありなのでしょう?」
「どうでしょうかね。高く評価していただけるのは嬉しいのですが、最近は工房で物作りをしたり迷宮でその試験をしたりというのが多いので、王宮でそれがどう評判になっているかはあまり知らないのです」
「ああ、そういう事でしたか。お若いとは思いましたが」
ノーマンは納得した、とばかりに頷いた。
どうやら警戒度は多少下がったようだ。ノーマンは地方にいた。タームウィルズに来て日が浅く、父親の事後処理に追われていたはずだ。そして、異界大使と魔人殺しの実情については伏せられている。
「それより侯爵家こそ羽振りが良さそうで結構な事ですね。侯爵のお屋敷も、社交場として知られておりますからね。ところで――ブロデリック侯爵領と言えば、鉱山が有名でしたよね」
「え? あ、ああ。そうですねぇ。先祖代々自慢の鉱山です」
一瞬ノーマンの目が泳いで、そんな事を口にした。この反応。やはり何かあるな。
「そうですか。侯爵のお屋敷は冬の間ずっと賑わっておいでのようでしたし、さぞかし収益を上げておいでなのでしょう」
「は、はは。そうなのですよ。最近では農地経営も軌道に乗っておりましてな。侯爵家の前途は安泰というわけなのです」
と、ノーマンは言った。マルコムは話の流れに目を丸くしている。反応から探りを入れるつもりではいたが……ノーマンがここまではっきりした事を口走るとは思っていなかった。
そうか……。ノーマンはマルコムの手前、今この時は弱味を見せるわけにはいかないのか。まだ結果が出ていないのに勝ち誇ってみせた以上、実情はともかく、この場では余裕を装うしかないわけだ。
侯爵も自身の恥をノーマンに伏せているから……ノーマンは宴席を設けられる事そのものを俺に最初から不審がられているのを予想していないわけだ。
また……何と言うか。
マルコムは侯爵領の事情にある程度明るい。今は関わりを持たせてもらえないから、確かに現在の実情を知らない。だが、鉱山が低調である事は知っている。侯爵家が羽振りの良い理由として、兄の前では農地開拓が上手くいっていると、形だけでも主張しなければならない。
そうでなければ……不審に思ったマルコム本人から、後継に物言いが付きかねないからだ。
無論言うまでも無くノーマンに後ろ暗い所がなければ、今のは何ら問題がない会話ではある。それだけに狼狽を隠せなかったのは致命的であっただろう。
「おお、テオドールか」
――そして。そこに現れたのは……護衛の騎士を連れたメルヴィン王であった。
「これは陛下」
俺とマルコムは臣下の礼を取り、一瞬遅れてノーマンが礼を取る。ノーマンの額には冷たい汗。先ほどまでの余裕はどこへやら。
「よい。楽に致せ。気分転換がてらに庭園を散歩しておったのだが、テオドールが面会のために迎賓館で待っていると聞いてな。天気も良いので少々足を延ばしたのだ」
と、メルヴィン王は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に目配せしてくる。
ああ。ノーマンが招待状を届けに王城を訪れていると報告を受けていたわけだ。
メルヴィン王も人が悪いというか。今の話を近くで聞いていた可能性があるな。今の登場はさすがにタイミングが良すぎる。
「そちは、ブロデリック侯爵家の子息であったか?」
「ノ、ノーマン=ブロデリックと申します」
「ふむ。先ほどのそち達の話が少々聞こえてきたのだが。農地開拓は順調なようであるな? 鉱山からの移行が滞りなく進んでいるようで、余は嬉しく思うぞ」
「……せ、精一杯の努力をしている次第です」
裏返ったような声でノーマンは言うが――続くメルヴィン王の言葉で、完全に色を失った。
「そうであろうな。ついては――今後の収穫の見積もりを出したいのだ。ブロデリック侯爵領に、役人を視察に遣わすが構わんな?」




