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96 凱旋と報告

「ただいま……っと」


 俺達が神殿に戻ってくると、マルレーンが懐に飛び込んできた。受け止めると、顔を上げて嬉しそうな表情を浮かべて、それから胸に顔を埋めてくる。

 迷宮入口の石碑の前で、祈りを捧げていたという事か。

 確かに魔人が攻めてきた際、追い詰められて逃げ込むなら迷宮の中……とは打ち合わせてあったからな。ここで祈りを捧げるのも合理的なのかも知れない。マルレーンの護衛についていたのだろう。メルセディアが苦笑している。


 石碑から飛び込んで迷宮に逃げ込めば、相手はどこに行ったか特定できない。難を逃れた後は、打ち合わせた場所で合流するという形を取れば良いのだ。


「無事で何よりだ」


 マルレーンの髪を撫でていると、騎士団長ミルドレッドとギルド副長オズワルド……それからもう1人が近付いてきた。耳が尖っている。……エルフの女性だ。

 会うのは初めてだが……。タームウィルズ冒険者ギルドの……ギルド長アウリアではないだろうか。


 元々高名な冒険者らしい。容貌もエルフのイメージから思い描く通りだ。それ故、冒険者の間からは人気が高い。

 無茶をしがちなオズワルドに対して慎重なスタンスなので、バランスが取れているとか。

 色々な異種族が集まるタームウィルズの冒険者ギルドのトップとしてはうってつけの人物なのかも知れない。というか、それを狙っての人選なのだろうが。


「首尾はこの通りです。攻めてきた魔人は撃退しました」


 宝珠を見せると、ミルドレッドが一瞬目を丸くしてから頷く。


「そちらは大使殿から直接陛下にお渡しするのがよろしかろう」


 まあ……それが俺の仕事だしな。

 受け渡しは他人に任せるべきではあるまい。


「凄まじいほどの精霊の力を溜め込んでおるな」


 アウリアが腕組みをしながら言う。

 見た目はともかく、口調は結構威厳がある。エルフだけに長命だからだろうが。


「ああ。自己紹介が遅れたな。私はギルド長のアウリアだ」


 と、自己紹介してくる。


「はじめまして。テオドール=ガートナーと申します」

「よろしく頼むぞ。リサの息子よ」


 頷くと、アウリアはそんな事を言った。


「母をご存じなのですか?」

「うむ。昔話に花を咲かせる事になってしまうから、またいずれゆっくりとな」


 アウリアが快活に笑う。ロゼッタの話では母さんもタームウィルズで冒険者をしていた時代があったみたいだからな。冒険者ギルドに知己がいてもおかしくはないが……ギルド長が知り合いとは。

 だがまあ、確かに今は個人的な話より、魔人や宝珠について話をしておくべきだろう。


「分かりました。迷宮の外で、何か変わった事はありませんでしたか? 魔人が何か仕掛けているかも知れません」

「む……」


 ミルドレッドの表情に緊張が走る。


「敵の人相については、後ほどお伝えします。それを基にどこかで目撃されていないか調べていただければ、何かしら掴めるのではないかと」

「こちらでは特に何も起きてはいないが……そうだな。そういう事ならば徹底的に調査させよう」


 ミルドレッドが頷く。ルセリアージュの容貌はカドケウスが覚えているからな。カドケウスに再現させて土魔法で型を取るなどすれば、胸像めいたものは作れるだろう。


「ご無事で何よりです」


 やってきたペネロープが頭を下げてくる。


「いえ」


 今回の一件ではもう1つ気になっている事がある。……ペネロープに聞けば、何か解るだろうか?


「ペネロープさん。その、女神シュアスの容貌についてお聞きしてもいいでしょうか?」

「シュアス様のですか?」

「そうです。祭壇の女神像では解らない、髪の色や瞳の色について、ですかね」


 シュアスについては性格的な所は語られるが、その細かな容貌については語られない。その姿について語るなら、神殿の祭壇にある女神像とイコールで結び付けられてしまう。

 ……要するに俺は、迷宮管理側が月の女神シュアスに何か関係があるんじゃないかと疑っているわけである。


 月の動きは迷宮にも関わりが深いし。月神殿は後付けで建てられたという話だが……それは最初からシュアスが関わっていたからだとしたら?


「シュアス様は月の満ち欠けの如く。人前に無闇に姿を見せる事をお嫌いになると伝え聞いております。具体的なお姿については諸説あってはっきりした事は言えないのですが……大変お美しい、妙齢の女性の姿をしておいでという話ですよ」


 ペネロープはシュアスの事に話が及んだからか、どこか嬉しそうな笑みを見せた。

 ふむ。さすがにクラウディア自身がシュアスという線はないのか、な? 見た目だけで言うなら、クラウディアは俺と似たような年頃だった。

 それに何やら行動に制約があったようだしな。だから例えば……クラウディアがシュアスの使いだとか眷属だとか。そういう可能性は有り得るのではないかと思う。


「長い髪をお持ちであるのは間違いないようですね。月神殿の巫女達もそれにあやかる者達が多いのです。月の輝きのような美しさであると伝えられております」


 ……月の輝き。また曖昧な表現だが。あの金色の瞳を、月の輝きと言っていいのだろうか?


「分かりました。ありがとうございます」

「いえ。いつでも聞いてくださいませ」


 ペネロープに頭を下げる。

 さて。この後王城に宝珠を届けてメルヴィン王に報告しなければならないだろう。




「――舞剣のルセリアージュと……そう言ったのか」


 かなり夜も更けていたので皆には先に家に帰ってもらい、俺は王城に向かった。

 メルヴィン王は戦装束をまとい、王の塔で俺達の帰還を待っていたらしい。

 宝珠を預け、今回の顛末について報告していると、魔人の名前の所でメルヴィン王は引っ掛かりを覚えたらしい。


「ご存じなんですか? 金色の剣を飛ばしてくる女の魔人なんですが」

「うむ。歴史書でその名が出てくるぞ。炎熱といい舞剣といい……大物ばかりが飛び出してくるな。全く……我が国もとんでもない相手に目をつけられたものだ」


 メルヴィン王は額に手をやって渋面を作る。俺が手柄のために虚偽の報告をしているという考えは最初からないらしい。

 魔人が裏で何かやっていた事、ミルドレッドに話をした事なども伝えておく。


「それともう1つ。前にも報告した、黒髪の少女なのですが」

「うむ」

「精霊殿で少し話をしました。名前と容姿しか分からず、後は多分に僕の推測になってしまうのですが」

「聞かせてもらおう」


 メルヴィン王は身を乗り出して来る。先程のペネロープとの話も交え、クラウディアの話をする。


「……女神シュアス、か」

「根拠の薄い話ですがね。月の満ち欠けと迷宮の連動からこじつけただけです」

「いや。その少女については謎が多かったが、とっかかりとしては充分だろう。その線で調査させるのも面白い話ではあろうな」


 メルヴィン王は感心したように頷いていた。


「国守りの儀の手順の中に、そういった点について関連性が見られたりはしませんか?」

「いいや。あったら伝えておる。細かな事は明かせぬが、血筋に間違いがないと証明し、国をしかと治めていくと誓いを立てる。そういった内容であって、手順や詠唱その他の文言に、女神との関係は見られぬな」

「なるほど」


 ……儀式の中に女神を称える文言でもあれば決まりと思ったのだけれど。

 ま、現時点じゃ思い付きでしかないからな。まるで見当違いの可能性も十分にあるし。


「それから……今回の一件とはあまり関係が無いのですが」

「ふむ」

「もう少し後日の話になりますが、竜籠を貸していただきたく」

「ほう。それは構わんが。タームウィルズから出かけるという事かな?」

「ええ。母の命日が近いので」


 メルヴィン王の疑問ももっともなので、用件を端的に伝えると、真剣な面持ちで頷かれた。


「なるほど。それは確かに大事な用事ではあろうな。宝珠の一件は一先ず落ち着いた。報告を受けた事についてはこちらで手を回しておこう。竜籠は手配する故、遠慮せずに行ってくるとよい」

「ありがとうございます」


 報告すべき事はしたので、ルセリアージュの胸像を製作してから、王城を辞して帰路についた。


「……はぁ。コートを新調しなきゃならないかな」


 みんなには馬車で帰ってもらったから俺は徒歩だ。

 隙間風が少し寒い。ルセリアージュによって、腕や肩の所に大穴を開けられているからな。

 穴の部分に手をやる。……腕と肩は傷痕が少し残ってしまったか。

 アシュレイに撫でられていたけれど、気にしていたのかな。まあ彼女が治せないなら他の誰にも無理だろうし。俺としては痛みなどが残らないならそれ以上は望まないのだけれど。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 家の扉を開けるとグレイス達が笑顔で出迎えてくれた。


「今温かいお飲物を用意しますね」

「ありがとう」


 夜も大分更けているが、みんな起きて待っていてくれたようだ。

 いつものように、長椅子に腰を落ち着ける。暖炉の薪の爆ぜる音が何とも心地よい。

 夜なのでお茶ではなく、温めたミルクだ。

 カップを空にして落ち着いたところを見計らって、みんながやってきた。

 隣にアシュレイとグレイス。……で、膝の上に遠慮がちにマルレーンを抱える。

 横向きに腰かけるような形。お姫様抱っこというのに近いな。マルレーンの身体は非常に軽い。


「私達は、迷宮で一緒でしたから」


 隣に座ったアシュレイが、小さく笑って肩に頭を乗せてくる。


「私も、反動の解消は少しさせてもらいましたから」


 逆側に座ったグレイスが俺の腕を抱くようにして身体をくっつけてくる。

 うん。マルレーンとも時間を作ってやってほしいという事か。それは分かるけれど。

 みんなと密着しているという事もあり……外を歩いてきたせいで冷えた身体が、内外から温まる。

 とても温まるのだが状況が状況だ。頭がのぼせてくるような感じがする。マルレーンはやや眠いらしく、時々目の下を擦っているが、まだ眠りたくはないのか視線が合うと微笑んでくる。


 うん。眠るまで。眠るまでの辛抱だ。今日は戦いもあって疲れているしな。早めに寝室の方に移動しようじゃないか。

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