47 ヴィンセント25歳 21
「すみません、息子に嫉妬してしまいました。今日は僕がエルと一緒に寝たかったので」
(それって……)
顔が熱くなるのを感じながら、エルは必死に平常心を装った。
「行っても良いですか?」
「うん……良いわよ」
ヴィンセントが望む日が来れば、素直に受け入れるつもりだった。けれどまさか、その日がこんなに早く来るとは思いもしていなかった。
皇妃宮へと戻り、エマに冷やかされながら急いで準備を整えて待っていると、寝間着にガウン姿のヴィンセントがエルの寝室を訪れた。
「エルと再び一緒に寝られる日が訪れて幸せです」
「私もよヴィー」
ドキドキしながら彼を見つめたが、ヴィンセントはそんなエルの気持ちにも気づかない様子で、ガウンを脱ぎながらベッドへ向かう。
「それでは寝ましょうか」
「そうね……」
嬉しいなら、ベッドへ入る前に口づけの一つもしてくれるのかと思ったが案外、淡泊な態度。
そしてベッドへと入った彼は、「おやすみなさい」と言い残してさっさと寝てしまった。
(…………うそ。本当に寝に来ただけ? っというか、マナ核の音すら聞かなくて良いの???)
彼と一緒に寝ていて、マナ核の音を聞きたがらないことなど一度だってなかったのに。
三年という年月で忘れてしまったのか。
それとも皇帝となった彼はもう、エルのマナ核という安らぎを必要としていないのか。
期待していた自分が恥ずかしいのと、今の彼がそれほどエルを求めていないことが少し悲しくもあり、寂しい。
翌朝。
エルが眠い目を擦りながら目覚めると、そこには柔らかく微笑むヴィンセントの姿が。
「おはようございますエル」
あの頃に戻ったみたいだ。この視線に困りもしたが、今は本当の夫婦となった。その視線がむしろ嬉しい。
昨日のヴィンセントは、病み上がりで疲れていただけなのかもしれない。
「おはようヴィー」
笑顔で挨拶したエルは、昔のように彼の挨拶を期待した。
けれどヴィンセントはにこりと笑みを返すだけで、すぐにベッドから出てしまった。
「では、隣の部屋で着替えてきますね」
「まっ待って……」
「どうかしましたか?」
「あの……。朝の挨拶は?」
自分から言うのも恥ずかしいが、昨日からヴィンセントがさっぱりとし過ぎている。せっかく夫婦となれたのに、それらしいスキンシップくらいしてほしい。
ヴィンセントはエルに近づき、額同士がくっつきそうな直前でぴたりと止まった。
「二度目ですが、おはようございます。寝ぼけているエルも可愛いです」
「………………」
それからヴィンセントは、毎日のようにエルの部屋へと泊まりにきた。それだけでなく、朝食、昼食、夕食に加えて、ティータイムや散歩など、何かにつけてエルを誘っては、一緒にいようとしていた。
けれど明らかに昔の彼と違う。マナ核の音を聞きたがらないし、手すらつなごうとしない。
彼は鉄壁なご令嬢のごとく、エルの身体に触れてこないのだ。
エルは思い切って、自分から動くことにした。
「ヴィー。手をつないでも良いかしら?」
「はい……。エルさえ、許可してくださるなら……。喜んで」
庭園の散歩中にそう提案してみたが、彼は微妙な態度でエルに手を握られるのを待っていた。
(やっぱり私に触れるのが嫌なのかしら……)
彼はエルの存在を思い出にしつつあり、エルシーに心を開きかけていた。
エル至上主義なところは残っているが、それは単にエルへの敬意なのかもしれない。
実のところ、昔の女が戻ってきて困っているのではないか。
「ヴィー、正直に話して。エルシーが私だと知ってがっかりした?」
「がっかりなどしていません! 僕にとってはエルが全てで、他の女性は居ないも同然なんです!」
「エルシーとは仲が良かったのに?」
「それは、中身がエルだったから……。無意識に惹かれていたのだと思います……」
捨てられた子犬のようにうつむいたヴィンセントは、それから決意したようにエルへと視線を戻した。
「すみませんエル。正直に話します。僕は今のエルとどう接して良いかわからないのです」
「どうして?」
「中身はエルだと分かっていても、容姿が。どうしても浮気をしているという罪悪感を抱いてしまうのです……」
(それが原因だったのね)
「ヴィーにその気がないなら、私はこのままエルヴィンの継母な人生も悪くないわ」
「エルヴィンにエルを独り占めされたくはないです!」
「ふふ。それならキスくらいしてほしいわ」
「それはもう少し、気持ちの整理を付けてからにさせてください……」
(重症ね……)
エルシーがエルだと知ってまだ間もないから、仕方ないことでもある。
こればかりは、彼の気持ちを尊重するしかない。
今は一緒にいられる幸せを噛みしめておこう。そう思いながら辺りの花を眺めていると、遠くのほうに見慣れない建物があることに気がつく。
「ヴィー。あそこは温室?」
「はい……」
「わあ。今日はあそこでエルヴィンと遊びましょう」
温室なら珍しい植物もあるはずだ。エルヴィンにはさまざまなものを見て感じてほしい。
「すみません。あちらは、その……。エルを安置している場所でして……」
遠慮がちなその返答に、エルはどきりとした。
今まで、エルは死に、エルシーへ憑依したとは理解していたが、自分の死を証明するものに出会ったことはなかった。
「……そうよね。私のお墓くらいあるわよね。ヴィーったら、平民のお墓をこんなところに作るなんて」
「違います。あちらには、エルの身体が保存されています」
「保存って……どういう意味?」
「僕のマナで満たした状態で、綺麗に眠っています」
「そんな……」
かつてエルが生活していた地球では、いつか技術が発達し生き返ることを願い、遺体を冷凍保存する富豪の話などを聞いたことがある。
けれどこの世界で、遺体を保存しようなどと考えるものなど聞いたことがない。
ましてや、自らのマナを削ってまでして、他人の遺体を保存するなんて……。
「すみません、こんな僕は気持ち悪いですよね。ですが、エルを土に埋めるなんてできなかったんです……」
「ヴィー……」
ヴィンセントが、エルとエルシーをきっちりと分けて認識しているのは、これのせいだ。
もう平民のエルはいない。ヴィンセントは過去のエルとお別れしたようがよい。
「見せてくれる?」





