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悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています  作者: 廻り


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35 ヴィンセント25歳 09


 先に皇子宮へと行くようヴィンセントに指示されたので、二人のことは気になるがエルはおとなしくエルヴィンのもとへと向かった。


(それにしても、さっきのヴィーの態度には驚いたわ)


 小説では、エルシーを庇う場面なんて一度もなかった。

 エルシーは常にイライラしていて、そのはけ口はヒロインを虐めることだったから。

 けれど、エルシーがおとなしくなったことで、ヒロインは怯えることなく、エルシーと対等に接している。

 そのせいだろうか。


(むしろ、ヴィーを困らせているのって……)





「エルシーさま!」


 エルヴィンの部屋へと入ると、いつもと変わらぬにこにこ笑顔のエルヴィンがいた。彼は両手を広げて、エルに抱っこをおねだりしてくる。

 いつもは「皇妃に申し訳ないです」とヴィンセントにその役目をすぐ取られてしまうが、今日は心置きなく息子を抱き上げた。 


「皇子様、今日もお変わりありませんか?」

「はいっ!」


 エルヴィンは嬉しそうにエルの首に抱きついてから、やっとヴィンセントがいないことに気がついたようだ。「パパは?」と尋ねてくる。


「陛下はご用事ができてしまいまして、あとから来られますわ」


 エルヴィンはヴィンセントのことも大好きだ。がっかりするかなと心配したが、意外にも彼はぱぁっと顔を明るくさせる。

 それからエルヴィンは、誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見回した。


(侍女を探しているのかしら?)


 彼女たちは気をきかせてすでに下がっている。呼ぶべきかと考えていると、彼は秘密でも打ち明けるように声を潜めた。


「エルシーさま。お耳をかしてください」

「こうですか?」


 すでに内緒話の音量だが、彼はエルの耳に手を当てて話したいらしい。可愛い息子の遊びに付き合うつもりで、エルは耳を彼へと向ける。


「あのっ……。エルシーさまのマナ核の音を聞かせてください」

「えっ」


 しかし内容は遊びではなく。エルは驚いてエルヴィンを見た。

 彼は好奇心というよりは、切実に願っているような表情を浮かべる。


「パパは、だれの音も聞いちゃだめって言うけどぼく、エルシーさまのを聞いてみたいんです」


(この子、無意識に私が母親だと気がついているんだわ)


 たまにそのような感の鋭い子どもがいる。直接マナ核に触れずとも、直感で自分と同じ色を見分けられる子が。


 エルヴィンがずっとエルを求めていた理由がわかり、心が締め付けられるほど嬉しくなる。


「皆には内緒ですよ」

「はいっ」


 ソファへと腰を下ろして、エルヴィンを膝の上に座らせると、彼はぴとりとエルの身体にくっつきマナ核へと耳を寄せた。


「どうですか?」

「やっぱり、ぼくと同じ音がします。パパは少しだけ違うんです」


(エルヴィンのマナ核にマナを注いだのは、ヴィンセントではなく私だから。でも、その差を感じ取れるなんてこの子、すごく感覚が優れているわ)


「これも私たち二人だけの秘密にしましょうね」

「はい。エルシーさま大好きです」


(ふふ。昔のヴィーみたい)


「私も皇子様が大好きですよ」


 こうして身体が変わっても、我が子が繋がりを感じてくれる。それがどれだけ幸せなことか。

 やはりヒロインには、エルヴィンに近づいてほしくない。そんな気持ちがつのる。

 それと同時にこの感情は、夫を取られたくない悪役エルシーと同じ思考ではないかと、心配にもなった。







 翌日。エルの執務室を訪れたアークは不思議そうな顔で、エルが熱心に読んでいる本を覗き見た。


「宮廷魔法師試験の問題集じゃないか。今さらどうしたんだ?」

「もうすぐ試験があるでしょう? 受験するよう陛下に勧められたの」

「皇妃が試験を受けてどうするつもりだよ」

「じつは……」


 昨日は、ヴィンセントの説明でマリアンは納得しなかったようで。ヴィンセントはあのあと、マリアンに「陛下は私がお嫌いになられたのですか」と泣かれたそうだ。

 疲れた様子で皇子宮を訪れたヴィンセントが、エルに提案したのだ。

 「もっと明確な理由が必要になりました」と。


「つまり。エルを宮廷魔法師にして、皇子殿下の専属にさせるのか?」

「そうよ」


 エルシーが治療魔法に詳しい理由については、魔法に興味があり勉強していたが、公爵令嬢の仕事ではないと父に反対され試験を受けられなかった。ということにしている。

 それでヴィンセントは、エルシーに十分な実力があると判断したようだ。


「俺の仕事を取るつもりかよ……。陛下もひどいな。俺は義兄みたいなものなのに」


 ヴィンセントも、アークを義兄だと思っているはずだ。だからこそ大切な息子の専属にさせた。


「私のは、単なる口実よ。アークがエルヴィンの専属を解かれるわけではないわ」

「そんな回りくどいことをしなくても、エルを皇子殿下の継母に定めれば良いだけの話だろ」

「ヴィーとしては、そこまではしたくないのでしょう」


 この身体をとおしてヴィンセントと接して分かったのは、彼は息子を大切にしていること。

 息子のためならどのような無理も通したいが、同時に彼はエルに対して後悔や未練がある。

 そのせいか、エルシーに対しては他人行儀なままだ。

 最近は少しだけ心を開いてくれているような気配もあるが、完全にエルヴィンを任せるほどの信頼は得ていないように思える。


「それにしても、試験まで一週間だ。間に合うのか?」

「私はこう見えて、十二歳で試験に合格した経験があるのよ。その記録はまだ破られていないわよね?」

「当たり前だ」


 アークは、自分のことのように誇らしげな顔で、エルの頭をくしゃりとなでた。





 そして試験当日。


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◆作者ページ◆

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