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悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています  作者: 廻り


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31 ヴィンセント25歳 05


「陛下が、皇妃様に優しくなさるなんて……」

「お二人の間になにがあったんだ?」

「まさか陛下は、自殺の自演を本気になさったのではないだろうな」


 エルとしては穏便にこのパーティーをやり過ごしたくて、ヴィンセントをマリアンに譲ったのに。


「陛下……。私は大丈夫でしたのに」


 仕方なく手を取りながら小さな声で彼に伝えると、彼は僅かに顔を横に振った。


「大丈夫な表情には見えませんでした」

「それはただ、久しぶりだったもので緊張していて」

「……あなたを晒し者にするつもりなどありませんでした。政略結婚とはいえ、公の場であなたを二度も惨めにさせてしまい、申し訳ありません」


(ヴィーは、エルシーが自殺を図ったことに罪悪感を感じていたのね)


 だから執務を代理してみたり、このようなパーティーまで主催した。

 表情は冷徹になったが、優しい心は残っている。エルの今までの行為が全て、彼にとっての悪ではなかった。そんな気分にさせられる。


「ですが陛下は、こうして私を助けてくださいました。今の私を、誰が惨めだと思いますか?」


 そう伝えると、ヴィンセントは少し驚いたような表情を見せながら「……感謝します。皇妃」と呟いた。

 エルシーならば、ヴィンセントのせいだと彼を責めていたかもしれない。エルの態度は意外だったようだ。

 これで少しでも、エルシーのイメージが改善できれば良い。


 ほっとしたのも束の間。エルは、前方にいるマリアンの表情を見てびくりと震えた。ヒロインとは思えないほど怒りで顔が歪んでいたから。


(ヴィーが私のもとへ来てしまったから、怒っているのね。早くヴィーをマリアン嬢に戻さなきゃ)


 ヴィンセントからパーティー開催の挨拶があり、皆での乾杯が終わったあと。エルはすぐさまマリアンを手招きした。


「お二人のお邪魔をして申し訳ありませんでした。あとは、お二人でお楽しみくださいませ。陛下。今日はこのような素敵なパーティーを開いてくださり感謝申し上げます」


 お別れの挨拶も済ませ、そそくさと二人から離れようとしたエルだが、間が悪いことにクロフォード公爵が挨拶に来てしまった。


「陛下。本日は皇妃殿下のために盛大なパーティーを開いてくださり、誠に感謝申し上げます。よろしければ、皇妃殿下がお元気になった姿を皆にお見せくださいませんか?」


(ダンスをしろって意味かしら……?)


 マリアンもそう受け取ったようで、「今日は私が陛下のパートナーなのに……」と、先ほどとは打って変わり、可愛くぷっくりと頬を膨らませながら、ヴィンセントの腕に抱きついた。


 エルとしてもこれ以上は、ヒロインの怒りを買いたくない。ヒロインが不幸な状況は、悪役としてのエルシーが際立つ場面であろうから。


「お父様……。マリアン嬢に失礼ですわ……」

「何を言う。今日はエルシーのためのパーティーだろう?」


 確かにそうであり、エルは事前にヴィンセントから、今日のパートナーを務めたいと連絡も受けていた。

 だからと言って、こちらの正当性を主張しても意味が無いのが小説の世界。


 マリアンを睨みつけるエルシーの父を止めようとしたが、それよりも先にヴィンセントが動いた。


「皇妃の元気な姿を見れば、皆も安心するでしょう。皇妃、僕と一曲踊っていただけませんか?」


(ヴィーって真面目よね……)


 人を競わせるのが大好きだった彼の父とは異なり、小説でのヴィンセントは自分の気持ちは無視して、常に派閥バランス考え、円満に統治できるよう努力していた。その部分も変わらないようだ。


 このような大勢の前で申し込まれたら、拒否するわけにはいかない。エルは仕方なくヴィンセントからのダンスを受けた。

 

「父が強引に申し訳ございません……」


 ダンスが始まり、エルはすぐに謝罪をした。けれど、彼は涼しい顔で返してきた。


「今日はもともと、皇妃と踊るつもりでしたので、お構いなく」

「え……」

「あなたは初めて、私の言いつけを守って一週間おとなしくしていたので、ご褒美くらいは差し上げませんと」


 エルシーなら一日も我慢できずに、ヴィンセントに迷惑をかけていた。大人しくしていただけで、こうもイメージを変えられるとは。


(っというか、エルシーにとってはご褒美だけれど、私は放っておいてくれたほうが良かったわ……)


 今もマリアンの視線が痛いほど突き刺さっている。悪役への階段を上っている気がしてならない。


「――ですが」と、ぐいっと腰を引かれて、至近距離でヴィンセントが睨みつけてくる。


「皇子に何かしたら、いくら皇妃でも許しませんよ」


(見られていたのね……)


 この視線に初めこそ恐怖を感じたが、彼の性格が昔とさほど変わらないと知ったせいか、エルも怯むことなく彼を見つめ返した。


「皇子様は、マナ核の調子がお悪いようですね。もっと親子の時間を――」

「あなたには関係のないことです。二度と皇子のことを口にしないでください」


 今までとは比べものにならないほどの威圧感に、エルはそれ以上は何も言えなくなった。


(この人が本当に、あのヴィーなの……?)


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