☆30☆Rose or Lycoris

　赤いバラ。数ある花の中でも好まれる部類に属し、著しく特別扱いされる花でもある。そんな綺麗な花にも棘があるように、人も見かけで判断してはいけない。どこに武器を隠しているか分からない。

「誰が手入れしているのかしら」

　村の手前100メートルにバラが並んでいる。花束がいくつ作れるのだろうか。それは、ルピナスが道を空ける必要もなく、真っ直ぐに整列している。バラの道は、村への訪問を歓迎してるのだろうか。

「触ると危ないよ！棘があるから」

　ネリネの声が届いた頃には、ヒオーギの手はバラに到達していた。しかしながら、その指先に傷は見当たらない。

「何もないよ。それより見てよ。凄く綺麗」

　子供の騒ぐ無邪気さに似ている。その顔に嘘はない。ネリネとルピナスは、バラをよく観察してみた。そこにあるはずの棘はなく、すべすべの茎が伸びている。わざわざ取り除いた形跡もなく、このまま生えてきたようだ。

「不思議なこともあるんだね」

　ルピナスは、首を傾(かし)げた。そもそもこの世界や自分自身でさえ不思議なのだから、いちいち疑っていたら埒(らち)が明かない。そう考え直した彼女は、一輪抜き取ると自身の鞄を開き、タンポポの隣にしまいこんだ。その儚さには、少し違和感を覚える。バラ独特の威厳さはないような気がする。そして、それは悲しんでいるようにも見える。それが、棘がないせいなのかは分からない。

　置いていかれまいとする彼女は、早足で2人の後を追った。村の門は、きらびやかな石で装飾されており、塀には瓦が並べられている。四ツ星村とは大違いだ。腕前の良い職人がいるようだ。

「凄い……」

　ヒオーギは、思わず呟き開いた口が塞(ふさ)がらない。材質は木で間違いないが、散りばめられた石は故意に削られている。悪魔がいた頃から変わらないのか不明だが、妙に異質だ。

　門番はいない。ゆっくりと扉を開いた。蝶番(ちょうつがい)が錆びているのか、軋(きし)む音が響く。外見の装いは違えど、作りは他と同じようだ。扉の隙間から見えてきたのは、綺麗に敷かれた石畳だ。またしても、両脇に赤いバラを携えている。それは、一際目立つ大きな建物へと、真っ直ぐに連なっていた。村の人々は、笑顔で溢れ和やかな雰囲気が感じられる。石畳になぞらえて、商売をしている店が多く、まるで商店街のようだ。

　チャリンチャリン

　ヒオーギの足元に、1枚のコインが転がってきた。拾い上げて確認してみる。それは、黄金色に輝きを放ち、小さいながら重厚感があった。すぐに落とし主が現れ、それを店の品物と交換していた。美味しそうな食料がそこにはあった。

「どうしてこんなにも、発展できているんだろう？」

　驚きつつも村を観察するルピナスは、何か秘密があるのではないかと疑った。四ツ星村や他村と同様の歴史背景を持っているはずだが、道行く誰もが裕福に見える。通貨としての役割は、村内で完結しているようで、貿易が行われているのか不確かだが、恐らくコインの流通も外へは進出していない。

　空は厚い雲に覆われている。噂に聞く『陽光の射す村』とは異なるようだ。しかしながら、住人の笑顔に陰りは微塵も感じられない。悪魔の支配は昔の話だが、それにしても不気味な雰囲気が否めない。

　一行はひとまず、一際目立つ大きな家へと向かった。高床式の石造りの家は、継ぎ目や重ねた形跡もなく、一つのとても大きな岩を削って作ったみたいに思えた。

「ずっと…変だ」

　こんな作り方見たことない。本当に現実なのだろうか。

　石造りの家の扉をノックしても、音は響かない。冷たく乾いた音が、微かに聞こえるだけだ。勝手ながらヒオーギは、重い扉を力一杯押した。ゆっくりと開きはじめ、恐る恐る室内を覗いた。部屋の奥に鎮座する少女の姿が見えた。まるで、待ち構えていたかのようだ。