第28話 隠者からの雲隠れ
第三区郊外一軒家の地下室
「なぜ、よりにもよってなんでそんな面倒な奴がこの帝都にいるんです?」
アストレアは傀儡から拷問により聴取した信じたくはない情報に己の爪を噛みちぎっていた。
傀儡組織の一つであるラグーナの第三区丑支部がたった一人の黒髪の少年により壊滅してしまった。所詮傀儡、大した力のない雑魚に過ぎないし、それはいい。問題はその黒髪の少年にあった。
曰く、その少年は視線が合っただけで子供が泣き出すごとき眼つきが壮絶に悪く、左の眼球内には十字のマークが刻まれていたという。こんな特徴に該当する人物など一人だけだ。
七英雄の一人――隠者。グリードの懐刀であり、協議会の誇る掃除屋の一人。十中八九、こいつが協議会の送り込んだエージェント。
「もう一度、繰り返しなさい」
眼前の椅子に縛られた全身血まみれの男に指示を出す。
「アスト……レア、次は……お前だ」
男は掠れた声でたどたどしく己の名を紡ぐ。
「奴が確信しているのはこの帝都に私がいることまで。誰かまでは、特定されていない。そう考えるべきですか」
奴らに襲撃を躊躇う理由はない。もしアストレアの委細を知られているなら、疾うの昔に襲われていることだろう。何らの理由でアストレアが帝都に潜伏中であることを勘づかれただけ。
「よりにもよって、協議会一の掃除屋ですか……」
七英雄は協議会の誇る最終兵器。その七柱とももはや人であることを止めている。アストレアとて七英雄と正面からぶつかればただでは済まない。特に『隠者』は七英雄の中でも個別戦闘に特化した英雄。こちらが優位な条件で戦場を形成し、それでも勝利するのは運的要素がいる。そんな相手だ。間違いなく決死の覚悟で挑まねばならなくなる。
「くそっ! なぜよりにもよって私の管轄の帝国にエージェントが現れるんです!? 普通、王国や聖教国でしょうにっ!」
ともかく、隠者に睨まれているなら、今下手に動くのは逆効果。事を起こさず、静観すべきだ。
「問題はグレイか……」
この半年、『グレイ』を慎重に観察していたが、あの男の能力を使用したのはあの一度限り。少し強い英雄モドキに過ぎないことはわかっている。あの程度ならいつでも殺せるのだ。今は隠者から身を隠すのが最優先。
おそらく今回の件は隠者の揺さぶりだ。数年間、アストレアに動きがなければ奴も己の推測が誤りだと勝手に勘違いしくれるはず。
「ついてない。実についていない」
愚痴を吐き出しながらも、アストレアは速足で血生臭い地下室を後にする。
直後、大爆発が第三区郊外に響き渡った。
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