第10話 領地会議
ドラハチから生徒達が戻らないとの報告を受けて、慌てて捜索を開始するも、真夜中に無事保護し得た。どうやら、私に無断でクリカラの探索をしていたらしい。
正直肝が冷えた。四階層の最奥で奇妙な部屋を見つけてそれに吸い込まれ一時的に『不実の塔』へと転移されてしまったようだ。
『不実の塔』は今の私でも気合を入れて臨まねば命を落とす凶悪ゾーン。此度は、クリカラと比較して『不実の塔』の内部は魔物の出現率は低いので、助かったようなものだ。
生徒達から事情を聴取するも、どうやってもどってきたかにつきどうも要領を得ない。まあ、相当怖い思いをしたのだろうし、無理もないことではあるが。
ともかく、生徒達が無事帰還できたのはただの運にすぎない。クリカラの生徒達だけの探索は当分の間禁止し、必ず保護者を付けることにしよう。
マグワイアー家の事業については、白輝虫も重要だがそれよりも優先事項がある。農地の改革だ。新事業はあくまで、領地の生産力が上昇した上での話であるし、至極当然なわけだ。
トート村と異なり、このマグワイアー家には余力があり、農家自体は切羽が詰まっていないのだ。故に、説得は殊の外骨が折れたが、トート村の村長やジレスの紹介の豪農に講演をしてもらいようやく納得してもらった。
今はマグワイアー家の家臣たちや各村や町の長達を交え、今後の領地の開発事業について会議を行っているところだ。
「ねぇ、その下水道って作って何か意味あるの?」
最前列でキラキラした目で桃色の髪の少女が挙手をし、質問してくる。
彼女はユイ・マグワイアー。私の従姉である女性だ。今もこの現状が領地の危機であることは肌で感じていたらしく、会議への参加を求めて来たのだ。彼女は女性だが、将来この地を背負うもの。会議に参加する資格は十分にある。第一、女性が経営に加われないなど時代錯誤もいいところだ。故に二つ返事で了承した。
「糞尿はコロリを始め様々な伝染病の温床となるのさ。それが適切に処理されるだけで、その発生率をかなり抑えられるんだよ」
出席者の中から歓声が上がる。
当初は彼らも半信半疑で子供の私の話に真剣に耳を傾けなかったが、ダイマーやバルトを始めマグワイアー家の信頼のおける者または村や町の長達の代表者をラドルの主要都市であるキャメロットへ招き、そこで数日間、生活してもらってから、一変する。以来、会議で私の言葉を疑う者はいなくなった。
ちなみにコロリとは地球でいうコレラのこの世界での名称だ。
「ふーん。キャメロットのトイレが綺麗だったことも関係があるの?」
「うん、キャメロットでは各家庭のトイレから集められた糞便は地下に走っている下水管という管を経由し一定の施設へ送られる。そこで浄化された上、清浄してから付近の河川などに流されている」
いまだに河の水を飲む住人も多いのだ。糞尿などの汚水をそのまま河へ流すわけにはいかない。そこで私はモーターにより下水管を通じて糞尿を一か所に集めてそこで活性汚泥により洗浄し、殺菌処理した上で近隣の河へ放流している。
これらは全て発電機製造の確立と、蒸気機関で確立された動力となるモーターの開発の成功によるところが大きい。
もっとも、私の領地であるラドルでさえも、下水処理できているのはキャメロットとアークロイの二大都市のみ。この領地でも一般普及するのはまだまだ先の話だろうが。
「じゃあさ、じゃあさ、ここもキャメロットみたいに汚物の処理を各家庭で処理する必要がなくなるかもしれないってこと?」
「ああ、それは保障するよ。でもそれは当分先の話。今は実験的に公共施設だけの設置を目指していくことになる」
第一、キャメロット化するだけの資本がまだこのマグワイアー家にはない。私は商人だ。いくら身内の領地とは言え、慈善事業をするつもりは毛頭ないし、資本まで私が出すのはやり過ぎというものだ。それにそもそも、私が全て行っては意味がないしな。
「では次の白輝虫の研究についてですが、当分はシロカネ村の元の施設を改良し、研究開発を進めていきたいと思います。ただ昆虫、その生成する糸自体が猛毒なこともあり、この施設の建設と研究指針は我が商会が請け負いますが、よろしいですか?」
「構わん。どの道、儂らにあれは扱えぬ」
ダイマーが皆を代表し、そう返答する。
猛毒である白輝虫は、研究するにも施設から作り直さねばならない。そう簡単に成功を収められる性質のものではない。
そうだな。今は短期的な収益が見込める農業や一般商業を推し進めていくべきだろうさ。
「ではまずはインフラの設置から話を進めて行きましょう」
私は具体的な領地開発計画につき、口を開き始めた。
会議室として使用していたマグワイアー領の領主館から、現在寝泊りしているマグワイアー家の屋敷に戻ると、香ばしくも甘い匂いが嗅覚を刺激する。
約半年ぶりにこの屋敷を訪れたときサガミ商会特製のケーキを持参したのだが、母上殿が大層気に入り、是非覚えたいというので商会所属の菓子職人に教授願ったのだ。
以来、母上殿は暇を見ては作っている。その理由も非常にわかりやすいわけだが。
案の定、本日もサガミ商会の誇るマスコットの三名が、フォークを片手に食堂のテーブルの各席に行儀よく腰を下ろしていた。
「はーい、ドラちゃんたち、食べましょうねぇ」
「うむなのじゃ!」
「はーい」
「はいデシ」
元気よくフォークを振り上げるドラハチ、シーナ、ハクを一目見てユイが顔をぱっと輝かせ突進していくと三人に頬擦りを敢行する。
「可愛い! 本当に可愛いなぁ!」
顔を恍惚に染めて、その頬にキスの雨を降らすユイにドラハチは若干食べにくそうにしているが、拒絶しないところからすると満更でもないのかもしれない。
この点、母上殿の警護のためハッチとともに、ドラハチにここの護衛を命じたのだが忽ち、この屋敷の女性陣のハートをぐっと掴み、大人気となってしまう。
もっとも、警護とは名ばかりで昼間は三人で遊びに行ってしまいこの屋敷で寝泊りだけをしている状況らしいが、幼児はそれでいいのだろう。
「母様、じゃあ僕は学院に戻ります」
「気を付けてね。絶対に週に一度は顔を出すのよ」
母上殿は、私に駆け寄ると抱きしめてその後頭部をそっと撫でてくる。
「うん。約束するよ」
当初、母上殿は私がこの地を離れることに強固に反対した。学院に通っているから戻らねばならないと説得を試みるが、母上殿も行くと強固に主張する。
別に母上殿と一緒に暮らす事が嫌なわけではない。ただ生活を共にすればきっと私がただの生徒ではないことには直ぐに気付くだろうし、心配もされる。それに母上殿は嘘がつけるような人ではない。もしクリフと対面したりでもしたら、私の正体はほぼ周知の事実となってしまう。それは何かと不味いのだ。
結局、母上殿に転移の能力を話した上で、最低でも週に一度はこの屋敷で寝泊まりをすることで何とか納得してはもらった。
「できる限り、泊まりにくるね」
当面はこの領地の経営もある。忙しくならない限り、三日に一回は顔を見せようと思っている。
ダイマーやバルドに一礼をすると、私はストラヘイムの自室へ転移を発動したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
御免なさい。魔導学院試験編のシナリオに突入するのは次からです。ここからは極力、寄り道せずに完結まで走り続けたいと思います。
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