17. 覚悟を決めしモノ
ペタッペタッペタッ
ひんやりとした廊下の床が足の裏から伝わる。
一礼して畳の敷かれた道場に入る。
まだ誰もきていない道場で軽くストレッチをしてから基本動作、そして各受け身の練習行う、道場に入門してからずっと欠かさずにやるようにと師匠の言いつけを守っている。
パァァン
受け身するたび道場に大きく音が響く。
ブルーみたいに強いヒーローになると決めてから通い始めた合気道の道場。
今では、自分よりも体格の大きい大人の兄弟子達も相手にできるほど強くなり、大会でもそれなりに賞をもらえるほど実力はついたとは思うが、調子に乗ると師匠に稽古でボコボコにされるのが我が道場の名物である。
大人数人相手にしても誰もあの頑固ジジイに勝てない最強、もとい最凶の師匠である。
大会に何度か出て勝ち続けていた時に基本練習を適当にしていた時の事を未だに覚えている。
「小童、今日はワシが特別に稽古をつけたろう。お前大会で色々強くなっているらしいじゃないか」
「へへ、そうでもありますかね!」
「そうか、そうか、今日はいい稽古になるぞぉ」
あごひげを撫でながら師匠がにっこりとほほ笑む、けど目が笑っていなかった。
何故かあちこちで兄弟子たちがこちらを可哀そうな目で見て合掌してる、え?なんで南無南無言ってるの?
パァァン
受け身をまた1つ取る。
本当に命日になるかと思うほど、ポンポン放り投げられた。
受け身を取ったと思ったらまたヒョイヒョイ投げられるのを小1時間程繰り返す、ハッキリと今なら言えるあれは稽古じゃなくて拷問です師匠。
最後の方はどうやって受け身を取っていたのかすら記憶にないくらい、投げられる度に記憶も飛びそうだった。
途中からポップコーンがはじける時の気持ちってこうなのかなぁ、大変だなぁとよくわからない同情の気持ちが沸いた。
パァァン
「いい稽古じゃったろ小童、これに懲りてもう天狗になるんじゃぁないぞ、あとでワシのところに来い。残りの者は各々で練習にはげめ!」
「「「押忍!!」」」
あー……畳が気持ちいい、足腰がガクガクしてる……。立ち上がる気力が回復するまでしばらく畳と一体化することにした。
兄弟子たちはそっとスポーツドリンクとタオルを置いて頭をポンポンとしてからボソッと「お主の命あっぱれだった……!」と言いながら去って言った。
まだ、生きてます……畳の妖精になっているけど。
しばらく休んでからのっそりと立ち上がり、師匠の所によろよろと向かう。
師範室と書かれた木の扉をノックすると中から、入りなさいと声がしたのでドアノブを回す。
ここは師匠の住まい兼道場となっていて、外見や道場は純和風だが師範室は洋風の書斎のように両壁にびっしりと本が並んでいる。
窓1つと奥は小上がりの畳部屋になっていて、横長のテーブルと座椅子に師匠は座っていた。
緊張しながら、師匠の前のテーブルに置かれている座布団に正座する。
さらなる説教かと思っていたら師匠から意外な言葉が出てキョトンとしてしまった。
「お主は強くなったのぉ」
「小童がたのもうと言いながら道場に入門したのがついこの間のようじゃ、かっかっかっ!」
お師匠、それは忘れてください……。
「お主はまだまだ強くなれる、ちょっとくらいいいだろ。少しならと自惚れて天狗になって基本を疎かにした者はいつか足元をすくわれるんじゃ」
強い眼差しで見つめられ、背筋をさらにピンと伸ばしてしっかりと聞く。
「武道とは試合の勝敗ではない。己との勝負なのじゃよ。精神と肉体の弱さを見つめて向き合い鍛錬を諦めず続けた僅かな者のみが強さへとたどり着けることができる。」
精神と肉体の弱さを見つめて向き合う、あの時そうなりたいと道場にやってきたのに、大会で何度も賞を取っているからと自惚れ天狗になり始めていた。
それを痛いほどに肉体と精神に叩き込まれた、とても、本当にそれは、すごく濃密に魂にまで刻まれました。
今思い出してもゾッとするくらいに。
「ワシも未だにたどり着けているとは思っておらん」
師匠ほどの強い人ですら、まだ届かぬとのかと驚愕した。
己との勝負。
どこかでわからなくなる日が来てしまう事もある、試合の勝負と違って勝ち負け反則など存在せず、ただただ先の見えない道を歩き続けるしかなく、ゴールもどこにあるのかわからない。
拳をぎゅっと握りしめた。
始まりはとても幼稚な理由だったけれども、今では守りたい人がいる、その人のためにそして子供の頃のオレとの約束のためにもっと強くなるんだ。
思い出すあの時、君との約束。
―やくそくだよ―
幼い小指が2つ
ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼーん のーます ゆびきった!
パァァン
約束を守るために、強くなるために、今日も己と向き合うのだ。
「また響の一番乗りかよー!よし俺もアップしたら組み合いすっから待ってろ」
1人また1人と兄弟子たちがやってきた。
「今日もよろしくお願いしゃぁぁーす!」




