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くじらの唄  作者: 音夢
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16. 決意をしたモノ

スッスッスッ

足裏にひんやりと床の冷たさが伝わる。

一礼。

 

体は横のまま頭のみ前を向くと28m先、バスケットボールのコート程の距離に白地で円が何重にも描かれている霞的がある。

狙いを定め、弓に矢をつがえて、弦をゆっくりと引く。


キリキリキリッ


“かけ”から伝わる糸が張り詰める振動。

胸を張り極限まで引き狙いを定めて、射る。

キュン


矢が放たれるのと同時に結んだ髪が横に揺れる。


パシュッ


真ん中より右斜め上部の黒い円の淵に刺さった。

今日はいい感じだ。

ふぅと息を吐いてリラックスする。


中学の時に響の合気道の試合を見に行った帰り道、たまたま試合場所の横にあった弓道場で練習している人を見かけた。

年配の女性は白銀の髪を結いあげて、凛とした佇まいで矢を放っていた。

見えると言うと変かもしれないけど、音のない世界の私はあの切り取られた一瞬の空間から音を見たような気がしたのだ。

 

弓を引いたときのピンと張り詰めた空気の感覚、射った時に切り裂かれる空気の感覚、霞的に当たった後の草木のざわめきのような空気。

それがとても美しかったのを覚えている。

私もあの女性のように稟として堂々と胸を張っていたい。


試合の帰り道に。

 

―わたし きゅうどう やりたい―


と伝えた時に響少しびっくりしつつも。


―いいじゃん おうえん してる! どうじょう どこかさがすのか?―

 

コクッとうなづく。


―どうじょう いくときの さいしょのあいさつしってるか?―


きょとんとして、首を横にふるふる振った。

 

―たのもー!っていうんだぞ―


ふふん、と得意げにだけどいたずらっ子みたいにニンマリ笑う響。

 

―それ どうじょう やぶりじゃん―

 

呆れた顔で伝える私。

けらけらと笑う君。


相変わらず子供みたいにいたずらっ子顔なのに、それとは裏腹にどんどん強く逞しくなっていく。

同じくらいの背だったころは『ぼくがまもるよ』なんて言いながら返り討ちにあって泣いていたのにね。

今では拳1つ分の差になった、これからどんどん伸びていくんだろうなぁ。

伸びた分だけもっといろいろな物を見渡せるようになり、優しい君は他の誰かを守ってどこかにいってしまう日がくるのではと思うと少しばかり心がぽっかりと寂しい。


響に支えてもらってばかりではなく、私も自分と向き合って強くなりたい。

みんなは何かに熱中したり、好きなものを見つけて宝物箱をいっぱいにしている気がした。

私は何も入ってない空っぽの瓶のような気がして、何かをしなきゃ何者かにならなきゃと、手当たり次第に隙間を埋めるため砂利や小石を慌てて集めて入れているだけ。


そうではなく、私が入れたいと思った宝物をぎっしりと詰めていきたい。

宝物が増えるたび、ほら素敵でしょってお互い見せ合えるようになりたい。


子供の頃ブルーみたいに強くなるんだって約束した日から頑張っているのをずっと見てきたし、実際に私の心の暗闇を晴らしてくれた君の太陽のような優しさと温かさがあったから乗り越えられた事はたくさんある。


いじめっこから庇ってくれた日。

物が隠されたとき一緒に見つかるまで探してくれた日。

怖くて動けなくなっていたときヒーローのように飛び込んで助けてくれた日。

 

その後、優しい人達に出会え囲まれたことが今では私の宝物になっている。

でも、やっぱり残酷な事や悲しい事は影のようについてくる、忘れたころにいつもふらりと現れ心をすっぽりと真っ黒な布で包まれると背を丸めて縮こまってしまう。

強くなることで、胸を張って真っ黒な布が振り払える自信をつけようとしているのかもしれない、だけどそれでもいいんだ。


だからね、決めたんだ。守られるだけはもう嫌だって。

そして、いつか、君が足元も見えない暗闇の中で立ち止まってしまう時があったなら、あなたの隣に立って私の宝物で足元を照らしてあげるの。私は暗闇の中に残される怖さを知っているから、雷がやむまで一緒に待つよ。


闇を照らせるほどの宝物が何なのかわからないけども。

自信がつくたびに、堂々と立っていられるだけで新しいキラキラした何かが見つかる気がしたの。

 

狙いを定め、弓に矢をつがえて、弦をゆっくりと引く。

 

キリキリキリッ

キュン

 

音がゆれた。

 

パシュッ

 

今度は真ん中に当たった。

また1つ真っ黒な布が飛んで行った。

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