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くじらの唄  作者: 音夢
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14. 蘇る想いと唄

突然手話で話しかけられた事にも驚いたが、なぜだかとても懐かしい気持ちになった。


初対面なのに失礼かな、と思いながら話をもっとしたいと思い引き留めてしまった。

非常識な子って思われてないかな?


響もうれしそうに快諾してくれた。

先ほど、犬型配膳ロボットにあわあわしていたのに二人して気が付いたが、私だとコトバで伝えられないので響にお願いしたのだ。


彼女の話はどれも温もりが手の動きから伝わって、聞いている方も思わずほっこりしてしまう。

でも、何でこんなにも懐かしい気持ちが胸に溢れてくるのだろう?

私はどこかでこの手の優しさを知っている気がする。


―しゅわを やろうとした きっかけは なんだったんですか?―


ちょっと話が長くなるんだけどね、と前置きし彼女はゆっくりと手を動かした。



彼女の話を聞き進めると朧げに記憶が呼び覚まされた。

特別支援学級を新しく初めた保育園に預けられた日の事を。

元からある園は予約が殺到しており、中々希望する園に入ることができなかったが、新たに支援級を設立したその園へやっと入ることができたのだ。


【オハナ幼稚園】

ハワイ語で家族という意味らしい。 

名前の通り温かみがあって優しい先生が多かったが、新しく特別級を作ったということもあり、対応できる先生があまりいなかった。

障害にも様々あるが、耳が聞こえない以外他の子達とあまり変わりのない私はどうしても後回しになりがちだった。


仕方がない事だと理解しつつも、他の子と遊びたくてもカイワができないので輪の中にも入れなかった。

たまに、近づいて話しかけてくる子はいたがカイワができないとわかれば、すぐに他へと興味が移ってしまう。


仕方がないので、いつも砂場の隅でもくもくと何かを作りながら時折周りの動きを見ることにしていた。

みんないるのに、わたしだけいない。

カワイソウな子と思われないように、ママに悲しい顔をさせないように、必死に大丈夫なフリをしていた。


私の友達は何も話すことのない砂だけだった。

砂はこうなってほしいなと形作ってあげればその通りになるので、友達を形作るよりもずっと楽だった。

カワイソウ、大変ネェなんて砂は言わないしね。

きっとこれからも私はずっと隅っこに居てもくもくと1人で砂遊びをしていくのだろうなと思っていた。

誰にも気が付かれずにひっそりと。


外遊びの時間は憂鬱だったが、今日は何を砂で作ろうかなと無理やり考えることで乗り切っていた。

いつものように小さなバケツとスコップを片手に砂場の端へと向かう。

砂をザクザクと掘り起こしてバケツに入れる、掘るたびにザリッとしたり時折小さな石に当たるのでカツッと振動が手に伝わってくるのを楽しんでいた。


バケツが満杯になると平にするようにスコップで叩いてから、バケツをひっくり返して抜くのを2回繰り返す。

ここから入口を作ってお城にしていこう、慎重にスコップで突いて砂を少しずつ崩して扉を作っていこうとそっと動かしていたら。


キューゥッ


手が止まる。

今のは何?

初めての事で何がなんだかわからなかった。

心臓が高鳴っている。

これは……音、なのだろうか?


キューゥッキュッ


音だ……。

それはとてもキレイな音色だった。


キューゥッキュッキッケケケッギューゥゥン


この音がなぜ聴こえたのかわからないけど、何かの唄なんだと思った。

お昼寝の時に先生達が体をトントンと優しくリズムよく振動を与えながら口が動かしているのをよく見る。

子守唄を歌っていたのだと思う。

トントンと体に伝わる振動の時のような心地よい唄。


なんてキレイなのだろう。

海辺の砂浜でとても美しい貝殻を見つけた時のようなワッとする喜びが沸き上がってくる。


キューゥッキュッキッケケケッギューゥゥンキューゥッキュッ


空を見上げるとそこにはキレイな青空が広がっていた。

きっと、あそこから唄が雨のように降ってきているのだ。

風が吹いてたんぽぽの綿毛を遠くへ送り届けるようにその唄は私の耳へと届いた。


唄が終わってしまってからも私はしばらくその余韻に浸っていたがふっと隣に影が並んだ。

横を見ると先生がしゃがんで目線を合わせてくれている、さくらの先生だ。

どうしたのだろう?と思っていると先生の手が動き出した。


―なに してるの?―


手話で話しかけてくれるとは思わずびっくりしてスコップを円形の砂にボトッと落としてしまった。

あ……っお城がと思ったときには砂がホロホロと崩れてしまい思わず涙目になる。

  

―おしろ つくってた―


少しぐすっとしながら手を動かす。

先生は微笑みながら少したどたどしく手を動かす、


―せんせい いっしょ つくろう―


たどたどしく動いていた手で今度は優しく頭を撫でてくれた。

とても温かく優しい手はまるで干したての布団にくるまれた時みたいで思わずふにゃっと顔がほころんだ。

 

あの日、どこからともなく空から降り注ぐくじらの唄声を初めて聞いた。

私の世界は春の風が吹き込むように広がった。

そして誰かに気が付いてもらえた、1人じゃないんだと先生のお陰で知れた。


―そのおんなのこは わたしです―

 

―さくらのせんせいの おかげで いやだった ほいくえんが たのしめるようになったんです―


先生にまた会えてよかった。

ずっと、ずっとありがとうと言いたかった。


さくらの先生は驚いた顔をしたが、すぐにうれしそうな顔になり、

  

―おおきくなったわねぇ こんなきれいに なって―

 

子供の頃してくれていたように、頭を撫でてくれた。

あの頃と同じとても温かく優しい手で思わずふにゃっと顔がほころんだ。

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