第3章 第7話 レギュラー発表
ビーチバレー。
砂浜で行うアウトドアのバレーボール。
基本的なルールはインドアと同じだが、大きな特徴は二対二で行われること。
インドアとは違って風の影響を大きく受けるため、それを前提としたプレーが求められる。
……くらいが、自分が知っているビーチバレーのルールです。
「ビーチバレーがバレーに関係あるんですか?」
小内さんから突如告げられた、ビーチバレーへの参入。ただでさえ春高予選まで時間がないというのに、そんな遊びをしている暇があるのでしょうか。
「一週間練習を観させてもらったけど花美って二対二の練習をよくやってるわよね?」
二対二とは、ビーチバレーと同じく文字通り二人対二人で対戦する練習です。
「練習試合できない分試合形式を増やしたいッスからね」
花美高校は他校とのつながりが薄く、弱小校なので練習試合が行えません。人数も少ないので六対六はできませんし、メインである試合ができないという部員のフラストレーションを解消するための策が二対二なのでしょう。
「だからなのか知らないけど、試合数が少ない割にはこの前の練習試合ではかなりいい動きができていたわ。あと必要なのはブラッシュアップと負けたら終わるという緊張感。それを培うために試合に参加してもらうことにしたの」
はぁ。うーん、理屈はわかったようなわからないような……。でもそれなら、
「わざわざアウトドアじゃなくてもいいんじゃないですか?」
環奈さんが自分の言いたいことを言ってくれました。ブラッシュアップなら普通に練習すればいいし、緊張感がほしいなら罰ゲームを設定して二対二をやればいいだけです。なんとなく結果があってそれから逆算して理由を作ったような気がします。
「あー……ま、いっか。正直言うと海の家を経営してる親戚から大会の参加者が少ないから人数集めてくれってお願いされたのよ」
「えー……」
なんですかその理由。普通に頼んでくれたら全然納得できたのに、無駄にごまかされたせいでなんとなく不信感が生まれてしまいました。
「あ、でもそれとちょっと売り子してくれたらタダで旅館に泊まらせてくれるらしいのよ?」
「だからといってビーチバレーの練習をしたって意味なんてありませんわ」
珠緒さんの口ぶりからして合宿には反対のようです。自分的には楽しそうではあるので参加してもいいのですが、その気持ちはもっともです。
「もちろんビーチの練習なんてしないし、砂浜での練習はインドアでのバレーに活かせる。絶対に損はさせないわ。あーしを信じて」
「…………」
そう言われたら頷くしかありませんが、空気がかなり悪いです。対戦相手の発覚に、たりない練習時間。意味があるかわからないビーチの話までされたら明るく振る舞うなんてできません。
「詳細は徳永先生に資料を作ってもらうとして、最後の話に移るわね」
それを察知した小内さんはさっさと話を切り替えました。
「春高予選のレギュラー発表よ」
否が応でも集中せざるをえない話に。
「と言ってもうちはメンバーが少ないからほとんど前と変わらないわ」
変わるのは、絵里さんが抜けたセッターのポジション。
珠緒さんか、梨々花さん。どちらが正セッターになるか。
「ちょっ……ちょっと待ってくださいましっ」
口を開きかけた小内さんを制止し、珠緒さんはうつむいて手のひらをじっと見つめます。
「大丈夫わたしはがんばったいっぱいがんばったできるだけのことはやった……」
そしてぶつぶつとつぶやいてなにやら心を落ち着かせました。
「どっちがなっても恨みっこなしだよ、珠緒ちゃん」
一方もう一人の候補者、梨々花さんはいつものようにのほほんとしています。セッターにあまりこだわりがないのでしょうか。隣で控えている美樹さんはそわそわしていますが。
「うぅ……。さぁ、どうぞっ!」
梨々花さんの言葉を受けて一度髪をくしゃくしゃすると、珠緒さんは見つめていた手を握り、目をつぶって祈りの形を作ります。これほどまでにバレーに捧げているんですね。自分にはできないので尊敬です。
「じゃあ発表するわよ」
「お願いしますわ……!」
「うぅぅぅ……」と漏らしながら手のひらをぎゅっと握りしめる珠緒さん。その時間は長くは続きませんでした。
「セッターは新世さん、あなたよ」
ドラムロールは当然やりませんが、たいした間も開けずにあっさりと小内さんがそう告げました。
「やりましたね珠緒さん……」
ここで大きく喜ぶのはいけないので、こっそりと珠緒さんに耳打ちします。しかし珠緒さんからの返答はありません。
「珠緒さん?」
何も言わずぷるぷると小さく身体を震わせている珠緒さんの顔を覗き込んでみます。
「…………!」
珠緒さんは泣いていました。
口を結んで大粒の涙をぽろぽろと流し、ただその結果を全身で噛みしめていました。
「そんな喜ぶようなことじゃないでしょ」
「うるさい……!」
軽口を叩きながら水色のハンカチを手渡す環奈さんに短くそう返すと、受け取って目に当てます。
「やった……わたしがんばったよ……!」
そのことで自分が泣いていることを意識したのか、珠緒さんはへろへろと床に座り込み、嗚咽を漏らしました。
「おめでとう、珠緒ちゃん」
「うぅ……! ごべんなさい……ありがとうございばすわぁ……!」
そんな珠緒さんに優しい笑顔を向け、梨々花さんが手を差し出しました。その手をがっ、と両手で掴むと、珠緒さんは涙を流しながら頭を何度も下げます。普段は少し悪ぶってますけど本当はすごくいい子なんですよね珠緒さん。
「まぁ……その感動的なとこ悪いんだけどさ、」
珠緒さんと梨々花さんが手を交わしていると、小内さんが頭をポリポリと掻いて口を開きます。
「小野塚さんもレギュラーに入ってもらおうと思ってるんだけど」
「!?」
梨々花さんも……レギュラー……?
花美高校女子バレー部最低身長、百四十六センチの梨々花さんがずっとコートにいるってことですかっ!?
「つまり……ツーセッターということですか?」
「そう。小野塚さんほどのレシーブ、サーブ、トスが優れた選手を控えに置いておくのはもったいないわ。スパイカーの数は減るけど、新世さんが人並み以上にスパイクができるから状況に応じてトスを上げてほしいの」
「あ、でもメインはあくまで新世さんね。単純な技術なら新世さんの方が上だから」と付け足し、小内さんは胡桃さんの質問に答える。
でもこうなると新しい疑問が生まれます。
「梨々花先輩の代わりに誰がレギュラー落ちするんですか?」
そう。誰かが入るということは誰かが抜けるということ。自分だって他人事じゃありません。むしろ初心者の自分が一番可能性が高い気がします。
「小野塚さんに入ってもらうのはセッターの対角、オポジット。つまり今扇さんがいる位置ね」
「!」
美樹さんが……レギュラー落ち……。
「美樹……」
「気にしないで、梨々花ちゃん。みきは梨々花ちゃんのためなら喜んでポジションを差し出すよ」
梨々花さんと美樹さんが見つめ合い、どこか悲しげな顔で語り合います。
「梨々花ちゃんならみきよりずっと活躍できる。どこにいたってみきは梨々花ちゃんのみか……」
「あー、話は最後まで聞いてね」
まるで今生の別れのような口ぶりの美樹さんを小内さんが遮りました。
「扇さんはポジションを変わってもらうだけ。レフト、アウトサイドヒッターのポジションに入ってもらうわ」
現在のアウトサイドヒッターは二人。
一人は部長でありエースでもある主力選手、朝陽さん。
そしてもう一人は……。
「レギュラーから外れてもらうのは外川日向さんよ」
今この場にいない、最もやる気のない人の名前を口にした。




