第2章 第37話 『終曲』 繋がらない二人のバレーボール 2
〇珠緒
「珠緒っ!」
環奈さんが呼ぶ。わたくしの名を。環奈さん自身の意志で。
「いくよっ!」
環奈さんったら、こんな場面だというのにとてもいい笑顔。どうやらようやくわかったようですわね。
「――遅いんですのよまったくっ!」
わたくしが指摘してからもう一年でしてよ。それまで何をしていたのか。教えていただけるのですよね、この後。
環奈さんがボールへと向かったのを見てわたくしは助走距離を確保する。
「スイッチ……!」
今さら気づいたところで遅くてよ、音羽さん。
わたくしたちが始めたのはセッターのスイッチ。
リベロである環奈さんがトスを上げ、前衛のスパイカーを三人にするというもの。ツーで駄目なら正面突破ですわっ!
「――だなんて、嘘に決まっているでしょう」
ブロッカーがわたくしの正面へと流れるのを確認し、そうつぶやく。
生憎ですが、わたくしと環奈さんは仲が悪くてよ。ぶっつけ本番でそんな無茶できるわけがない。
だからわたくしと環奈さんは繋がらない。
それでも勝利だけは、いただきますわっ!
「たぁっ」
環奈さんがトスを繋げた先にいるのは翠川さん。後ろからの速いボールを上手く手のひらの中心で捉えると思い切り振り下ろす。
ブロッカーは、全員わたくしたちに騙されている。
「くっそが……!」
そう飛龍さんが完敗の言葉を漏らしたと同時に、ボールは風美さんの左手前に鋭角に落ちる。
つまり。
「わたくしたちの――勝利ですわっ!」
練習試合。たった一セット。リベロなし。本来のメンバーではない。
それでも、わたくしたちは勝利した。
特別な学校、紗茎学園に。
「っしゃゴラァァァァッ!」
「やりましたーっ」
チームメイトが歓喜の声を上げ抱き合っている。今すぐにでもそこに混ざりたいけれど、まだわたくしにはやるべきことがある。
「なにこれ……まだまだ燃えたりない……もっと、もっと……!」
「流火さん」
わたくしは床に伏して悔し気に言葉を漏らす流火さんに声をかける。
「ねぇ……あなたもそうでしょ? 早く次の試合やろ……?」
顔を上げた流火さんの瞳は暗く濁っている。ただバレーだけを求め、快楽に身を委ねようとしている姿。たぶんその視界に映っているのはわたくしではなく、手前にあるバレー用品のネットなのでしょう。
――気に入りませんわ。
だからわたくしは精一杯の侮蔑の顔を作り、心の底から嘲た。
「焦ると周りが見えなくなる癖、直した方がいいですわよ?」
先程言われたことの意趣返し。本来遥かに格下のはずのわたくしにそんなこと言われたら腹が立ちますわよね?
「……あ?」
流火さんの瞳の中でただ燃えていた炎が、明確に狙いをわたくしに定める。
「――ようやく、見てくれましたわね」
流火さんの瞳に映る、とってもいい笑顔をしたわたしの顔を見つめ、わたくしはそう告白した。




