第2章 第30話 追想曲・インプット
〇環奈
中学生の頃、バレーが好きじゃなかった。
ううん、正確にはちょっと違う。
部活でバレーをやるのが嫌いだった。
部員のみんなは大好きだし、強豪校だったから強いチームと戦えるのもうれしかった。
でも、怒られた。
負けたら怒られる。勝っても怒られる。何をしても怒られる。
それが嫌で嫌で仕方なかった。
紗茎に入学を決めたのは、家が近くてバレー部が強かったから。
学校の雰囲気は嫌いだったけど、バレーに集中できる環境は心地よかった。
中一で一軍に入れて三年生からは陰で悪口を言われたりしたけど、二年生の上級生たちは優しかったし、同期にも何人か一軍がいたから派手にターゲットにされることもなかったしなんとか我慢できた。
でもその後が辛かった。
近田監督にとにかく怒られ続けたからだ。
そのたびにあたしは怒られない方法をインプットした。怒られるのが嫌いだったから。
練習で笑顔を見せたら怒られた。どうやら必死になっていなかったらしい。
インプット。あたしは黙々とボールだけを拾い続けた。怒られなくなった。よかった。
上級生のスパイクを上げたら怒られた。どうやら慢心があるように見えるらしい。
インプット。手を抜いて悔しそうな顔を浮かべた。怒られなくなった。よかった。
声を出したら怒られた。どうやら余裕があるように見えるらしい。
インプット。なるべく声は出さないようにした。怒られなくなった。よかった。
声を出さなかったら怒られた。どうやら辛くても声だけは出さなければならないらしい。
インプット。目立たない声の出し方を会得した。怒られなくなった。よかった。
練習後に自主練していたら怒られた。どうやら真剣に練習をしていなかったから自主練をする体力があるらしい。
インプット。へとへとになったふりをした。怒られなくなった。よかった。
テストでいい点を出したら怒られた。どうやら本気で部活をやっていたら勉強なんてする時間はないらしい。
インプット。赤点ギリギリの点数をとるようにした。怒られなくなった。よかった。
試験期間に勉強していたら怒られた。どうやら上級生は禁止されているはずの自主練をしていて偉いらしい。
インプット。なるべく監督から見えるように練習した。怒られなくなった。よかった。
昼休みにごはんを食べていたら怒られた。どうやら時間を無駄にしているらしい。
インプット。授業中に抜け出してごはんを食べるようにした。怒られなくなった。よかった。
放課後クラスメイトとお話していたら怒られた。どうやら無駄な時間らしい。
インプット。授業後すぐに体育館に向かった。怒られなくなった。よかった。
試合で負けたら怒られた。どうやら負けることは死んでも許されないらしい。
インプット。絶対にボールを落とさないようにした。怒られなくなった。よかった。
試合で勝ったら怒られた。どうやら駄目だったプレーがあったらしい。
インプット。完璧なプレーを見せた。怒られなくなった。よかった。
全国で優勝して喜んだら怒られた。どうやら勝って兜の緒を締めよという言葉があるかららしい。
インプット。何をしようが喜ぶ姿を見せないようにした。怒られなくなった。よかった。
監督に意見をしたら怒られた。どうやら黙って言うことを聞いていればいいらしい。
インプット。監督の操り人形になった。怒られなくなった。よかった。
インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。インプット。
やった!
二年間の努力の結果、監督から怒られないようになった!
――あれ?
あたしって、なんでバレーをやってたんだっけ。
まぁどうでもいっか。
今のあたしは監督から怒られないんだし。




